Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、174

2017-05-14 17:28:37 | 日記

 彼は電話の傍に置いてあった電話帳を素早く手に取ると、頁を繰り、自分の持っている紙に書かれた番号と電話帳を照らし合わせました。

自分の懐から手帳を取り出し、そこに挟んであった鉛筆を取り出すと、番号の紙に住所を書き留め、息子の所迄戻って来ました。

 彼はやや思い惑うような、後悔するような、しょんぼりした表情を浮かべていましたが、息子にこう声をかけました。

「おい、もう遅いかもしれないけれど、お前子供の病室に急いで戻れ、如何なっているか見て来るんだ。」

そう言って蛍さんの祖父が階段の登り口に目をやると、丁度長兄の嫁がポーンと階段の3、4段目から身を躍らせて飛び降りる所でした。

彼女は軽やかに床に降り立つと、にこやかに彼らの方に顔を向けました。その表情は清々しく明るい微笑みを浮かべていました。まるで純真な乙女のようです。

 「あら、お義父さん。」

と何やら笑顔で義父に会釈すると、その後彼ら親子の事は彼女の意識から外れ、

彼女は躊躇すること無くその儘軽やかに玄関へ向かい、

まるで涼風に乗った白い衣のようにすいっと戸口へかき消すように消えて行ってしまいました。

兄嫁はそのまま帰宅してしまい、2度とここへは現れる事がありませんでした。

 その兄嫁の凛としておしゃまな様子に、蛍さんの父が、

「あのお淑やかな姉さんに、あんな闊達な面があったとは、」

と感嘆すると、祖父はにこやかに

「あれであの姉さんも、なかなか跳ねこんまなんだよ。」

と、お前知らなかっただろうと満足気に息子に話しかけるのでした。

 「良家の子女というのはああいうものなんだね、あれもあの姉さんを気に入っている。」

良い子には良い嫁が付くものだ、あれもあの姉さんのおかげで今後は出世するな。と、目を細めると感慨深く呟くのでした。

 そして、1つ嘆息すると、祖父は後ろの息子に振り返り、

「今のあの人の様子で、お前自分の子に何が起こっているか判じられないかね、お前もまだまだ青いからなぁ。」

そう言うと、息子の方は、まさかと胸に思い当たるものが湧いてきます。

「まさか、あの人達が蛍に何かするっていうのかい。」

と彼は父に尋ねるのでした。

 「百聞は一見に如かず、私に尋ねるより行って児分の目で見て来るといい。何が起きたか。

間に合えば何が起きているかを見る事もできるだろう。今の場合、間に合った方がいいのか、間に合わない方がいいのか。」

祖父はそんな不思議な事を息子に言って、

「お前の人生の向学の為にも見ておいで。間に合えば本当はいいんだろうがね。」

どうせ助からないんだから、遅くても早くても同じ事だがね、皆苦しみを長引かせたくないと思っているんだよ。

お前だってそうだろう。あの子は可愛いからね、そう思う人間がまだもう1人残っているんだろう。

 そう父に言われて、蛍と叫ぶと、彼女の父は反射的に跳び出しました。

「駄目でも長く持ってもらいたいさ。」

彼の表情は真剣そのもの、眉根に皺を寄せて自分の娘の病室のある2階へと階段を駆け上がり、一目散に娘の病室へと向かうのでした。

 

 

 

 


