人生にロマンスとミステリを

小説を読むのも書くのも大好きな実務翻訳者です。ミステリと恋愛小説が特に好き。仕事のこと、日々のことを綴ります。

『恋を届けるサンタクロース』

2015-11-19 08:45:03 | オリジナル短編小説
えっと、今、翻訳案件2件かかえてて、更新したい小説もあって。
やらなくちゃいけないことがいっぱい! あー、ぎゃ~(プチパニック)!

ってなったときに、必ずネタの神様が下りてくる(仕事を邪魔する悪魔かも)。

というわけで、昨晩、仕事もせずに書いた一足早いクリスマスの作品です。
寝不足&これから必死で仕事をするはめに……なりましたが、クリスマス気分だけでも
お届けできるとうれしいです(ベリカさんでも公開しています)。

クリスマスイブにアルバイト中の沙希に訪れた、ちょっと不思議なお話(かも)。


『恋を届けるサンタクロース』

 今日はクリスマスイブ。街路樹に巻かれた青と白の電飾が交互に光り、デパートの壁には赤と緑のライトがモミの木の形に吊されて、ピカピカ光ってる。店先には大きなリースやツリー。どこを見たってイルミネーションだらけ。
 あー、やだ。立ちっぱなしで疲れた。ケーキ売りのバイトの契約が終わるまであと一時間。この全身トナカイのハズいコスチューム、早く脱ぎたいよぅ。
「ケーキはいかがですかぁ、ブッシュドノエル、雪だるまのチーズケーキ、アイスケーキもあるよ~。とってもおいしいよ~」
 あたしの横では、サンタクロースのコスチュームのおじさんが声を張り上げている。綿菓子みたいな白い髭と眉毛をつけて、赤い帽子を目深に被っているから、年齢不詳。でも、声からすると五十代くらい? リストラされて仕事がないから、今日こんなバイトをしてるとか?
 そんなことを思ってると、サンタクロースが「ほっほっほ」とアニメなんかでお馴染みの笑い声をあげた。やる気満々だな。
「ほら、トナカイさんもがんばろうよ。あと少しで完売なんだからさ」
 サンタクロースに声をかけられ、あたしは被っていた角付きの茶色い帽子を引き下げた。
 こんな格好、高校の友達に見られたら恥ずかしい。
「ケーキいかがですかぁ」
 あたしは道行くカップルに声をかける。
 あたしはなんだってクリスマスにバイトなんかしてるんだろ。
 それもこれも、佑樹(ゆうき)とケンカしたからだ。
 ケンカ……かな。このまま自然消滅とかしちゃったらどうしよう……。
 あたしが視線を落としたとき、目の前に四十歳くらいの男の人が立った。
「雪だるまのケーキ、ひとつ」
「ありがとうございまーす」
 サンタクロースが言ってケーキの箱を差し出し、お金を受け取った。
「ありがとうございます」
 あたしもぺこりと頭を下げた。
 続いてやってきたのは三十代前半くらいのカップル。あ、カップルかと思ったけど、おそろいの指輪をしているから夫婦かな。
「雪だるまの、かわいいね」
 奧さんの声にだんなさんが足を止めた。
「これにしようか」
 ふたりで見つめ合って話し合って、お買い上げ。
「ありがとうございましたー」
 あーあ、みんなクリスマスだからって浮かれちゃってさ。
 あたしたち、仏教徒じゃん。外国から入ってきた習慣なんかに踊らされるなんてどうかしてる。
 おもしろくない気分で茶色いブーツのつま先でアスファルトを蹴った。
「ほっほっほー、ケーキはいかがかな」
 あいかわらずサンタクロースは仕事熱心だ。あたしも少しは見習って、さっさとケーキを売っちゃおう。完売したらその時点でバイトから上がれるしね。
「おいしいケーキ、いかがですかぁ」

