昨日のつづきです、写真がやっと入りましたので言葉は明日に。
昨日の椋鳩十動物童話集の写真です。
今日の内容はkaeru夫妻鎌倉をぶらぶらの図です。
まず、鎌倉駅江ノ電口近く、このふくよか体型はほかならぬ彼の人です。
いきなり飯のはなしで恐縮ですが、飯屋です。
店内にはこういう写真が……。
なぜかと言うと、こういう店だからです。
注文したのは、ふたりで1500円。
これです、玉子が崩れかかっているのは箸をつけてから撮ったからです。
相棒の「ご年配の女性」も満足、当然わが身も大満足。一度鎌倉へ来られたら
どーぞ、小町通り入ってすぐ右です。
このあと小町通りを「ぬれせん」を食べながら歩き、「あまの」の店を発見。そこで
また試食してひと袋買ってぶらつき、寿福寺に行きました。
今日は以上の写真がやっと入りました、明日何枚かでも入ったら続けます。
この二枚の写真は同じものを上はタブレットで下はデジカメで撮った
ものです。以前からデジカメで撮る花の色が気に入らなかったのです。
かなり以前に買ったものですし、撮り方も下手の下手ですからデジカ
メ一般の機能についてとやかくいう積もりは全くありません。
昨日、せっかく鎌倉に出てきたので八幡宮まで足をのばし、牡丹園に
入りデジカメを向けたのですが、やはり気に入らず、試しにタブレッ
トで撮ったらこの違いでした。
ついでにタブレットでの写真を何枚か載せます。
タブレットで写真を撮る利点は大きく見えることでしょう、そして
ほぼ見た通りに写っています。これでズーム機能があれば文句なし
なのですが。どなたかタブレットでズーム機能付きの写真アプリを
ご存じありませんか?
この写真について説明する前に、昼飯をはさんでの勉強会の話から。
元旦の午後メールがあり、以前パソコンの勉強会をやっていたご婦人
から近いうちに勉強会を再開するので下相談を三四人でする、付き合
いませんか、とのお誘いがありました。
ご婦人の誘いには断らないことを原則としているので、鎌倉市内某
所に出掛けまして、久しぶりの古都鎌倉を口と目と耳で味わって来ま
した。出てくるに当たって携帯出来るパソコンなど持参とありました
のでタブレット持参、四人のうち二人がノートパソコン、私と声をか
けてくれた人がタブレットでした。
勉強会のことにも関連してきそうですが、打合せの中でタブレット談
義になり、ノートパソコン、スマホ、タブレット各々についてガヤガヤ
とあれこれと話したり、触ったりいじったりしたなかでの、この写真で
す。タブレットならこうして目の前の物を写し、そのままブログにする
ことが出来ます、とkaeruが自慢げに示したものです。
その後タブレット組で、散策がてら行ったタブレット活用例は明日に。
3日に紹介しました明月院が中途半端になっていましたので、ここで何枚かの写真を載せておきます。
といっても今が盛りの紫陽花の向こうをはって咲く前の姿を持ちだしても嫌味になるでしょうから、紫陽花
以外の写真にしておきます。
同じ花でも、こういう場ではバラとかばらと書くよりやはり薔薇と書きしょうびと呼ぶのが似合いそうです。
この地蔵さんの名は 「花想い地蔵」 と右に紹介されています。
これは夏蝋梅、花はみんな下向きでした。
鎌倉を印象付けるものは、この案内板のとおりです。
明治三十五年発行の 『鎌倉大観』 に 「鐵道踏切を越えて右の方二町
(220m弱)許の奥にあり」 と記されているのはこの石柱から先という意味
でしょうか。 石柱はかなり新しいものです。
『大観』 には明月院の章の前に 「管領屋敷跡」 とありその地名についての説
明があります。 室町時代、鎌倉公方の執事をつとめた山ノ内上杉氏の屋敷跡
であったからだといいます。
石柱から見ての通り人影が見えません。 30日の15時少し前の時間です。
たぶん半月も先の同じ時間でしたら人の背中 ・お腹で路面も見えなくなって
いるでしょう。 それと同じように境内もゆっりとまわることができました。
なかには咲いているものもあります、
全体としては、こんな様子です。
実はここまで 「つぶやく」 に3時間ほどかかりました。
一昨日と同じように凍結し、解凍をまちしばらくするとまた凍るの繰り返し
でいささかげんなりです。 とりあえずここまでで終えます、明日は明日の
風が吹くでしょう。
