goo blog サービス終了のお知らせ 

碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

2013年 こんな本を読んできた (9月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年

毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

9月には・・・。

2013年 こんな本を読んできた (9月編)

今野 敏 『アクティブメジャーズ』 
文藝春秋 1680円

 『曙光の街』『白夜街道』『凍土の密約』に続く倉島警部補シリーズ最新作。対象組織の中に協力者を得る目的は情報収集と積極工作にある。アクティブメジャーズはその積極工作を指すスパイ用語だ。
 全国紙の編集局次長が住居マンションから転落死した日、公安外事課の倉島はあるオペレーションを任される。倉島の同僚で外事一課のエース・葉山の行動を洗うというものだった。
 地道な素行調査の一方で、倉島は転落死に疑問をもつ。調べてみるとロシアの新聞記者が編集局次長と親しかったことがわかる。やがて転落死は事故ではなく殺人だった可能性が高くなり、葉山がその被疑者となる。
 ロシア側の思惑、謎の女性の存在、公安部と刑事部の確執、そして葉山。倉島がじわりと真相に迫る過程には、高度なパズルを解くような興奮がある。
(2013.08.10発行)


近藤富枝 
『大本営発表のマイク~私の十五年戦争』 

河出書房新社 1890円

 『本郷菊富士ホテル』などで知られる著者は昭和19年にNHKのアナウンサーになる。今年81歳になる元放送人の、またこの時代を生き抜いた一人の女性の貴重な回想集である。
 本書の読みどころは放送に関する話だけではない。第1章を「昭和ノスタルジー」と題したように、前半部分には著者が少女から大人になる昭和初期の生活が活写されている。足繁く通った歌舞伎座。女優修行。東京女子大で出会う、親友・瀬戸内晴海(寂聴)等々。昭和は決して暗いだけの日々ではなかった。
 入局後は大本営発表も読むことになる。その最初が神風特攻隊に関するものだった。そして昭和20年8月15日、反乱部隊がNHKに押し寄せる。マイクを奪おうとした将校に決然として抵抗したのは同僚の女子アナだった。これもまた当事者ならではの証言だ。
(2013.07.25発行)


田中泯・松岡正剛 『意身伝心~コトバとカラダのお作法』 
春秋社 1995円

孤高の舞踊家と稀代の編集者。同世代の2人が幼年期から現在までの軌跡を語り合う。テーマは絶対自由だ。キーワードは一人遊び、他自己、真似、片思い、そして礼節。「見えないものと応答する」と言う田中、「本は言語身体」と語る松岡の真意も見えてくる。
(2013.07.25発行)


竹山昭子 『太平洋戦争下 その時ラジオは』 
朝日新聞出版 1680円

1941年の真珠湾攻撃から敗戦まで、ラジオはどのような状況の中で、どんな放送を行っていたのか。放送史研究の第一人者である著者は、当時の放送局員たちの証言を分析し、ラジオのニュース報道が軍部の「報導」へと変質する過程を明らかにしていく。
(2013.07.30発行)


森 達也 
『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるか」と叫ぶ人に訊きたい』
 
ダイヤモンド社 1630円

被害者の人権を声高に叫ぶ人の欺瞞。被災地に対する「がんばれ」コールの醜悪。著者は自らが思うところを明快に主張してきた。すると匿名の批判や中傷が押し寄せる。ネットに増殖する悪意は果たして民意の反映なのか。正義という共同幻想が抱える危うさを考える。
(2013.08.22発行)


内田樹・釈徹宗 『聖地巡礼ビギニング』 
東京書籍 1575円

釈徹宗師をガイド役に大阪・京都・奈良の神社仏閣を巡り歩く。キリスト教はイエス、仏教はブッダが頂点だが、日本の古代宗教は上書きも可能。そんな深い話を境内で雑談として聞く。何と贅沢な巡礼団だろう。読むだけで霊的感受性が高まりそうな御利益の書だ。
(2013.08.23発行)


