惜譲、早勝、難得……
数十年昔の「不動産の三行広告」には、次のような文言がよく使われていた。
「惜譲」「早勝」「難得」「美築」「築浅」「何商可」……
今となっては、“レトロ感” 溢れる懐かしいコピーだ。
「惜譲」は “売却するのは惜しいが、事情により譲らざるを得なくて……” であり、「早勝」は、“早い者勝ち” の意味。
当時は、いずれも “厭味な表現” に映ったものだが、今改めて眺めてみると、“惜” や “早” の一字に何となく哀愁が漂っている。
「難得」は、『少年易老学難成』(少年老い易く、学成り難し)の “難” の「返読文字」を思わせる。“得難い物件” を強調したものだが、漢文調の読み下しにより、「惜譲・早勝」の “投売り” 物件であっても、どこか「売り手」の “意地” と “誇り” とが感じられた。
「美築」「築浅」は、今でも「チラシ」の見出し文などにときどき見かける。
ところで、「何商可」には二つの意味があったようだ。
一つは “どのような商売にも適している” であり、もう一つは “どんな商売でも許可する” というもの。「貸店舗」や「貸事務所」によく見られた。
とにかく全体を3行か4行で収めなければならない新聞広告。「絶対文言」としての「社名」や「電話番号」、それに「所在地」「土地の坪数」「建物の床面積」、さらに「価格」が入れば、“残りの余白” はせいぜい数文字。
“最少の文字数” で “どれだけ物件の個性をアピール” できるかが勝負だった。
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最近でも、「不動産業者間情報流通」などで見かける文言に、「価格相談応」や「指値歓迎」がある。
だが現在では、「不動産広告」の規約上いずれの表現も規制され、業者同士のプライベイトなやりとりに限定されているようだ。
そのため、一般には「指値(さしね)」という言葉は馴染みが薄い。これは「買手」側から「売手」側に対して「購入希望価格」を “提示” することを言い、なかなか買手がつかない物件などが対象となるようだ。
業界では “指値がきつくて(又は「厳しくて」)” と言った使い方がなされる。
「売手」の声が小さく、その表情が悲壮であればあるほど、「買手」の「指値」が “きつい” ことを意味する。今日のような “買手市場” では、「指値」の “きつさ” に嘆く売手や関係者は増えるばかりだ。
★★★ 漢詩広告? ★★★
――あたくしも、もしかして……って時に備えて、実家の「不動産広告」を「漢詩調」にまとめてみようかしら。「題」は、“秋に自邸売却を惜しみて” なんてどう?……。
……………で……、こんなのいかが?
閑 静 高 台 通 風 良
東 南 角 地 日 照 良
美 邸 築 浅 純 和 風
眺 望 環 境 育 美 貌
これって “七言” 何とかって言うんでしょ? “七言絶句”? いえ “七言律詩” かしら? 「一句」が「七字」で、「一首四句」というスタイルの……。
一句目と二句目にちゃんと「良」って〝韻〟もふんでみたのよ。あたくしの実家って、風通しも、日当たりもいいでしょ?
……見て、見て! 「最後の四句目」
「素敵な風景は美人を育む」って意味なの。あなたはお分かりでしょ? あたくしや母、それに姉妹をご覧になれば、きっと納得してくださるんじゃない?
ね~え。……ねえ、聞いてるの? 何かおっしゃって
『…………………………………………………………』
……ねえってば! え? やだ~ぁ❢ やだ、やだ❢
もしかして、それって〝絶句ってこと……❢?
★ ◎2020年11月28日 夜 加筆修正 花雅美 秀理