「平和の祈り」。大屏風(びょうぶ)いっぱいに躍る墨痕(ぼっこん)。澄みわたる青空のようにさわやかで、穏やかな空気を醸(かも)し出す書です。神奈川県鎌倉市の古刹(こさつ)、建長寺で今月初旬に催された書家・金澤翔子さんの個展は、どの作品も優しさに満ち、心に染みます▼翔子さんと二人三脚で歩んできた母親の泰子さんは、会場に掲げた「ごあいさつ」で、翔子さんのダウン症にもふれながらこう記していました。「翔子は実に優しい…しかもそれはただ優しいのではなく翔子の居る場所を平和で調和の世界に変えなければならないと云(い)う、きちっとしたメッセージ性まで持っている」▼イギリスの文豪シェークスピアは「平和は芸術の保母」(『ヘンリー5世』)という名言を残しています。意味合いには諸説あるようですが、平和であってこそ芸術が育まれるとも理解されています▼今春、ある芸術系大学の卒業式で、著名なデザイン評論家でもある教授が、「強い国をめざせという風潮が強まっている」と憂え、卒業生たちにこう呼びかけました。「芸術は、それと真逆(まぎゃく)の優しい社会をめざすものなのです」▼「強い国」を掲げ、集団的自衛権をごり押しして“戦争する国”へ突き進もうとする安倍首相。優しさのかけらも感じられません▼翔子さんは、前回の「赤旗まつり」で青空揮毫(きごう)を披露してくれました。泰子さんは、「『赤旗まつり』のお客さんの優しい感じがとても印象深かった」といいます。きなくさい昨今、そんな平和を愛する優しき心の輪をうんと広げたい。
「母の日」の「潮流」を紹介します、先日建長寺で写した写真を添えて。
今日、kaeru夫人が私に 「何か言うことない?」 と問いかけてきました。 「え?」 と思いましたが特に
心当りはありません。 「別に」、「ほんと」 と重ねてきます、 「特にないなー」。
我が人生においてお玉じゃくしの頃は尻尾もあって、それを掴まれたら不味い、ということがないことも
ないのですが、いまや全てをのみこんでの日々を送っている身であれば、なにもないことはその通りなの
です。
「今日は何の日?」 ときました。 そうか 「母の日、でもそれは俺がいうことではないでしょう、〇(長男)
や△(長女)が言って来た?」、「〇の嫁さんからメールが入った」とのことで、〇△からの「言葉」をその父
親に代弁させようというわけです。
それで思い出して、この記事を見せました。
この下の方には
「私は日本一、幸せな母」 の見出しが。
< 本の紹介文>
「お母様が大好きだから、お母様のところに生まれてきたの」。ある日、泰子さんの耳元で翔子さんが
ささやきました。 そんな日常をつづった泰子さんのエッセーと、翔子さんの書を収録しています。
いきいき株式会社 税別1200円、問合せ☎03(3261)1301(代)、メール a-okajima@e-ikiiki.co.jp
全ての子どもが母親にこう言える社会に!
「お母さん、産んでくれてありがとう!」
ダウン症候群(ダウンしょうこうぐん、英: Down syndrome)は、体細胞の
21番染色体が1本余分に存在し、計3本(トリソミー症)持つことによって発症
する、先天性の疾患群。ダウン症とも呼ばれる。(Wiki「ダウン症候群」)
翔子さんの母 ・金澤泰子さんの「翔子の書の秘密の一つを紹介いたします」より
<翔子は実に優しい。その愛の深さはいつも私の想像を超えるので、これは私が教
えたものではない。
(略)まるで平和の使者の様です。
(略)魔法の様なこの力は何処から来るのか、私の長年の疑問でした。けれど最近、
それは翔子自身の遺伝子・染色体に秘密があるのだと思った。翔子は普通の人より
染色体が一個多い、その一個の染色体の正体が「愛」なのだ、明快に私の腑に落ち
ました。>
以下、会場で求めた 『金澤翔子作品集』からです。
母・泰子さんと翔子さん、写真でみますと「書」という胎内の双子のようです。
書展の今回のテーマ、≪平和の祈り≫ ≪感謝≫
「しんぶん赤旗」の写真にあった≪恕乎≫
私たちが翔子さんと写っていた≪光明≫
「作品集」の最後の頁に≪言霊≫とありました。
連休の最終日、といっても今は普段と変わらいない日常ですが、それでも
世間と波長を合わせようと、鎌倉へ奥さんと出かけてきました。寒い位の天
候だったのは残念でしたが、建長寺で書家 ・金沢翔子さんの書展です。
今回で建長寺での書展は6回目だそうです。
「しんぶん赤旗」の記事から。
<母親で書家の泰子さんは「翔子が個展をはじめて10年目になります。これま
でさまざまな人の支えを受けてやってきました。その感謝の思いを伝えたい」と話
します。翔子さんの個展は、父の裕さんが生前、願っていたものでした。>
<母の泰子さんは「ダウン症の子はやさしさや愛情の深さというすばらしい資質
があります。(略)翔子が生まれたばかりのとき、私は引きこもって、希望の光を探
していました。若いお母さんたちの希望の光になっていきたい」と語ります。>
境内の案内。(「書展は無料です」と書かれてあります。)
書の展示場所へ上がる階段わきに展示されている翔子さんの22歳時の
作品(般若心経)。
丁度会場に来られた翔子さんと1枚撮ってもらいました。
来年の予定が決まりました!
2015年 5月2日(土)~5月6日(水)まで。