Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、180

2017-05-17 16:56:26 | 日記

 お医者様は廊下を走る蛍さんの父の騒動に、何事かと蛍さんの病室に駆けつけたのでした。

そして、蛍さんの病室出口直ぐの廊下で、激怒する父とそれに対する伯母の答弁を具に聞いてしまったのでした。

そこで、伯母が病室から出て来た出会い頭に、廊下で医師と彼女は鉢合わせする事になりました。

 医師はきつい顔をしていました。伯母も医師に対して酷く体裁が悪く、きゅっとしかめっ面をしてしまいました。

そんな彼女に、医師はもう引き取ってくださいと告げたのでした。

「私が病院を管理している時に、この様な非人道的な事が行われるなんて、私から警察に言っておきます。」

そうお医者様が怖い顔で言うと、伯母は青ざめて逃げるように病院から姿を消してしまったのでした。

 お医者様にしても、蛍さんはてっきり伯母の1撃で息を引き取ったのだと思っていました。

蛍さんの伯母が去った後、彼がそっと病室を覗くと、

蛍さんは目を開けた儘、身じろぎもせずに寝台の上で仰向けに横たわっていました。

その彼女に父がぼんやりと話しかけています。医師は父が気の毒で、暫くは声をかけられずに入り口付近で姿を隠していました。

 彼は頃合いを見て、蛍さんの父が落ち着いた頃に病室に姿を現したのですが、それでも如何父を励ましたものかと思うと、直ぐには彼に近付けないでいました。

それが、蛍さんに意識があるという事で、医師は彼女の傍により、診察をして額のたん瘤を確認すると、ほっとして安堵の溜息を吐くという次第になったのでした。

 「もうこれで一安心です。後は患部を冷やしてゆっくり休ませてあげてください。」

そう医師は言うと、父と蛍さんを残し、にこやかに足取りも軽く病室を出て行きました。

この頃には蛍さんの祖父も病室の入り口に姿を見せていましたので、彼はすれ違いざまに祖父に

「もう大丈夫ですよ、命に別状はありませんからね。幾らお孫さんと言っても、親戚筋を使って早めに手を下してよいという事はありませんよ。それは法に触れる事ですからね。」

ややきつい目をして祖父を睨むと、こう彼を諫めて凛とした態度でその場から立ち去るのでした。

彼にはまだこれから、看護婦さん達に指示を出すという仕事が待っていました。

 入口に佇んだ蛍さんの祖父は、後悔の念をその土気色の顔に浮かべていました。

そんな蛍さんの祖父と父は、暫く言葉もなく同じ部屋に身動きも出来ずにいました。最初に口火を切ったのは祖父でした。

「ホーちゃん大丈夫なんだって。」

ああと頷く蛍さんの父に、良かったなと祖父が言葉少なく言うと、

「全然良くないよ、蛍の事は良かったけどね。」

父は矛盾したような言葉を発しました。どういうことかと尋ねる祖父に、蛍さんの父は言いました。

「何で親がいるのに、その親に一言の相談も無しにその親の子を…」

そこまで言って、父は感極まったのか、うっと、嗚咽すると、涙をボロボロ流して男泣きに泣いてしまうのでした。


ダリアの花、179

2017-05-17 16:38:21 | 日記

 はて、と父は今迄を思い出してみます。

先生が廊下から歩み去って、その後看護婦さん達が病室に水枕や氷嚢の器具を持ってやって来て、

可哀そうにね、まだお若いのに、明日までもたないだなんて、ご家族が御気の毒で…。等々、

噂話の用に囁き交わしていたので、この看護婦さん達のやり取りに父は気が動転してしまいました。

これは、すわ、蛍の一大事。蛍の命運も遂にここに極まったかと、がっくりと肩を落として潮垂れてしまったのでした。

 その後の経過は父が転がるようにして祖父に事の次第を告げに行き、驚いた祖父が急いで家に電話して、

家の祖母が泡を食ったように各伯母達に連絡をして、取る物も取り合えず母が病院へ急行し、駆けつける途中で行方不明になり、

急を聞いた伯母達が心配して病院へ駆けつけて彼女の介護をし、長兄の伯母と祖父が何やら話をして、

気を利かせた伯母が次兄の伯母と相談して、次兄の伯母が苦しむ蛍さんに耐え切れず安楽死を図ったという経過になるのでした。

 ハーっと、父は溜息を吐きました。そして

「それでは誰が明日まで持たない患者何ですか?、まだお若いそうですが。」

とお医者様に尋ねました。

「明日まで持たない。若い。ああ、その方なら、さっき亡くなられましたよ、2つほど向こうの病室です。」

お子さんがまだ幼いのにお気の毒な事です。そう先生は言って顔を曇らせるのでした。

 家は外科と内科をしているので、その方は癌だったんですが、診察に来られた時にはもう手遅れで、

若いだけに瞬く間に弱ってしまって、もう手の施しようがありませんでした。ご家族もみな悲しんでおられました。

「もう皆さんお家に引き取られたでしょう、さっき車が来ていましたから。」

そう先生は言って、視線を落とすと、本当にお気の毒な事だと言って立ち上がりました。

そして蛍さんの父に、

「このお子さんはまだこの世に縁がありますよ、全然心配いりません。」

そう言って父を安心させるように微笑むのでした。

「たん瘤になってよかったですね。」

 その後先生は床に視線を落とすと、静かに語りだしました。

「しかし、あれはいけませんねえ。」

「私もああ言う事には反対です。さっき廊下で聞いていたんです。」

 

 


ダリアの花、178

2017-05-17 16:06:28 | 日記

 「大丈夫ですか?」

直ぐに病室の戸口にお医者様が現れました。

蛍さんの父は驚いたように声の方を見ると、ああと、呼んでは来たんだなと呟きました。

 お医者様が寝台の傍に来るのを躊躇している様子に、蛍さんの父はお医者様を促しました。

「ああ、どうぞ、見てやってください、まだ意識はあるんですが、額が酷く腫れて、腫れた方の目がよく見えないようなんです。」

その言葉に、お医者様はハッとした感じで、

「意識はあるんですね。」

それは良かったと急いで蛍さんの所へやって来ました。

 上を見上げている蛍さんの瞳を上から覗き込んで、口から漏れる息に耳を傾けて、脈なども取っていました。

「驚きましたね、何処も異常はなさそうです。」

その言葉に父も驚いて、

「えっ、それでは蛍は助かるんですか?」

と素っ頓狂な声を出しました。

「当たり前ですよ、たん瘤が出来ていますから。」

そう答えた先生は、誰がこの子が亡くなると言ったんですか?と父に尋ねました。

「え、先生じゃないですか。」

父は非常に驚いて、真顔で先生にそう言うと、先生も思いがけず吃驚して父と顔を見合わせました。

「私が?」

と合点がいかない様子です。不思議そうにそれは何時の事とですか?と先生が尋ねると、父は

「さっき、病室の廊下で話をした時に、たん瘤が出来ていないから危ないかもしれない。」

と言われたじゃないですかと、父が言うと、お医者様は、

「それだけでしょう。それで如何して亡くなるという事になったんですか?」

と父に問い直しました。