答えるひと村上春樹・絵フジモトマサル 平成三十年五月 新潮文庫版
文庫が出たので、読んでみた。
けっこう好きなんだけどね、この企画。実際にホームページを見たりメール送ったりしたことはない。なんか知らないあいだに始まってて知らないあいだに終わってるような気がする。
村上さんの回答ぶりが、とてもよくて、なんとか私もネット上ではこういう感じを(ホントの性格はさておき)つくれないかなとひそかに思うときがある。
今回もいろんなこときかれて、名答がいっぱい。
自分の愛読者について。
>僕は「村上主義者」というのがいいような気がします。(#014)
>いったい誰がいつから、そんな「ハルキスト」なんてちゃらい呼び方を始めたんでしょうね。僕にはひとことの相談もなかったな。(#039)
なんて言ってます。さらに、彼女とその母親が村上春樹の本なんて読まないって場合には、話をあわせていいという。
>「村上春樹なんて、ほんと、かすみたいなやつだよね」とか(略)好き放題言ってかまいません。そして陰でこそこそ僕の本を読み続けてください。それこそが「村上主義者」の真骨頂です。(#132)
だって。新刊出たりノーベル賞の時期になると群れたがるハルキストには耳が痛いんぢゃないでしょうか。
自身の小説について。
>出口を見失って苦しんでいる人に、「出口はあるかもしれない」と思わせることができたらいいなあと思っています。(#162)
>わかったかわからないか、それもよくわからないけど、十年たってもなんかよく覚えている、というような小説を僕としては書きたいです。(#296)
いいことを言ってます。これはこういう意味だ、みたいな解説をしたがる読み方をするひととはスタンスが違うんぢゃないでしょうか。
関連して、近年よく言ってるような気がする「物語」というものについてもいくつか言及してて。
>僕らは何かに属していないと、うまく生きていくことができません。(略)物語は僕らがどのようにしてそのようなものに属しているか、なぜ属さなくてはいけないかということを、意識下でありありと疑似体験させます。(#284)
>本を読んでいると、そのあいだ別の世界に行くことができます。(略)子供たちは物語の世界を通過することによって、現実社会に自分たちをうまく適合させていきます。(#364)
>エリア・カザンに『ブルックリン横丁(A Tree Grows in Brooklyn)』という古い映画があります。(略)先生は彼女に言います。「真実を伝えるために必要な嘘があります。それは嘘ではなく、物語と呼ばれます」。(略)僕がとても好きなシーンです。(#367)
とか、私は遅まきながら河合隼雄さんの書いたもの読み始めて、物語のこともっと考えたいと思ってるところなんで、参考になります。
ちなみに、本を読むことについては、
>たとえ不幸せになったって、人に嫌われたって、本を読まないよりは本を読む人生の方がずっと良いです。そんなの当たり前の話ではないですか。(#268)
って読まない人のほうが楽しそうみたいな疑問をバサッ。
現代日本文学はどうなっちゃうんだろうみたいな問いには、
>ご心配もわかりますが、文学なんてほうっておけばなんとかなっていくものです。気を遣ってやる必要もありません。(#230)
みたいにバサッ。自分が確立されてるひとは強い。
その他、人生相談みたいなことについて。
>僕もよく「退屈な人って、自分に退屈しないのかな?」と思うんだけど、しないんですね、ぜったいに。(#029)
>だから僕もがんばって新しい音楽をなるべくたくさん聴くようにしています。よいものに巡り合える確率はかなり低いです。でも人間が生きていくというのは、確率の問題じゃないんです。(#034)
>子供への親の期待が大きいと、子供には負担になります。むしろ親が自分自身に期待するようになれば、子供もまねをして自分自身に期待するようになるのではないでしょうか?(#059)
>「これが本当に自分の望んだ人生なのか?」、それも29歳の人が普通に考えることです。きっとなんとかなります。十年後にまたメールをください。(#077)
最後のやつとかは、似たパターンがいくつもあるようで、10代なり20代なり30代なりに、まあそういうものだよと諭すんだけど、10年前か20年前にもそのときの10代なり20代なり30代なりに同じようなことを訊かれて同じように答えてるはずで、このへんオトナの貫禄なんである。
そういえば、前も何かのエッセイで、チューバッカになりたい、あの程度のボキャブラリーで宇宙とびまわってたら楽しそうな人生だって書いてたと思うんだけど、それは変わってないようで、今回もあった。
>僕は『スター・ウォーズ』のチューバッカみたいな仕事をしたいなと前から思っています。ハリソン・フォードのとなりで「うぉー!」とか「むおこぉー!」とか叫びながら、帝国軍とばしばし戦う。あの人、たぶん確定申告とかしてないですよね。いいなあ。楽しそうだ。(#159)
って、笑った。
あと、今回、おっ、と思ったやつは、丸谷才一氏の弔問に行ったら、ご家族から「N賞受賞の祝辞の原稿」を見せられたって話。