ダリアの花、173

2017-05-14 15:34:04 | 日記

 「義姉さん。」

廊下に出て来てそう言う次兄の嫁に、兄嫁は言うのでした。

「如何せ亡くなるのなら、何も長く持たせる事も無いでしょう。」

さっさと始末して、あなたも早目に家に帰ればいいんですよ。自分の子供がいるんだから。

実の母親だって面倒を見ていないんだから。そんなことを兄嫁に言われて、

「そんな事を言って如何しろと言うんです。」

何を如何しろというのかと聞く義妹に、廊下で2人の女性はがひそひそ話しを続けるのでした。

 病院の2階の廊下で、兄嫁達がこんな風に相談をしている頃、

蛍さんの父は彼の父を探し、漸く1階の廊下でその姿を見かけ、彼に声を掛けていました。

 「父さん、私に何か用だって?」

そう聞く息子に、父は何だって?と怪訝な顔をしましたが、

誰がそんな事を言ったのかと聞いて、彼から長兄の嫁の名を聞くと、ははあんと何事か察するのでした。

そして、不思議に微笑みました。

「まあいい、本当にお前を探しに行くところだった。」

如何せ向こうは駄目なのだから、今更急いで見に行く事も無いだろう、彼の父は呟くと、

「向こうさんの電話番号を渡しなさい。」

と、息子に自分の手を差し出すのでした。

 ほら、早くと、手招きする父に対して、息子は何故か胸ポケットを抑え、自分のメモ帳を出し渋ります。

そんな息子の様子に、早くせんかと父が苛立つと、

「父ちゃん、子供の物を取り上げるなんて、親らしくないぞ。」

と息子は文句を言うのでした。

 祖父は呆れて、何を言っている、お前こそ子供みたいにと、

「渡せと言っているんじゃない、見せろと言っているんだ、ほら早く。」

と再び手招きを繰り返します。そして全然言う事を聞かないおっとり刀の息子に盛んに焦れています。

「そんなこと言って、父ちゃん俺からこの手帳を巻き上げる気なんだろう。」

そう蛍さんの父が言ってにやにや笑うと、流石に堪忍袋の緒が切れた祖父は、

ゴン!

と1発、大きなお目玉を食らわせるのでした。

 冗談だったのにと、頭を抱ええた息子から電話番号の書かれた手帳を受け取ると、祖父はその番号に目を走らせて、

直ぐにその頁を彼の目の前でびりっと破り、あーっと言う息子に、あとで紙は返すからとだけ言うと、息子の手帳はその場に投げ捨て、

「おとっちゃん、何処へ?」

と問いかける息子を全く無視して、公衆電話のあるところへ一直線にひた走るのでした。


ダリアの花、172

2017-05-14 15:32:14 | 日記

 「義姉(ねえ)さん、お義父(とう)さんが呼んでいたって本当?」

「本当よ。なぁぜ?」

義姉さんの事だから、人払いしたのかと思って、2人で何か話があるのかと思ったんですよと、

次兄の伯母は微笑みながら兄嫁に、寝ている蛍さんの方を目で差すのでした。

「明日の朝までは持たないそうですよ。」

ああ、そうだってねと、長兄の伯母も蛍さんの方を見遣るのでした。

 「こうなってみると可哀そうな子やわね。」

長兄の伯母はそう言うと、しんみりと目頭を押さえます。

「あら義姉さん、泣いているんですか?私はてっきり…」

そう次兄の伯母が言うと、しぃっと、長兄の伯母は彼女の言葉を打ち消して、

「壁に耳あり障子に目ありですよ。」

と言うのでした。

「頂く物は釜戸の元の灰のまでも、というのはあなたも私も同じ事。」

変わりありませんよと、長兄の嫁は次兄の嫁ににんまり微笑んで見せました。

そして、寝込んでいる蛍さんに晴れやかで明るい一瞥をくれるのでした。

 流石はお義姉さん、次兄の嫁もそんな義姉ににんまりと明るく微笑むと、2人で幸せそうに肩を寄せ合うのでした。

『同じ穴の狢ね。』そんな声が聞こえて来たような気がして、蛍さんは目を開けました。

目の前で伯母さん達が仲良く、睦まじく話し合っています。蛍さんは物珍しい光景を見るような気がしました。

蛍さんは、この2人がこのように笑顔で仲睦まじく本当の姉妹のように睦合っている姿を、終ぞ今迄見た事が無かったのでした。

 「伯母さん達、仲がいいんだねぇ。」

「仲良しは良い事だって言うから、伯母さん達の仲が良くてホーちゃんも嬉しいな。」

そう蛍さんはにこやかに伯母さん達に声を掛けました。

 途端に、長兄の伯母がきっと目を吊り上げたと思うと、蛍さんにはその身が怒りの炎に揺らめいた気がしました。

彼女は傍らの次兄の伯母からさっとばかりに身を離し、彼女との間にやや間をおくと、

「私はあなたとなんか仲良くないですからね。」

そう言って、今度は蛍さんに優しく微笑みかけました。

「ホーちゃん、いい子ね、ゆっくり休んで元気になってね、伯母さんはこれで御暇しますよ。」

にこやかにそう言うと、いい子いい子を繰り返し、病室から出て行ってしまいました。

 「まぁ。」

と、この意表を突いた兄嫁の行動に、一瞬次兄の伯母はたじたじとなり、バツの悪いような顔をして蛍さんから視線を逸らしていましたが、

蛍さんには一言も何も告げず、義姉の後を追うようにして廊下へと姿を消してしまいました。