Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

アリアの花、189

2017-05-25 23:07:52 | 日記

 「お父さんだって不味そうだったじゃないの。」

蛍さんが抗議を込めた目で父を見詰めると、父は目の下を赤くして澄まして黙りこくっていましたが、

とうとう根負けしたように笑顔になると、そうだなぁ、確かにこの飯は不味いなぁ。そう言うと、布団の上に置かれた薬袋に目を止めました。

彼は袋に書かれた服薬回数や、服薬時などを読み、中の薬紙を数え始めました。

 「やはり1個足りないか。」

そう言うと父は廊下に出て、丁度来合わせた看護婦さんに、

「薬紙が1つ足りないようです。家の家内が貰って来たんでしょうか?」

そんな事を尋ねていました。

看護婦さんは薬袋を受け取り、日付や、服薬回数、中の薬の数を数えて、確かに1個足りませんねと不思議そうでした。

「昼食が済んで、次の食事までの間に飲むんですから、まだ飲まれていないんでしょう。おかしいですね。」

薬の担当は殆ど間違いをした事が無い人なんですけど、と言うと

「申し訳ありません、下で確認してからお持ちしますね。」

そう言って階下へ降りて行きました。

 「食間の薬を食事に混ぜたのか。」

あれのやりそうな事だと思うと、注意しておかなければいけないと父は思うのでした。

彼は妻が食間の服薬と書かれているのを、食事の間に薬を混ぜて飲ませる事なのだ、と勘違いしているのだと思ったのです。

 暫くして蛍さんの母は病室に戻ってきました。

蛍さんの父は自分の妻に向かって聞いてみました。

「お前、食間の薬はいつ飲むか知っているのか?」

「知っているわよ、当たり前でしょう。」

幾つだと思っているんです。私だって人生経験は長いんですからね、そう言うと、夫からそっぽを向いてプンと澄まして見せました。

そこで夫は、

「お前、蛍の食間の薬を食事に混ぜたんじゃないのか。」

と笑いを押し殺して落ちついた声で尋ねてみました。


ダリアの花、188

2017-05-25 22:35:54 | 日記

 「お昼は食べたのかい?」

父の声に蛍さんが振り向くと、いつの間にか病室に父が帰って来ていました。

母はいいえと、この子はお腹が空かないと駄々を捏ねてるんですと父に訴えると、

「お前がちゃんとやらないからだろう。」

そう言うと、自分が代わるからと、お前はもう弟に帰ってもらうよう言ったらどうだと、懐から白い封筒を取り出しました。

母はそれを見てにっこりしました。

 「父さんからだ、お前からという事でお小遣いとして渡してやると言い。」

そう言って母に白い封筒を手渡すのでした。母は嬉しそうに廊下に走り出て行きました。叔父を探しに行ったのでしょう。

 「駄目だよちゃんと食べないと、良くならないぞ。」

父はめっという感じで蛍さんを目で叱ると、箸を持って食事をさせようとします。蛍さんも父にそう言われたので口を開けて食べてみますが、

『不味い。』

何だか食事が不味いのです。最初は美味しいと思って食べていたのですが、途中から何だか不味くて食が進まなくなったのでした。

 自分では、世話慣れない母に食べさせてもらって気が滅入ったせいだと思っていましたが、こうやって何時もの様に父に食べさせてもらっても、

どうもしっくりと来ないのは、食事が酷く不味い物で、食べたくないからだという事が分かって来ました。

 「美味しくない。」

そう父に訴えると、病院の食事という物はそう言う物だと父は事も無げに言います。

「でも、最初は美味しかったんだもの。お母さんに食べさせてもらっている途中から不味くなったんだもの。」

そう蛍さんは言って、そっちのお味噌汁が欲しいと器を自分の手に受け取ると、ごくりと飲んでみました。

「薬臭い。」

これは薬の味がしました。彼女にもよく分かりました、味噌汁の味ではありません。

 父は蛍さんの言葉に、味噌汁の臭いを嗅いでみます。そしてちょっと口に汁を含んで、嫌な顔をしました。

そしてご飯の方をくんくんと嗅いでみて、やはり一口くちに含んでみました。

父はすぐにご飯を出して、ぺっとハンカチで口を拭いました。

 「いや、旨いじゃないか。」

彼は頬を赤くして澄ましてそう言うと、蛍さんにもう少し食べたらどうだ、と箸に乗せたご飯を差し出します。