怒りのメゾフォルテ

娘を奪われました。二度と帰ってきません。奪った人たちの対応に怒りが募ります。

9月20日 山川先生が弔問に来た

2018-09-20 20:10:44 | 学校に対して
19日に市教委から電話があった。

「山川先生を連れて行きます」と、しっかりした口調でいわれた。

9月20日の弔問で、市教委が来た時、なんども、すっぽかされていたので、山川先生が来ることはあまり感じなかった。

教頭になった山川先生は自分からくると言ったそうだ。

そして、20日市教委が来た時に、教育長が守るように山川先生を座らせていた。



小学校の教員になった山川先生は若く見えた。

私の三重県の友人が、中学から、小学校の先生に移動した時、「小学校の先生は若くしてるよ」と言っていた。


8年来なかった先生を強い人に思っていて、心の中できつい山川先生のイメージを持っていた。

それが、自然と弔問されてあっけなく終わってしまった。


私は泣きそうな感じで、記者の人に「山川先生が来ない」とメールした。

主人が山川先生に手紙を書いた時、その手紙を読んだ山川先生はやはり来なかった。



あっけない終わり方だった。

心の中できつく感じていたのが、私だけだった。

泣いてマスコミの人にメールしたのが嘘のようだった。

最後に私は何に怒っていたのだろう。


娘と同じボートに乗っていた男の先生は辞めてしまうし、山川先生は来ないし。

不思議な体験だった。

教育長が最後に言った言葉。

「山川はまた来るとは限らないけど、私たちはまた来ます」

8年という長い時間がいつのまにか経っていた……