碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

『だから私は推しました』が描く 、地下アイドルのリアル

2019年09月07日 | 「現代ビジネス」掲載のコラム

 

 

NHK『だから私は推しました』が描く

「地下アイドルのリアル」

『あまちゃん』もアイドル物語だった

 

よるドラマ『だから私は推しました』(NHK 全8話)が最終章に突入した。地下アイドルと、それを応援するアラサー女子の物語だが、当初の予想をいい意味で裏切る展開に目が離せない。

そもそも、「アイドル」を描くドラマ自体がそう多くはない。ましてや、“お堅い”はずのNHKが扱うテーマとしては異色だと思う人も少なくないだろう。

NHKとアイドルドラマの関係を考える時、忘れてはならない作品がある。それが『あまちゃん』だ。

アイドル物語としての名作『あまちゃん』

歴代のNHK朝ドラには、いくつかの共通点がある。まず、主人公が女性であることだ。いわゆる「一代記」の形をとったものが多い。作品によっては、その生涯を年齢の異なる複数の女優がリレー形式で演じることもある。

次に、多くの朝ドラが、女性の自立を描く「職業ドラマ」という側面をもっている。全体的には、生真面目なヒロインの「成長物語」という内容が一般的だ。

『あまちゃん』における、物語の時間設定は2008年から2012年までである。放送された2013年と地続きの4年間であり、主な舞台は2011年の震災と津波で被害を受けた東北だった。

ドラマとはいえ、現実の場所と出来事をどう取り込むか、脚本作りは難しかったと推測されるが、脚本を書いた宮藤官九郎は、結果的にこのドラマを笑いとユーモアに満ちた「アイドル物語」に仕立て上げた。それが宮藤の最大の功績だ。

過去のヒロインたちが目指した法律家(『ひまわり』1996)、看護師(『ちゅらさん』2001)、編集者(『ウエルかめ』2009)などとは明らかに異質な、朝ドラから最も遠いと思われる職業、それがアイドルである。

しかし、アイドルを「人を元気にする仕事」と定義付ければ、納得がいくのではないだろうか。主人公が、震災後、被災地となった北三陸の人々を元気づける「地元アイドル」になる、というアイデアは秀逸だった。

「人を元気にする」のがアイドルの仕事

このドラマの中では、2008年の夏に、ヒロインのアキこと天野秋(演じたのは能年玲奈、現在は「のん」)は、24年ぶりに帰郷する母・春子(小泉今日子)に連れられて、過疎地域である北三陸へとやって来た。祖母・夏(宮本信子)が住む春子の実家で、高校2年の夏休みを過ごすためだ。

この時、春子には思惑があった。一つは、地味で暗い性格であり、学校でも軽いいじめを受けていたアキを、違った環境に置いてみたかったこと。もう一つは、夫である黒川正宗(尾美としのり)の神経質な性格が我慢できず、離婚を決意していたことである。

春子の母・夏(宮本信子)は海女であり、かつて春子を跡継ぎにしようとして拒否された経緯がある。アキは偶然海に飛び込んだことで海女に興味を持ち、その見習いとなった。

北三陸の観光協会や北三陸鉄道の人たちは、過疎化対策、また地域振興を目的に、「ミス北鉄」コンテストを実施する。ミスに選ばれたのは地元で評判の美少女・ユイ(橋本愛)だ。このユイと海女のアキが、地元アイドル「潮騒のメモリーズ」を結成する。

2人が北鉄でウニ丼を売ったり、お座敷列車で歌ったりする活動はネットで流され、全国からファンが集まってくる。その人気に火がつくきっかけが、観光協会のサイトに置かれた2人の「動画」だという筋立ては、極めて現代的かつリアルなものだった。

またこのドラマでは、アキたち地元アイドルを軸に、大人たちが「町おこし」や「地域活性化」を図ろうとする展開の中で、全国各地の市町村が実際に抱えている諸問題を浮き彫りにしていた。地域の過疎化、住民の高齢化、シャッター商店街、若者の雇用問題などだ。

こうした社会的テーマや課題を、朝ドラが取り込んでいること自体が当時は珍しいことであり、挑戦的な試みだったのだ。

ドラマとして可視化された「アイドルビジネス」

アキとユイは、本格的アイドルを目指して上京することを決める。ところが直前になってユイの父親が倒れ、アキは1人で東京へ行き、アイドルユニット「GMT47」に入る。

「AKB48」のAKBが「秋葉原」の略であるように、このGMTは「地元(じもと)」の意味である。プロデューサーの荒巻太一(古田新太、怪演!)が全国の都道府県から1人ずつ地元アイドルを集め、グループアイドルとして売り出そうとしていたのだ。しかし、まだ47人は揃っておらず、現状はアキを入れて6人のユニット「GMT6」だった。

ちなにみに、このGMT6のメンバーの一人、埼玉出身の入間しおりを演じて強い印象を残したのが、松岡茉優だ。

GMT6は、すでに稼働していた「アメ横女学園(以下、アメ女)」の下位に置かれるグループだった。このアメ女の設定によって、『あまちゃん』は、いわゆる「アイドルビジネス」の仕組みを視聴者に見せていくことになる。