うーむ、きっと本気で獲ると思ってたんでしょうなあ。
文庫が出たので、読んでみた。
けっこう好きなんだけどね、この企画。実際にホームページを見たりメール送ったりしたことはない。なんか知らないあいだに始まってて知らないあいだに終わってるような気がする。
村上さんの回答ぶりが、とてもよくて、なんとか私もネット上ではこういう感じを(ホントの性格はさておき)つくれないかなとひそかに思うときがある。
今回もいろんなこときかれて、名答がいっぱい。
自分の愛読者について。
>僕は「村上主義者」というのがいいような気がします。(#014)
>いったい誰がいつから、そんな「ハルキスト」なんてちゃらい呼び方を始めたんでしょうね。僕にはひとことの相談もなかったな。(#039)
なんて言ってます。さらに、彼女とその母親が村上春樹の本なんて読まないって場合には、話をあわせていいという。
>「村上春樹なんて、ほんと、かすみたいなやつだよね」とか(略)好き放題言ってかまいません。そして陰でこそこそ僕の本を読み続けてください。それこそが「村上主義者」の真骨頂です。(#132)
だって。新刊出たりノーベル賞の時期になると群れたがるハルキストには耳が痛いんぢゃないでしょうか。
自身の小説について。
>出口を見失って苦しんでいる人に、「出口はあるかもしれない」と思わせることができたらいいなあと思っています。(#162)
>わかったかわからないか、それもよくわからないけど、十年たってもなんかよく覚えている、というような小説を僕としては書きたいです。(#296)
いいことを言ってます。これはこういう意味だ、みたいな解説をしたがる読み方をするひととはスタンスが違うんぢゃないでしょうか。
関連して、近年よく言ってるような気がする「物語」というものについてもいくつか言及してて。
>僕らは何かに属していないと、うまく生きていくことができません。(略)物語は僕らがどのようにしてそのようなものに属しているか、なぜ属さなくてはいけないかということを、意識下でありありと疑似体験させます。(#284)
>本を読んでいると、そのあいだ別の世界に行くことができます。(略)子供たちは物語の世界を通過することによって、現実社会に自分たちをうまく適合させていきます。(#364)
>エリア・カザンに『ブルックリン横丁(A Tree Grows in Brooklyn)』という古い映画があります。(略)先生は彼女に言います。「真実を伝えるために必要な嘘があります。それは嘘ではなく、物語と呼ばれます」。(略)僕がとても好きなシーンです。(#367)
とか、私は遅まきながら河合隼雄さんの書いたもの読み始めて、物語のこともっと考えたいと思ってるところなんで、参考になります。
ちなみに、本を読むことについては、
>たとえ不幸せになったって、人に嫌われたって、本を読まないよりは本を読む人生の方がずっと良いです。そんなの当たり前の話ではないですか。(#268)
って読まない人のほうが楽しそうみたいな疑問をバサッ。
現代日本文学はどうなっちゃうんだろうみたいな問いには、
>ご心配もわかりますが、文学なんてほうっておけばなんとかなっていくものです。気を遣ってやる必要もありません。(#230)
みたいにバサッ。自分が確立されてるひとは強い。
その他、人生相談みたいなことについて。
>僕もよく「退屈な人って、自分に退屈しないのかな?」と思うんだけど、しないんですね、ぜったいに。(#029)
>だから僕もがんばって新しい音楽をなるべくたくさん聴くようにしています。よいものに巡り合える確率はかなり低いです。でも人間が生きていくというのは、確率の問題じゃないんです。(#034)
>子供への親の期待が大きいと、子供には負担になります。むしろ親が自分自身に期待するようになれば、子供もまねをして自分自身に期待するようになるのではないでしょうか?(#059)
>「これが本当に自分の望んだ人生なのか?」、それも29歳の人が普通に考えることです。きっとなんとかなります。十年後にまたメールをください。(#077)
最後のやつとかは、似たパターンがいくつもあるようで、10代なり20代なり30代なりに、まあそういうものだよと諭すんだけど、10年前か20年前にもそのときの10代なり20代なり30代なりに同じようなことを訊かれて同じように答えてるはずで、このへんオトナの貫禄なんである。
そういえば、前も何かのエッセイで、チューバッカになりたい、あの程度のボキャブラリーで宇宙とびまわってたら楽しそうな人生だって書いてたと思うんだけど、それは変わってないようで、今回もあった。
>僕は『スター・ウォーズ』のチューバッカみたいな仕事をしたいなと前から思っています。ハリソン・フォードのとなりで「うぉー!」とか「むおこぉー!」とか叫びながら、帝国軍とばしばし戦う。あの人、たぶん確定申告とかしてないですよね。いいなあ。楽しそうだ。(#159)
って、笑った。
あと、今回、おっ、と思ったやつは、丸谷才一氏の弔問に行ったら、ご家族から「N賞受賞の祝辞の原稿」を見せられたって話。
うーむ、きっと本気で獲ると思ってたんでしょうなあ。
