相撲史に関心・興味のある方どうぞ

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正・誤の両方が半々発行?

2017-11-19 20:59:24 | 日記
 平成十三年に刊行された『大相撲人物大事典』
は、最早相撲史調査・研究に欠かせないもの…。
痛みがひどくなっており、“予備”を購入済で
よかった…。
 でも、鳥渡ばかり遺憾な点もあり、故意に曲解
したのではと疑いたくなる箇所もありそうだ。

 逆に、旧諸々の本に“改訂”を施した面もある。
例えば、544頁「文政10年……11月」番付末尾に
「7枚目の東西が入れ替わった番付もある…」云々。

 当場所、東方幕尻に越ノ戸、西方のそれに待乳山
が「正しい」番附であることは、星取表が証明して
いる。即ち、東の越ノ戸は初日のみ出場し、西方の
関脇源氏山と対戦、一方、西幕尻の待乳山は大関
阿武松ら東方力士と取組んでいる。

 でも、東・西が逆の番附も発行されたことは事実。
『相撲起顯』の番附は東方が待乳山、西が越ノ戸だ。

 そればかりじゃぁなかった。西尾…岩瀬文庫所蔵
のものもミスされた番附だったのである。
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奇数日なのに…

2017-11-19 13:12:19 | 日記
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 安政六(1859)年十一月場所の幕内取
組順の検証。

 七日目中入り前
東前二●陣 幕─鷲ヶ濱〇西前二
西前一●伊吹嶋─松ヶ枝〇東前五
東関脇×響 灘─不知火×西小結
〃大関〇雲 龍─猪王山●〃関脇

 七日目中入り後
東前七〇明石泻─登竜山(幕下)
〃前四〇虹ヶ嶽─西前五●燧 洋
西前四△錦 木─武藏泻△東前六
東前一〇大鳴門─荒 馬●西前六
西大関●境 川─鬼面山〇東小結

 細かく眼を光らせるならば、奇数日
なのに東・西の前頭四枚目は東方が
先に土俵へ上っている。

 負けず屋の陣幕は在幕たった5敗━
“同位”力士から土をつけられた。
相手も幕末の強剛ではあるが……。
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