朝ドラはもちろん、民放のドラマでも触れられることのなかった領域だ。『あまちゃん』における“現実の取り込み”の一つである。 

「グループアイドル」というシステム

アメ女のモデルは、明らかに実在の人気アイドルグループであるAKB48だ。ドラマの中で行われるアメ女に関する説明は、ほぼAKB48に準ずると考えていい。

まず、アメ女は上野に専用の劇場「東京EDOシアター」を持っている。これは秋葉原の「AKB48劇場」と同じスタイルであり、「会いに行けるアイドル」はアメ女にとっても重要なコンセプトだ。

次が階級制度である。アメ女のメンバーは、センターを頂点とする人気の順に「レギュラー」「リザーブ」「ビヨンド」「ビンテージ(卒業したOG)」と分けられていた。GMT6のメンバーはその下に位置するシャドー(代役)である。こうしたピラミッド型のヒエラルキーも、そのままAKB48にも当てはまる。

また、プロデューサーの荒巻(古田)は、このピラミッドに並ぶメンバーの入れ替えを、「国民投票」という名のファン投票によって実施する。これはAKB48における「選抜総選挙」に相当するものだ。選ばれた上位陣が新しいシングル曲に参加できるシステムもAKB48と変わらない。

注目すべきは、こうした「階級制」や「選抜制」の仕組みを『あまちゃん』の中で描くこと自体が、秋元康プロデューサーがAKBグループで展開してきたリアルな「アイドルビジネス」に対する、秀逸な「批評」となっていたことだ。これもまた、過去のドラマにはない果敢な挑戦だった。

「地下アイドル」の世界を描く『だから私は推しました』

放送中のNHKよるドラ『だから私は推しました』は、一人の地下アイドルと、彼女を推す(特定のアイドルを熱烈に応援する)ドルオタ(アイドルオタク)女子の物語だ。

主人公の遠藤愛(桜井ユキ)は一見どこにでもいそうなOLさん。最近失恋したのだが、原因のひとつは、SNSでの自己アピールに夢中で、常に「いいね!」を熱望する、その過剰な承認欲求だった。

スマホを落としたことをきっかけに、偶然入った小さなライブハウスで、初めて「地下アイドル」なるものに遭遇する。

一方の栗本ハナ(白石聖)は、地下アイドルグループ「サニーサイドアップ」のメンバー。ただし、歌もダンスも不得意な上に、コミュ障気味という困ったアイドルだ。そんなハナを見て、愛は思う。「この子、まるで私だ」と。それ以来、ハナを全力で応援する日々が始まる。

まず、このドラマで描かれる「地下アイドルの世界」が興味深い。ライブの雰囲気、終演後の物販、厄介なファンの存在、アイドルたちの経済事情などが、かなりリアルなのだ。

「地上アイドル」と「地下アイドル」

前述のAKB48やアメ横女学園が「地上」のアイドルだとすれば、「地下」の最大の特色は、アイドルとファンの「距離感」ではないだろうか。

普通、地下アイドルの公演は、武道館や東京ドームなどの大会場で行われたりしない。ほとんどは、それこそ地下にある小さなライブハウスだったりする。キャパが小さい分、アイドルとの物理的距離が近いのだ。

近いからこそ、自分の応援は「推し(応援しているアイドル)」が認識してくれるし、応援に対してアイドルからの「レス(ファン個人への反応)」が来たりもする。応援とレスの相互作用は、地下アイドルの世界ならではの醍醐味だ。

まだ楽曲も売れていないし、有名ではないし、パフォーマンスも稚拙だったりするが、そういうことさえ、地下アイドルファンには応援する動機となる。また、ファンもたくさんはいないので、「物販」と呼ばれる、ライブ後のグッズ販売やサインや握手を通じて、本人と、かなり密接なコミュニケーションが可能となる。

そんな状況が、このドラマでは細部までリアルに描写されていて、多分、本物のドルオタの皆さんが見ても、その再現度の高さに納得するのではないかと思うほどだ。

オリジナル脚本の魅力

脚本は森下佳子のオリジナル。昨年夏に放送された『義母と娘のブルース』(TBS系)同様、ヒロインの心理が丁寧に書き込まれている。また、地下アイドルについても十分な取材を行っていることがうかがえる。

加えてこのドラマには、「地下アイドル考証」として、本物の地下アイドルである「姫乃たま」の名前がクレジットされている。地下アイドルに関する著作もある姫乃が、その体験と知見でリアルを下支えしているはずだ。

女優陣も大健闘だ。徐々に自分を解放していくアラサーのドルオタ女子を、メリハリのある芝居で好演している桜井ユキ。そして、自分に自信の持てない、弱気な地下アイドルがぴったりの白石聖。2人の拮抗する熱演は特筆モノだ。

最終章に入り、それまで愛すべき地下アイドルだったはずの栗本ハナの「本当の顔」、その「本質」が見えてきた。また、警察の取調室(担当刑事はハライチの澤部佑)にいる遠藤愛の身に、本当は何が起こったのかも。

全8話のうち、残るは2話のみ。漫画や小説などの原作がない、オリジナル脚本のドラマだけに、最後までどんな展開になるのか、わからない。いや、だからこそ楽しみな「地下アイドルドラマ」なのだ。

 

左端がハナ(番組サイトより)