志村史夫 『スマホ中毒症』 
講談社+α新書 800円

 電車で向かい側に座った全員がスマホを見つめ、忘我の表情で指を動かしている。そんな光景が当たり前になった。本書はこれを異様と思う人の溜飲を大いに下げてくれるはずだ。著者は物理学が専門の大学教授で、スマホを「21世紀のアヘン」だと言い切る。
 人間の生活や社会活動を便利にしてくれるはずの道具に支配されることの怖さ。特に若者たちは重症だ。スマホによるコミュニケーションが全てで他者との関係を築けない。思考も画一化の傾向にある。著者が提案するIT版「清貧の思想」で人間力を回復したい。
(2013.07.22発行)


レナード・ローゼン:著、田口俊樹:訳 
『捜査官ポアンカレ~叫びのカオス』
 
早川書房 1995円

 世紀の難問だった「ポアンカレ予想」で知られる天才数学者ポアンカレ。そのひ孫がインターポールのベテラン捜査官として事件に挑む。アメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀新人賞ノミネート作品だ。
 アムステルダムのホテルで爆殺事件が起きる。被害者は講演のため宿泊していたハーバード大の数学者。使われた爆薬は特殊な燃料だった。また重要参考人である女性を逃がしたことも影響して捜査は難渋する。
 一方、かつてポアンカレが逮捕した戦争犯罪の被疑者が、獄中からポアンカレの家族の抹殺指令を出す。捜査を続けることと家族の命を守ること。ポアンカレは大きなジレンマに陥る。
 本書には殺害された数学者が残した資料図版が掲載されている。彼の研究は事件とどう関わるのか。ヨーロッパとアメリカを舞台にポアンカレの頭脳が冴える。
(2013. 08.10発行)


半藤一利・宮崎駿 
『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』
 
文春ジブリ文庫 599円

 昭和という時代を語り続けてきた半藤一利。昭和を舞台に“最後の作品”を作り上げた宮崎駿。そんな2人が約7時間にわたって向かい合った対談集だ。
 話は漱石から始まる。『草枕』ばかり読んでいるという宮崎と半藤が意気投合。隅田川を軸に戦前・戦後の東京が語られ、川舟から軍艦、さらに飛行機へと展開されていく。もちろん随所に映画『風立ちぬ』と主人公の堀越二郎も登場するが、映画談議に留まらない。生きた昭和史になっている。それを踏まえた2人の共通した思いが、「日本は脇役でいい」という「腰ぬけ愛国論」である。
 後半の冒頭、『風立ちぬ』を見た半藤に「この先、宮崎さんたいへんだ」と言われ、「いや、この先はもうないから大丈夫なんです」と返す宮崎が印象に残る。いわば引退記念ともいえる本書は文庫オリジナルだ。
(2013.08.10発行)


風野春樹 
『島田清次郎~誰にも愛されなかった男』
 
本の雑誌社 2625円

大正8年、20歳の島田が上梓したデビュー作『地上』は大ベストセラーとなる。若きカリスマとしてスポットを浴びるが、数年後にはスキャンダルで火だるまに。精神病院で31年の生涯を終えた男は天才か、狂人か。精神科医が忘れられた作家の実像に迫る本格評伝だ。
(2013.08.25発行)


内澤旬子 『内澤旬子のこの人を見よ』 
小学館 1050円

『センセイの書斎』などのイラストルポで知られる著者。その鋭い観察眼が捉えた、「愛すべきしょっぱい人たち」の生態が可笑しい。湘南の草食系サーファー。新小岩のスナックのマドンナ。総武線の車内で目張りに励む女子。百を超える日本人の自画像がここにある。
(2013.08.26発行)


泉 麻人 『東京いつもの喫茶店』
平凡社 1575円

『東京ふつうの喫茶店』に続く喫茶店漫遊エッセイ第2弾。神田須田町でオールデイーズを耳にして和み、三軒茶屋で映画全盛時代を夢想する。散歩の途中で寄りたい店ばかりだが、ポイントは珈琲だけではない。店名、BGM、スポーツ新聞も重要なアイテムだ。
(2013.08.28発行)


