ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

読書記録:竹下節子『無神論』

2017-11-03 10:03:23 | 雑文
竹下節子『無神論〜〜2千年の混沌と相克を超えて〜〜』(中央公論新社)

ルネッサンスの無神論
半教権主義、無関心は、汎神論的自然神をを信奉するストア派的なもの、占星術や運命の女神などの古代の神々に頼るもの、キリスト教のパロディ、裏キリスト教とでもいうべき悪魔崇拝等々、
「ルネッサンスの時代はこれらが渾然一体となっていたところに、カトリックやプロテスタントというキリスト教の教条主義同士の熾烈な戦いがあったわけだ」。59頁

ジャン・メリエという名の田舎司祭の死とその遺言 103頁
370枚の紙に羽根ペンでびっしりと書いた手稿を三部(印刷すると3500頁分)を教区の裁判所の文書課に委託。
「私は人々の過ち、悪習、虚栄、狂乱、悪意の数々を見て来た。私はそれらを憎み、嫌悪するが、生きている間は言う勇気がなかったので、せめて死ぬ前に言っておくことにする。それを知ってもらうためにこの記録を残すものだ。この真実の証言がこれを読む者にとって役立ちように。」105頁

竹下節子『無神論〜〜2千年の混沌と相克を超えて〜〜』(中央公論新社)やっと読了。すごく刺激的な研究だ。ほとんど劇薬に近いが実はキリスト教に病んでいる人への特効薬だ。「キリスト教に病んでいる人」と思わず言ってしまったが、それを自覚している人も自覚していない人も、何らかの形でキリスト教に属している人も、キリスト教にまったく関わったことのない人も、大なり小なりこの病原菌を内に持っている。それが近代西欧思想である。この書はその病状を丁寧に分析し説明してくれる。読んだ結果、病状が改善される人もいるだろうし、もっと激しくなる人もいるであろう。この書はまさに「ベルゼブル論争」のようなものである。
著者は表紙裏でジャン・ロスタンの次の言葉を掲載している。「神を信じる人々は、信じない我々が神の不在について考えるのと同じぐらいに熱心に神のことを考えているのだろうか?」(『ある生物学者の随想』1954年)。
多分、私はこの本をもう一度読み直さねばならないで

最新の画像もっと見る