 そうしてがんばったおかげか、三十分でケーキは完売した。
「やった、これで帰れる」
 うーんと伸びをするあたしに、サンタクロースが言う。
「お疲れ様。トナカイさんはサンタさんにどんなお願いをしたのかな?」
「お願い?」
「子どもたちはみんなするでしょ? あのおもちゃをください、とか、あの人形をください、とか」
 いい歳して、このおじさん、なに言ってんの。
「あのね、あたしもう高二だし、そもそもサンタなんか信じてないし」
「でも、トナカイさんだって小さい頃は信じてたでしょ?」
「そりゃ、幼稚園の頃はね。でも、小二のとき、朝起きて枕元にあったのが、スーパーで売ってたお菓子入りのブーツだったんだもん。フツー、気づくでしょ。お母さんがサンタだったんだって」
 あたしの言葉を聞いて、サンタクロースが眉を寄せた。そのせいで白い眉毛がつながって見える。
「それはトナカイさんがちゃんと信じてなかったからだよ。だから、サンタさんは来られなかったんだ」
「ちょっと、さっきからトナカイさん、トナカイさんってやめてよね」
「じゃあ、名前教えてくれるかな?」
「今日、たった一日バイトが一緒だっただけの見ず知らずのおじさんに、どうして名前を教えなくちゃいけないのよ」
「つれないなぁ。ほら、なんだっけ、この国では『袖振り合うも多生の縁』って言うじゃない」
 教えてよ、とサンタクロースが言った。
相手をするのもいい加減うざくなってきて、あたしはわざとぶっきらぼうに答える。
「沙希(さき)」
「沙希ちゃんかぁ。かわいい名前だねぇ」
 この人、もしかしてヤバイ人なんじゃないだろうか。急に怖くなってきた。
「あたし、もう帰るから」
 店の中に戻ろうとしたとき、うしろから手首を掴まれた。温かくて大きい手。
びっくりして振り返ると、サンタクロースが真剣な目をしてあたしを見ていた。
「教えてよ」
「え?」
「沙希ちゃんの欲しいもの」
「なんであんたに教えてなきゃなんないのよ」
 手を振り払おうとしたけれど、このサンタクロース、ただの小太りのおじさんかと思ったけど、意外と力は強い。
「教えてくれなきゃ、欲しいものをあげられない」
「おじさん、頭、大丈夫? サンタクロースのコスチュームを着て、本物のサンタにでもなったつもり?」
 あたしのトゲトゲした言葉にも、彼はニコニコ笑っている。
「いいから教えて」
「教えたってどうせ叶いっこないし」
「そう決めつけないでよ」
 そう言ってサンタクロースは相変わらず笑っている。
 変な人。ますますやばそう。機嫌を損ねて豹変されても怖いから、さっさと答えてさよならしよう。
 それに、どうせ欲しいものなんてもらえっこないんだから。
 あたしは大きく息を吸って彼を見上げた。
「あたしが欲しいのは、時間」
「時間?」
 サンタクロースの眉がまた寄った。
「そう。一週間前に戻して欲しい」
「どうして一週間前なのかな?」
「彼氏とケンカしたの!」
「ああ」
 サンタクロースがひとりでうなずいている。
「いくらサンタさんでも、時間なんて戻せるはずないでしょ」
 でも、あたしはそう言いながらも、戻ったらいいのにって思ってる。
 だって、今思えば、本当にしょーもないことで佑樹とケンカしちゃったから……。

