ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

昨日のツイート 03/03

2016-03-05 09:28:05 | ツイッター
お早ようございます。主の平和。松村克己『交わりの宗教〜ヨハネの手紙講釈』の緒論を読む。「小説吉田学校」第2巻は一時休憩。午後から、飯塚の伊藤傳右衛門邸に雛人形を見に行く。夜、「相棒」を見て10時半に就寝。6時に起床。血圧(147:73,72)・体調・快調。チュン、チュン。

18金井 由嗣, 川染 三郎, 藤木 冨士子 and 15 others
コメント

久保和男 文屋先生おはようございます。主の平和。

村田 多鶴子 おはようございます~♪花粉の飛散が凄くて、クシャミ連発の朝です~(>_<)
そんな訳で、気になるのが、:その後、先生の鼻水はおさまって来ましたでしょうか?…です。
先生ご夫妻が、お守りとお支えの内に、よき時間をお過ごしになられますようにm(__)m

萩野 秀子 おはようございます。チラシ配り、整形外科、ステーションリーダーをします。良き日となりますようにお祈りします。

東山 富昭 こんにちは。今日も、よろしく、お願いします。

藤木 冨士子 こんばんは。


文屋 善明さんが写真2件を追加しました。
3月3日 6:29 ·
お目覚めの花。「今日は3月3日、桃の節句で雛祭り」「ちょっと、変わった雛人形にご挨拶」「モモでなくてスミマセン」「御内裏様が白い顔、お姫様が紫、ちょっと化粧が強すぎる感じ」。
文屋 善明さんの写真

22藤井 衞, 植村 光郎, 佐藤 静代 and 19 others


文屋 善明
3月3日 7:03 ·
2016 日々の聖句 03月03日(木)
わたしは勝利を告げ、大いなる救いをもたらすもの。(Isa.63:1)
一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得ることになったのです。(Rom.5:18)
私の黙想:
今日の聖句はよく分からない。これは問いに対する答えで、問いは、「エドムから来るのは誰か。ボツラから赤い衣をまとって来るのは。その装いは威光に輝き勢い余って身を倒しているのは」で、これが謎っぽい。エドムとはイスラエルの宿敵、ボツラとはエドムの町の一つ、そこから「赤い衣をまとった者」とは誰か。この「赤い衣」とは酒樽の中のぶどう酒の色(3節)らしいが、ここでは諸国民を踏み殺して染まった血の色(6節)、どうやらこの人は一人でイスラエルの宿敵たちを滅ぼしたお方らしい。わからないのは「その装いは威光に輝き勢い余って身を倒している」ということ。その装いが威光に輝いている」のはいいが、そんなところでひっくり返ってしまったらお笑いではないか。「勢い余って身を倒している」という言葉はどこから来ているのだろうか。口語訳にはそんな言葉はない。フランシスコ会訳では「胸を張って来る」と堂々とした凱旋将軍のようである。新改訳は「大いなる力を持って」、文語訳は「大いなる能力をもて厳めしく歩み来たる」、でどこにも「勢い余って身を倒している」なんていう言葉はない。不謹慎にも、私はイエスがエルサレム入城の際に、小さなロバがイエスの体重にたえかねて、転んだというような滑稽な情景を想像する。
米田豊先生はこの場面を以下のように描いている。「血に染まった(緋衣)をまとって来る者とはそこに(敵地)復仇して凱旋者のごとく来る者で、彼は敵に対しては審判者であるが、神の民に対しては「大いに救いを施す我」であると自己を示している」と言い、「主が終わりにすべての敵を滅ぼして選民を救い給う預言である」という。

16川染 三郎, 佐藤 静代, 望月 克仁 and 13 others
コメント

門叶 国泰 動詞「ツァアー」の原意が、「stoop,bend,incline」。BDBはイザヤ63:1を「bending(forward or backward;from abundant strength)」とした上で、「but read probably ツァエード(marching)」と注をつけています。新共同訳は前者の意味、フランシスコ会他は後者の意味に解したのでしょうね。例によって、新共同訳が他の訳を全部知った上での「独自性」を発揮したのでしょう。

文屋 善明 ははは、例によって。文章の流れを無視して。

門叶 国泰 一つの訳で満足せず、深く考えよ、との訳者の心遣いでしょう。感謝、感謝!

