はて、と父は今迄を思い出してみます。
先生が廊下から歩み去って、その後看護婦さん達が病室に水枕や氷嚢の器具を持ってやって来て、
可哀そうにね、まだお若いのに、明日までもたないだなんて、ご家族が御気の毒で…。等々、
噂話の用に囁き交わしていたので、この看護婦さん達のやり取りに父は気が動転してしまいました。
これは、すわ、蛍の一大事。蛍の命運も遂にここに極まったかと、がっくりと肩を落として潮垂れてしまったのでした。
その後の経過は父が転がるようにして祖父に事の次第を告げに行き、驚いた祖父が急いで家に電話して、
家の祖母が泡を食ったように各伯母達に連絡をして、取る物も取り合えず母が病院へ急行し、駆けつける途中で行方不明になり、
急を聞いた伯母達が心配して病院へ駆けつけて彼女の介護をし、長兄の伯母と祖父が何やら話をして、
気を利かせた伯母が次兄の伯母と相談して、次兄の伯母が苦しむ蛍さんに耐え切れず安楽死を図ったという経過になるのでした。
ハーっと、父は溜息を吐きました。そして
「それでは誰が明日まで持たない患者何ですか?、まだお若いそうですが。」
とお医者様に尋ねました。
「明日まで持たない。若い。ああ、その方なら、さっき亡くなられましたよ、2つほど向こうの病室です。」
お子さんがまだ幼いのにお気の毒な事です。そう先生は言って顔を曇らせるのでした。
家は外科と内科をしているので、その方は癌だったんですが、診察に来られた時にはもう手遅れで、
若いだけに瞬く間に弱ってしまって、もう手の施しようがありませんでした。ご家族もみな悲しんでおられました。
「もう皆さんお家に引き取られたでしょう、さっき車が来ていましたから。」
そう先生は言って、視線を落とすと、本当にお気の毒な事だと言って立ち上がりました。
そして蛍さんの父に、
「このお子さんはまだこの世に縁がありますよ、全然心配いりません。」
そう言って父を安心させるように微笑むのでした。
「たん瘤になってよかったですね。」
その後先生は床に視線を落とすと、静かに語りだしました。
「しかし、あれはいけませんねえ。」
「私もああ言う事には反対です。さっき廊下で聞いていたんです。」
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