「ごめんって、沙希。怒んなよ」
 佑樹が顔の前で両手を合わせた。
「やだ! 絶対やだ! クリスマスイブにバイトなんて冗談じゃない。断ってよ」
 あたしはぷいっと横を向いた。
「だって、しょーがねーじゃん。ほかのバイトがみんな休み入れちゃってて、店長、困ってんだよ」
「知らないよ、そんなの。佑樹が休みの希望を出すのが遅いのが悪いんじゃん!」
「まあ、それはそうだけどさ……。店長ひとりで働かせるわけにはいかないだろ」
「もういいよ。佑樹はクリスマスイブにあたしと会わなくても平気なんだよね。よーくわかった」
「平気なわけないだろ」
「じゃあ、バイト断ってよ」
「だからそれは無理だって」
 佑樹の口調が荒くなった。イライラしてるのはわかるけど、あたしだって怒ってる。付き合って初めてのクリスマスイブなんだから、一緒に過ごしたいのに。
「佑樹のバカ!」
「バカってなんだよ、バカって」
「バカだからバカって言ってんの! バカにバカって言ってなにが悪いのよ!」
「おまえ、いい加減にしろよ」
 佑樹が目を細めてあたしを見下ろした。その視線の鋭さにドキッとする。
 佑樹、本気で怒ってる……。
「もう勝手にしろ!」
 佑樹があたしに背を向けて、スポーツバッグを肩にかけ、教室から出て行った。ピシャリ、と大きな音を立ててドアが閉まった。
「なによ、佑樹のバカ。勝手にするわよ。勝手にすればいいんでしょっ」
 あたしだってバイトを入れてやる。佑樹が気が変わってあたしに会いたくなっても、あたしだってバイトで忙しいから、会えないんだからねっ。後悔しても知らないんだからっ!

