人生にロマンスとミステリを

小説を読むのも書くのも大好きな実務翻訳者です。ミステリと恋愛小説が特に好き。仕事のこと、日々のことを綴ります。

柚月裕子『慈雨』

2019-09-02 22:58:53 | 読書記録(紙書籍のみ)
柚月裕子著『慈雨』

電車の扉横に広告スペースがあるじゃないですか。あそこにしばらくこの本の
広告が掲載されていたことがあったんです(お気づきになった方もいらっしゃるかな?)。

広告を見たとき、主人公が元警察官(ということはおじいさん?)だし、イケメン刑事は
出てこなさそうだし、なんか表紙も暗いし……で最初は買う気はなかったのですが、本屋さんで
どの本を買おうかな~と見てたら、『慈雨』が平積みされてまして。つい、手にとって
ぱらぱらっとめくったら、たまたま読んだページに引き込まれました。

先輩刑事が殉職したシーンという、普通なら「人が死ぬ~、いや~」と思うのですが、
なんか本当に胸にぐっと来て、「買おう」と思いました。

んで、読み終わりました。

私がこれまで出会った本って、先が気になって気になって、徹夜してでも読み進めたい本か、
途中で飽きてきて挫折してしまう(もしくは流し読みになる)本のどちらかだったのですが、
これはどっちにも当てはまらない。じっくり時間をかけて味わって読みたい本だと思いました。

ざっくり言うと、定年退職した刑事が、心に引っかかっていたことを昇華するために
奥さんと一緒にお遍路をするというものです。まー、昔の(?)寡黙な親父って感じで、
はっきり言って主人公・神場さんがだんなさんでもお父さんでも嫌です(笑)。

でも、そう思って読んでいたけど、彼が歩んできた人生、秘めた思いなんかに触れるうちに、
なんかすごいわ、この人、と思わされました。

お遍路に出ている間に、引っかかっていた16年前の事件と、類似する事件が起こります。
けれど、16年前の事件はすでに犯人が逮捕されていて解決済み。
当時から、神場さんはその犯人に対して違和感を覚えていて、
冤罪の可能性を考えていました。冤罪の可能性を示す目撃証言も出てきたけれど、
その事件をひっくり返すとなると、当時用いられたDNA型鑑定の信頼が揺らぎ、
警察への信頼も揺らぎ……みたいな感じで、当時は権力に屈しちゃったわけです。
そして、そうして屈したことに罪の意識を感じていたのですが……。

お遍路を続ける中で、同じお遍路さんや地元の女性との出会いを通じて、
心が動き始め、事件のヒントを得ます。娘(この娘に関してもいろいろストーリーあり)
と優秀な部下との交際をずっと反対してきたけれど、最後は感動的な形で認めることになります。

神場さんは、事件が解決し、16年前の事件が冤罪だとわかったら、自分の退職金と財産を
冤罪で服役した男と、真犯人の2人目の犠牲者となった女の子の両親に
渡そうと決意しています。なので、解決した、やった~みたいなすっきりした終わりではないの
ですが、それでもすっきりするのが不思議。

タイトルの慈雨は、最後にひっそりと慈雨です。

よくあるさら~っと捜査一課の刑事を登場させた推理小説が、薄っぺらく表面的に思えるほど、
警察内部の描写も心理描写も深いです。この作家さんの他の本も読んでみたい。

いったいどんな人生経験を積んできたら、こんな本がかけるんだろう(心から脱帽)。
コメント
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