黒井千次 『漂う~古い土地 新しい場所』 
毎日新聞社 1680円

81歳の著者は本書の文章を「土地という空間と、歳月という時間の交差するドラマ」と呼ぶ。幼少期に住んだ大久保通り。父が生まれ育った横浜。書き下ろし小説と格闘した箱根。文学賞の選考で通った小樽など35ヶ所。記憶と現実が静かに和解する旅でもある。
(2013.08.30発行)


堂場舜一 『Sの継承』 
中央公論新社 1995円

 60年代初頭、実施されないまま終わった幻のクーデター計画。2013年、いきなり起きた毒ガス・テロ事件。両者をつなぐキーワードが「S」である。
 日米安保条約をめぐって社会が揺れた1960年。ごく少数によるクーデター計画が動き始める。ある武器を盾に国会を解散。官庁は残すが、大臣は国民投票で選出。国家運営は官僚が担う。いわば議会制民主主義の否定だった。しかし、東京五輪を翌年にひかえた63年、この計画は実行されないまま消えてしまう。
 そして50年後、「これは革命だ」とネットで宣言する毒ガス事件が発生。東京の複数の街が狙われる。犯人側の要求は、驚くほど半世紀前のクーデター計画に似ていた。政治不信という社会背景は共通するにしても、誰が、何のために無差別テロという凶行に走ったのか。迫真の犯罪小説だ。
(2013.08.25発行)


北上次郎 『極私的ミステリー年代記』上・下 
論創社 各2730円

 海外ミステリーが好きな人なら思わず笑みがこぼれるはずだ。著者が「小説推理」に連載しているミステリー時評の20年分、上下2巻の重戦車である。
 ただし本書で海外ミステリーの潮流が把握できるかと言えば、そうではない。それは著者の選択や評価が、「このミステリーがすごい!」「ミステリーベスト10」などに並ぶ作品とあまり一致しないことでもわかる。
 だが、そこがいいのだ。「欠点はあっても私好み」なのは、コリン・ハリソン『マンハッタン夜想曲』。ジェス・ウオルター『血の奔流』は、「みっともない中年男に共感する」。また「不満はあるが圧倒的な面白さ」が、ジェフリー・ディーヴァー『悪魔の涙』だ。
 タイトル通り超極私的。独断と偏見の言い切りだからこそ信頼できる。50年に及ぶ“ミステリー読み”の蓄積を踏まえた案内書だ。
(2013.08.30発行)


鈴木謙介 『ウエブ社会のゆくえ』 
NHK出版

多くの人が利用しているSNS(ソーシャルメディア)。注意すべきは依存問題だけではない。無料でSNSを利用する代わりに個人情報を売り渡している事実も知るべきだ。ウエブと現実空間の区別がつかない社会でいかに生きるべきか。気鋭の社会学者が探る。
(2013.08.30発行)


山折哲雄 『危機と日本人』 
日本経済新聞社 1680円

日本の歴史と日本人の精神史を踏まえた鋭い論考に定評がある著者。最近も雑誌「新潮45」の「皇太子殿下、ご退位なさいませ」が話題となった。本書に並ぶエッセイは震災前から昨年にかけてのもの。「生存の現実はグレーゾーンの中にある」などの言葉が示唆に富む。
(2013.08.23発行)


山口二郎 『いまを生きるための政治学』 
岩波書店 2205円

北大教授の著者は長年、政権交代の必要を説いてきた。しかし実現した民主党政権が失敗に終わり、社会は再び混迷状態に陥っている。今あらためて民主政治とは何かを問うと共に、政治学を捉え直したのが本書だ。政治を知った上で行動するための指南書でもある。
(2013.08.20発行)