文屋 善明 門叶さんは偉いなぁ。私などはまだ修行が足りません。


文屋 善明
3月3日 8:18 ·
今日の名言:@Indianteachings
小鳥の道ではなく、イーグルの道を求めよ。(アメリカン・ネイティブ、オマハ族)
<一言>結局、現在のアメリカはチョコマカした西欧文化に犯され、小鳥の道を進んでいる。本来のアメリカはもっと大きくて強いイーグルの道であった筈だ。

14小貫 ツマ, 望月 克仁, 久保和男 and 11 others
コメント

文屋 知明 昔、海老江で「イーグル隊」を作りましたね~!

文屋 善明 そうです。教会内のボーイスカウトとして「イーグリット」(子供のイーグル)を作ってキャンプをしたりしましたね。

文屋 知明 楽しかったです!

文屋 善明 楽しかったね。


文屋 善明
3月3日 8:38 ·
今日の「折々のことば」。「いいや」という言葉は面白い。「いい」で肯定を含みながら、「や」で決定的に否定する。相手の主張を認めた上で、自分の主張としてノーという。神学の世界ではカール・バルトの「ナイン!」が有名だ。直接の相手としてはブルンナーの神学に対する「ナイン(違う)」ではあるが、その射程距離はシュライエルマッヘル以降の近代主義(モダニズム)神学全体に及び、現代神学への糸口を切り開いた。
文屋 善明さんの写真

35久保和男, 森田 美芽, Nozomi Moriwake and 32 others
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コメント

鈴木 規夫 でも、この「いい…や」という言葉遣いはいわゆる関西弁(といっても広いでしょうけれど)なのでしょうか?

文屋 善明 私は標準語だと思っています。イントネーションによっては「まぁいいや」で渋々の肯定にになります。ここではそれではなく、「いいや」と一語づつ明瞭に言うことによって否定の意味になります。「いいや、違う」。関西弁では「違う違う(ちゃうちゃう)」の反射的な軽い否定(さんまがよく使う)に対して「いいや違う」と言うときには重い否定となる。さすが、大阪の哲学者・鷲田先生はそこのところを突いておられる。

鈴木 規夫 なるほど。ラー イラーハ イッラッ=ラーフ というカリマでは、「神はいない」とまず否定し、「アッラーのほかに」と繋がるのですが、この「ラー(否)」ほどに信念(神の次元と人間の次元との絶対的乖離)に裏打ちされるものはないのではと常々考えていることもあって、ちょっと気になったのであります。


文屋 善明
3月3日 13:22 ·
イミタチオ・クリスチ(51):
時おり矛盾のために苦しみ、正しいことをしながらも誤解されるのは、わたしたちにとってよいことである。そのような卑下は、わたしたちが虚栄に陥るのを防ぐであろう。
岩波訳(後半):そうしたことはしばしば私たちを謙遜ならしむるのに役立ち、空しい誉れから私たちを守ってくれる。

21北村 良輔, 松井 守, 藤井 衞 and 18 others


文屋 善明
3月3日 13:56 ·
「昨日のツイート 03/01」をブログにアップしました。

BLOG.GOO.NE.JP

6松井 守, 久保和男, 川染 三郎 and 3 others


文屋 善明さんが写真19件を追加しました。
3月3日 17:39 ·
いろいろな猫たち。作者・其田正治さんがかぶっているのは猫のかぶり物で、其田さんは「猫かぶり」と洒落ています。本来は「金物の芸術家」です。猫シリーズは「嘉穂劇場のための特別企画」だとのことです。
文屋 善明さんの写真

21文屋 知明, 大野 泰男, 真塩 ナナ子 and 18 others


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