時折豪雨の中、私達は先回の公判と同じく朝6時半に主人の運転する車で自宅を出た。
水野元校長の証人尋問にふさわしい天気だった。
「水野校長、5年も経って事故のことを冷静に振り返って、謝罪してくれるかな。」と思う私。
裁判で5年振りに見る校長の姿。
事故当時、遺族の負担も考えず、
毎日保身のように
我が家に章南中の先生や先生のいない土日には自分の奥さんを連れてまで、
四十九日まで弔問させてくれと言う校長。
事故のPTSDで校長の言動に、
顔面麻痺や手の麻痺になった私を、裁判中裁判所のスッタッフが後ろの席に控えてくれた。
幸い校長の後ろ姿しか見れない証人尋問。
何度も裁判長に「簡潔に話すように!」と注意される校長は自分のことしか考えない自分勝手な校長のままだった。
D氏の弁護士や検事に
「天気をどのように捉えていたか?」 「短いコース変更を見に行っているが何を確認したのか?」
「出航の最終判断の時、艇庫にいなっかったのは?」 「前芝中の曳航は知っていたか?」
「事故後に学校で再発防止のマニュアルを作ったか?」
裁判官からの質問にも要領を得ず、裁判官があきれてしまう程だった。
短くなったコースを見に行っているなら、 次々戻ってくる他のボートを見たはずの校長。
そして、湖面に白波が立っているのを見たはず。
なぜ天候の急変を推測できなかったのだろうか。
事故防止マニュアルは蜂に刺された時やけがした時の包帯の巻き方等の
ボート事故とは直接に関係しないものだった。
出航判断を所長だけに託し施設所員に聞こうとはしなかった校長。
私は出港時の激しい雨や生徒や娘達が学校の出航判断を聞いて驚く写真が忘れられない。
D氏の弁護士:「書類送検された後、検察はどういう判断をしましたか」に、起訴・不起訴の答えができなかった校長。
「覚えていない。」を繰り返す校長に、
私達への謝罪の言葉はもちろんなかった・・・
5年経っても警察の調書に綴った、遺族の校長の責任を問う気持ちは変わっていない。
*****
浜名湖ボート事故
「転覆は想定せず」
公判で元校長が証言
浜松市北区の浜名湖で2010年、野外活動中のボートが転覆し、愛知県豊橋市章南中1年西野花菜さん=当時(12)=が死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われた宿泊研修施設「静岡県三ケ日青年の家」元所長檀野清司被告(57)の公判が1日、静岡地裁であった。当時、生徒を引率した元校長の男性が証言として出廷し「学校側で訓練の中止基準は設けていなかった。転覆事故やえい航の可能性は想定していなかった」と証言した。
元校長は「出航の最終決定は所長だと思っていた。海のプロである施設側に任せていた」と主張。出航前、湖面に白波を見たことを証言し、荒天時に備えて訓練は浜名湖の中央ではなく、沿岸よりを進むコースを取ることを確認したと明かした。弁護人や裁判官から「天候に不安を感じていたのではないか」と聞かれると「天候は悪化しないと思っていた」と述べた。
公判後、花菜さんの父友章さん=豊橋市=は「子どもを引率する安全意識が欠けている。天候に不安を感じていたなら、中止の声を上げてほしかった」と訴えた。友章さんは31日の次回公判で遺族として証言する。
水野元校長の証人尋問にふさわしい天気だった。
「水野校長、5年も経って事故のことを冷静に振り返って、謝罪してくれるかな。」と思う私。
裁判で5年振りに見る校長の姿。
事故当時、遺族の負担も考えず、
毎日保身のように
我が家に章南中の先生や先生のいない土日には自分の奥さんを連れてまで、
四十九日まで弔問させてくれと言う校長。
事故のPTSDで校長の言動に、
顔面麻痺や手の麻痺になった私を、裁判中裁判所のスッタッフが後ろの席に控えてくれた。
幸い校長の後ろ姿しか見れない証人尋問。
何度も裁判長に「簡潔に話すように!」と注意される校長は自分のことしか考えない自分勝手な校長のままだった。
D氏の弁護士や検事に
「天気をどのように捉えていたか?」 「短いコース変更を見に行っているが何を確認したのか?」
「出航の最終判断の時、艇庫にいなっかったのは?」 「前芝中の曳航は知っていたか?」
「事故後に学校で再発防止のマニュアルを作ったか?」
裁判官からの質問にも要領を得ず、裁判官があきれてしまう程だった。
短くなったコースを見に行っているなら、 次々戻ってくる他のボートを見たはずの校長。
そして、湖面に白波が立っているのを見たはず。
なぜ天候の急変を推測できなかったのだろうか。
事故防止マニュアルは蜂に刺された時やけがした時の包帯の巻き方等の
ボート事故とは直接に関係しないものだった。
出航判断を所長だけに託し施設所員に聞こうとはしなかった校長。
私は出港時の激しい雨や生徒や娘達が学校の出航判断を聞いて驚く写真が忘れられない。
D氏の弁護士:「書類送検された後、検察はどういう判断をしましたか」に、起訴・不起訴の答えができなかった校長。
「覚えていない。」を繰り返す校長に、
私達への謝罪の言葉はもちろんなかった・・・
5年経っても警察の調書に綴った、遺族の校長の責任を問う気持ちは変わっていない。
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浜名湖ボート事故
「転覆は想定せず」
公判で元校長が証言
浜松市北区の浜名湖で2010年、野外活動中のボートが転覆し、愛知県豊橋市章南中1年西野花菜さん=当時(12)=が死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われた宿泊研修施設「静岡県三ケ日青年の家」元所長檀野清司被告(57)の公判が1日、静岡地裁であった。当時、生徒を引率した元校長の男性が証言として出廷し「学校側で訓練の中止基準は設けていなかった。転覆事故やえい航の可能性は想定していなかった」と証言した。
元校長は「出航の最終決定は所長だと思っていた。海のプロである施設側に任せていた」と主張。出航前、湖面に白波を見たことを証言し、荒天時に備えて訓練は浜名湖の中央ではなく、沿岸よりを進むコースを取ることを確認したと明かした。弁護人や裁判官から「天候に不安を感じていたのではないか」と聞かれると「天候は悪化しないと思っていた」と述べた。
公判後、花菜さんの父友章さん=豊橋市=は「子どもを引率する安全意識が欠けている。天候に不安を感じていたなら、中止の声を上げてほしかった」と訴えた。友章さんは31日の次回公判で遺族として証言する。