『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・男の恋と愛と/『新・百人一首:近現代短歌ベスト100』:(四)

2013年01月15日 19時36分52秒 | ■俳句・短歌・詩

 

  本ブログ2011.6.15の『恋を恋と呼ばねばならぬ……(短歌鑑賞)』(※巻末参照)で採り上げた次の歌が、今回の「ベスト100」に選出された。

    君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ  北原白秋

    「君かへす」の「君」は、「夫と別居中の隣家に住む人妻」。「君かへる」ではなく「君かへす」としたところがこの歌の生命であり、同時にこの“不倫の恋”にかける作者の覚悟が伝わって来る。

  穂村氏の注釈では、『舗石(しきいし)を踏むさくさくという音が、いつしか幻の林檎を齧(かじ)る音に、また雪の白さが林檎のそれに重なっていく』とある。

  今想うに、作者はこの「林檎」を「エデンの園」における「禁断の木の実(林檎)」とみていたのかもしれない。いずれ「(社会から)追放される」つまり「失楽園」を意味するものとして。そう考えると、「雪」を“甘酸っぱい林檎の香”のようにふれと強く願う作者の気持ちが、いっそう伝わって来る。それはつまりは、“人妻との赦されざる恋”に“堕ちて行ってもよい”との「宣言」でもあるからだ

  ことに、この時代の“不倫”が、当時の刑法によって「姦通罪」を構成したことを考えるとき、白秋も人妻も相当覚悟の上の情交であったことが判る。事実、二人は「人妻の夫」から告訴され、未決囚として2週間拘置されるという事態を招く。しかし、その後「和解」が成立し、後に二人は結婚する。

  今日、もしも「不倫」が「犯罪」行為になるとした場合、「犯罪者」を承知で「不倫」をする男女は、はたしてどれほど存在するだろうか。そう考えるとき、『君かへす』といい、『雪よ林檎の香のごとくふれ』といい、白秋の覚悟の強さに脱帽せざるを得ない。 

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   相触れて帰り来たりし日のまひる天の怒りの春雷ふるふ  川田 順 

   これも、人妻との「不倫の恋」。だが三歳下の白秋に比べると“控えめ”であり、“罪悪感”に満ちている。前歌の白秋が、「人妻」を「情事の場」から『君かへす』として、まるで“勝ち誇ったかのように堂々”としているのに対し、この作者の『相触れて帰り来たりし』には、“こそこそと逃げ帰って来たかのような後ろめたさ”が感じられる。

  『まひる』『春雷』『ふるふ』が、実によく響き合っている。『天の怒り』がなくとも、作者の“背徳性”は充分伝わっている。だが作者があえて『天の怒り』としたのは、自らを罰する意味ではなかっただろうか。そんな気がしてならない。

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   たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき  近藤芳美 

   『霧』は現実に眼の前を覆っていたと想われる。しかし、『君の姿』は作者のイメージの中の「幻想」とみるべきだろう。だからこそいっそう明確に、「君」すなわち「恋人」は彼の中に生き続ける。いや、在り続ける。

  幻想の霧の中に恋人をとじ込める作者――。それによって、彼女の“神聖さ”を守り通そうとでもするかのように。作者にとって、『或る楽章』とは無論、「特定曲の特定の楽章」であり、「君」との想い出深き「楽章」なのだろう。

  詠い出しの『たちまちに』が、この歌では実に効果的だ。「君」に対する作者の強い想いを象徴すると同時に、“言葉としての強さ”が、続く『……君の姿を霧とざし』という上の句を引き締めてもいる。そのため「上(かみ)の句」の“幻想性”がいっそう際立ち、それが結果として、『或る楽章』に対する読者の想像をさらに掻き立ててもいる。はたして、「どの曲」の「どの楽章」だろうか……。

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   泣くおまえ抱けば髪に降る雪のこんこんとわがかいなに眠れ  佐佐木幸綱 

  この歌に、或る女性は「冬ソナ」を想い出したという。「ドラマ」をまともに知らない筆者であっても、連日TVで流された雪の中の二人のシーンから、雰囲気として何となく判る。

  昔から、「白い雪」を背景とした「女性の色白な表情」や「黒い髪」は、映画や芝居、それに短歌や詩において数多く扱われて来た。

  「純白の雪」は、男女二人の“汚れなき関係”の暗示であり、現時点では“二人の今後の成り行きは白紙の状態”といいたいのだろう。つまりは、それだけ今後の展開が重要になるとの示唆でもある。

  無論、この歌もそういう展開を予感させるものであり、“二人の恋愛”や互いの“生”にいっそう注視せざるをえない雰囲気を持っている。この歌は『泣くおまえ……わがかいなに眠れ』であり、「抱けば髪に降る雪はこんこんと尽きることなく……」というニュアンスだろうか。『こんこんとわがかいなに眠れ』が優れている。ごく自然に口をついて出て来た言葉を感じさせる。

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   イヴ・モンタンの枯葉愛して三十年妻を愛して三十五年   岩田 正

 ここでの妻とは、今回の選者である馬場あき子氏。『イヴ・モンタンの枯葉愛して』が、とてもよく“利いて”おり、また洒落てもいる。今にも歌が聴こえてきそうだ。

  『枯葉』といえば「シャンソン」、「シャンソン」と言えば「イヴ・モンタン」。筆者の青春時代はそうだった。とはいえ、イヴ・モンタンは俳優としてかなり多くの作品に出ている。筆者にとっては、何といっても『恐怖の報酬』。徹底したリアリズムに裏打ちされたスリリングな展開は、“凄い”の一言に尽きる。特撮やCG頼みの今どきの映画が、いかにつまらないかを実感させてくれる。何度も繰り返し観たい作品の一つだ。 (続く)

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  ◆恋を恋と呼ばねばならぬ……(短歌鑑賞)

 



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