 そうしてあたしはクリスマスイブにケーキ売りの単発バイトを探して入れたのだった。
 でも、あんなこと、言わなきゃよかった。
 会えないのは残念だけど、佑樹がお世話になってるコンビニだもんね。店長さんを助けてあげてね、とか。
 じゃあ、あたしもバイトをするから、クリスマスにおいしいもの、食べに行こっか、とか。
 かわいい彼女になれる言葉があったはずなのに……。
 後悔してるのはあたしの方だ。
 あーあ。佑樹は今頃コンビニでチキンでも売ってるのかな……。
 ふう、とため息をついたとき、ケーキショップの中から女性店長の声が聞こえてきた。
「笹川(ささがわ)さん、ありがとう、お疲れ様。おかげで完売したわ。もう上がってくれていいわよ」
「あ、はい」
 ケーキショップなので控え目とはいえ暖房のかかっている店内に入るとホッとした。トナカイスーツの帽子を背中に落としながら、店内を見回す。
「あれ、サンタさんは?」
「サンタさん?」
 あたしの言葉に、店長さんが怪訝そうに首を傾げた。
「バイトのサンタさん。あたしと一緒に外でケーキ売ってた……」
「バイトは笹川さんひとりよ。サンタは、ほら、私」
 店長さんが頭の上の赤いフェルトの帽子を持ち上げてみせた。そういえば、店長さんは赤いワンピースタイプのサンタコスチューム姿だ。
「男のサンタさん、いませんでした?」
「いないわよ。斜め向かいのライバル店にはいるけど」
 言われてあたしは店の外に出た。たしかに車道を挟んだ斜め向かいもケーキショップで、そちらは残っているケーキを売るために、男子大学生のサンタが声を張り上げている。
 おかしいなぁ。
 絶対いたはずなのに。
 首を傾げながら店内に戻ろうとしたとき、遠くからあたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
「沙希!」
 驚いて振り返ると、手を振りながら歩道を走ってくる佑樹の姿が見えた。
「佑樹?」
 佑樹はあたしの前まで走って来て、膝に手をあて、息を切らしながら言う。
「沙希は……バイト、終わった?」
「え、あ、うん。今から着替えるとこ」
「そっか、よかった。じゃあ、今から一緒に過ごせるな」
「今から一緒に?」
 どういうこと?
 わけがわからず見上げるあたしに、佑樹が言う。
「俺がバイトだからって沙希も単発のバイトを入れてたろ? 『二十五日に一緒においしいものを食べに行こう』って、沙希、言ってくれてたけど、チキンが早く売り切れたから、店長が早く上がっていいって言ってくれたんだ。だから……沙希を迎えに来た」
 佑樹の言葉にあたしは瞬きをする。
「二十五日に一緒においしいものを食べに行こうって……それ、ホントにあたしが言ったの?」
「なに言ってんだよ、言ったじゃん。いつもならバカって言って怒りそうなのに、なんかかわいいこと言ってくれるから……俺」
 佑樹が目をきょろっと動かした。頬がちょっと赤くなっている。
「あのさ」
 佑樹がポケットに手を入れて、赤いリボンのかかった小さな箱を取り出した。
「沙希にプレゼント。これ買うために、俺、バイトがんばったんだ。そのせいで寂しい思いさせたかも……ちょ、えっ、沙希!?」
 気づいたら、あたしは佑樹に飛びついていた。彼の背中に手を回してギュウッとしがみつく。
「ありがと! ありがと、佑樹!」
 佑樹の呆れたような笑い声が降ってくる。
「まだ中身、見てないのに?」
「違うの。今日、来てくれて」
 うれしくて、胸がいっぱい。胸がはち切れそうって、きっとこんな感じなんだ。
「佑樹、大好き」
「俺もだよ」
 佑樹が言って、へへ、と照れた笑い声をあげた。
「でもさ、そのトナカイのコスチューム、いいかげん脱がない?」
 佑樹に言われて、あたしはあわてて体を起こした。
「うわ、恥ずかしっ」
 鼻に赤いスポンジまでつけてたのを忘れてたっ。
「いや、かわいいんだけどさ、それ、キスするのに邪魔だから」
 佑樹があたしの鼻をつんとつついた。
「もう、佑樹ってば」
「待ってるから着替えておいでよ」
「うん」
 あたしは大急ぎで店内に戻り、更衣室に入った。着てきたセーターとジーパンに着替えて、ダッフルコートを羽織ってバッグを持つ。
 ああ、佑樹に会えるってわかってたら、もっとおしゃれしたのに。
「お先に失礼しますっ」
 店長さんに声をかけて、佑樹の待つ外へと出る。
「お待たせ!」
「待ってな~い」
 いつものようにおどけた佑樹の声。うれしくなってあたしは彼の左腕に自分の右腕を絡める。
「わ、沙希ってば積極的」
「なによ」
「だって、いつもは手をつなぐだけじゃん」
「そうだけど……」
 うれしかったから。だから、思わず彼に抱きついたり、腕を絡めたりしてしまった。
「プレゼント、いつ開ける?」
 佑樹が歩きながら右手をポケットに突っ込み、さっきの箱を差し出した。それを見て、あたしは大変なことに気づいてしまった。
「どうしよう!」
「なに?」
「あたし、佑樹へのプレゼントを用意してないよ……」
 だって、ケンカしてたはずだし……。
 佑樹は彼の左腕に絡めたあたしの腕を、右手でポンポンと軽く叩いていたけど、ふと足を止めた。つられてあたしも足を止める。
「じゃあさ」
 佑樹がすごく真剣な顔をして見るので、あたしは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「うん?」
「沙希をもらっていい?」
「へ?」
「俺へのプレゼントは……沙希がいい」
「あ……たしっ!?」
 佑樹の顔がみるみる赤く染まる。
「沙希の時間を……朝まで欲しいんだけど」
「なにそれ、もしかして」
 佑樹が小さくうなずいた。
「朝まで……一緒に過ごそ?」
 あたしの頬がカーッと熱くなった。
「やだ、佑樹のエッチ!」
「なんだよ、それ。俺だって男だぞ!」
「そうだけど」
 あたしは佑樹をチラッと見上げた。
「いつまでもキスだけじゃ我慢できない」
 あまりにストレートに言われて、耳まで熱くなる。
「沙希はイヤなの? 沙希がイヤなら……」
「イヤじゃないよ」
 あたしは小さな声で答えた。
 イヤじゃない。
 それに、ケンカする前は、佑樹とそうなるのはクリスマスイブがいいなって思ってた。
 佑樹がそっとあたしの右手を握る。ふたりで並んで歩き出したとき、目の前にふわり、と白いものが落ちてきた。
「あ、雪!」
 あたしの声に、佑樹が空を見上げる。
「ホントだ」
 あたしは空を見ながら言う。
「ねえ、サンタさんってホントにいると思う?」
「フィンランドにはほんとにサンタ村があるんだろ?」
「そうじゃなくて、本物のサンタクロース」
「信じてる子どものところにだけ来てくれるって話だよ」
 あの人もそんなことを言ってたな……。
 そう思ったとき、あのおじさんの笑い声が聞こえたような気がした。

【了】


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