中村桂子 『科学者が人間であること』 
岩波新書 840円

 東日本大震災から2年半。直後には近代科学や技術に対する見直しの議論もあったが、それも一時的なもので終わった。今や再び経済成長が重要視され、それに寄与する科学技術を振興する動きが活発だ。本書はそんな流れに一石を投じている。
 まず、便利さと豊かさを追求するあまり、科学技術が自然と向き合って来なかった誤りを指摘。哲学者・大森荘蔵の思索を援用しながら、科学と日常社会のあるべき関係を探っていく。略画的と密画的、二つの世界観の重ね描きによって豊かな自然・生命・人間を見出すこと。その第一歩だ。
(2013.08.21発行)


大沢在昌 『海と月の迷路』 
毎日新聞社 1890円

 長崎半島の近くにある端島。かつて炭坑で栄えたが、やがて廃墟となった。海からの景観ゆえに「軍艦島」と呼ばれている。この小説の舞台、H島のモデルだ。
 昭和34年、新米警官の荒巻はこの島に赴任する。狭い土地に林立する建物。ひしめき合う5千もの人間。しかも炭鉱会社の職員、石炭を掘る鉱員など立場も多様だ。また警察官の存在を疎ましく思う、訳ありの男たちも流れ込んでいた。
 それは満月の夜に起きた。13歳の少女が行方不明となり、翌日、水死体となって発見されたのだ。先輩警官は事故として処理するが、荒巻は殺人を疑い密かに調べ始める。その過程で、8年前にも似たような出来事があったことが判明する。
 島は一種の密室。主人公の目線で展開する物語は徐々に緊張の度を増していく。著者の新境地ともいえるサスペンス長編だ。
(2013.09.20発行)


井上ひさし 
『初日への手紙~「東京裁判三部作」のできるまで』
 
白水社 2940円

 井上ひさしの東京裁判三部作とは、新国立劇場で上演された芝居『夢の裂け目』『夢の泪』『夢の痂(かさぶた)』を指す。井上はこの裁判を「アメリカと日本の合作である」とし、裁かれるべき人が裁かれなかったこと、また日本国民が不在だったことを指摘している。
 本書の軸となっているのは、編者である古川恒一プロデューサーに送られてきた膨大な量のFAXだ。内容から進捗状況まで、時期によっては毎日のように「私信」が届いた。これらと執筆用の資料を再構成したことで、井上戯曲の創作過程が見えてくる。設定、人物、台詞を徹底的に考え、必死で書き、迷い、考え直し、また書き進めていく。それはまさに命を削るような苦闘の連続だった。
 作品の初期構想と最終形の相違も興味深い。これは一級の資料であると同時に、井上からの贈り物でもある。
(2013.09.15発行)


柴田元幸:編・訳 『書き出し「世界文学全集」』 
河出書房新社 1575円

「幸福な家族はみな似たようなものだが、不幸な家族はそれぞれ独自に不幸である」。トルストイ『アンナ・カレーニア』の有名な書き出しだが、これは著者による新訳である。他にも『マクベス』や『白鯨』など多数の名作の冒頭が並ぶ、文豪たちの文体見本市だ。
(2013.08.30発行)


ラリー・タイ:著、久美 薫:訳 
『スーパーマン~真実と正義、そして星状旗と共に生きた75年』 

現代書館 4200円

上下2段組み、約340頁の大著である。著者はクラーク・ケントと同じ新聞記者だった。その取材力を生かし、コミックの作者から俳優まで多数の関係者の話を聞き、アメリカにとってスーパーマンとは何だったのかを探っている。その普遍性と純粋さは驚異的だ。
(2013.09.03発行)


徳大寺有恒 
『駆け抜けてきた~我が人生と14台のクルマたち』 

東京書籍 1575円

自動車評論の泰斗が回想する“愛の遍歴”である。もちろん相手は女性ではなくクルマだが。「いったん心を許せば、信じられないほど愛らしい」アストン・マーティン、「最高の瞬間」を与えてくれたフェラーリなど、垂涎の美女たち14人が著者と共に手招きする。
(2013.09.05発行)




この記事についてブログを書く
« 2013年 こんな本を読んで... | トップ | 2013年 こんな本を読んで... »
最新の画像もっと見る

書評した本 2010年~14年」カテゴリの最新記事