Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、166

2017-05-07 20:44:02 | 日記

 「そうなんですか?家だけだと思っていましたなぁ。」

父が言うと、祖父はそれ見た事かというように、何処の家庭でも、年長者の言う事は皆同じだと言って息子をせせら笑うのでした。

 「大体、向こうの年長者もこの縁談には乗り気じゃないよ。」

私にはっきりそう言っていた。そう祖父が自信ありげに澄まして言うと、父はあんぐりと口を開けて、さも飽きれたように、

「じゃあ、何で先方は電話番号を私に教えてくれたんです。変でしょう。おかしいなぁ。あなたの言う事は時折妙だ。」

そう丁寧な口調で言うと、

「おとっちゃんの言う事は時々変だ。辻褄が合わない、ふーん。」

といかにも不満げに文句を言うのでした。

 これに対して、明らかに祖父の怒ったような話の内容は続き、蛍さんは、祖父は本当に怒っているのだと確信するのでした。

事ここに至るまで、母や祖母の声がしないのは、多分、男性陣と女性陣という具合に分乗してタクシーに乗ったのでしょう。

彼女は、祖母がいないのなら尚更自分がこの2人の喧嘩を止める役にならないと、と焦るのでした。

 今迄も、蛍さんは自分の言葉が出ないのを不思議に思っていたのですが、

自分では、寝返りを打ったり身を動かす事は少し出来ているような気がしていたので、

自分が眠っていないで起きているという事を、バタバタする事で父が気付いてくれる様願っていました。

 蛍さんは、自分では盛んに体を動かしていると思っていたのです。お父さんと、声に出して言っているとも思っていたのです。

しかし如何いう訳か父は返事をしてくれず、やはり自分が起きているという事に全く気付いてくれずにいるのでした。

 うんうんと、バタバタと、何とか体を動かす努力をしている内に、蛍さんの口からようやくお父さんという声が漏れました。

声に出てみると、何だかそれは籠った木霊のように耳の中に響き、言葉が口から外に出て行くには、未だ相当な労力と努力が必要だという事を彼女に悟らせました。

『すると今まで喋っていたと思っていた声は、口から外に出て行っていなかったのだ。』という事が、この時初めて蛍さんには分かりました。

 「お父さん。」

「おい、今お父さんと言ったんじゃないか?」

そう祖父が気付いて言うと、父は蛍さんを揺すって、蛍、目を覚ましたのか?と聞いて来ます。

「お父さん。」

耳の中に籠ったような感じが残っていましたが、漸く声が出たのだと蛍さんには分かりました。

「なんだ、何も言ってないよ父さん。」

そう父は言って、さも馬鹿にしたように祖父の方を見やりました。

「しかし、わしには聞こえたよ。お父さんと言っていたよ。」

祖父は何だか深刻な顔をして宙を見据えるようにして言うと、 ホーちゃん、起きているんだろうと蛍さんに問いかけて来ます。

 蛍さんはうんと言うと、お父さんが全然気が付いてくれないんだと言い、

さっきからバタバタ動いているのに、起きている事にも気付いてくれないのだと話します。

それは声にならない声でしたが、祖父は気付いてくれたようでした。

 「運転手さん、直ぐに近くの病院に行ってくれ。」

祖父が決断したように確りとした口調で支持すると、運転手さんも、今までの父息子の会話で事情を察していたのでしょう、

「丁度すぐ近くに良いお医者様が有りますよ。小さい病院だけど先生の腕はいいから、

大旦那さん、安心してください、なぁにまだ間に合いますよ。」

そう言うと、彼は車のスピードを上げ、猛スピードで病院めがけてまっしぐらに車を飛ばすのでした。 


ダリアの花、165

2017-05-07 18:14:22 | 日記

 蛍さんが目を覚ますと、彼女はタクシーの中にいました。

「だから目を離すなと言ってあっただろう。」

そう祖父の不機嫌な声がして、

「そうは言っても、向こうさんから2人だけにしてやってくれと言われたから。」

と、困ったように小さな声で言い訳をする父の声が聞こえて来ました。 

 蛍さんは、自分は寝ていたんだなと思い、昼寝していたんだと思いました。今目が覚めたからと起きようとましたが、

何だか何時になく声が思うように出ず、体もそう動かないので、暫くそのまま父に抱かれて祖父と父の話を聞いていました。

2人は運転手という第三者に遠慮して、普通の声で、声音も感情的になら無いようにして話していました。

揺れる雰囲気や車独特の臭いで、ここは自動車の中だと分かると、蛍さんは自分達は今タクシーに乗っているのだと気付きました。

 「何故断ってしまわなかったんだ。」

祖父の不機嫌な言葉は続き、そうだけど、向こうさんはいい家じゃないか、おとっちゃんはそう言うけれど、もう決まった事じゃないか等と、

蛍さんの父は盛んに彼の父親の言葉に反抗しているようでした。そして遂に、

「私の子なんだから、この件は私の意見を通してもらうから。」

と思い切ったように言うと、蛍さんの父は、その後の祖父の言葉には一切黙して語らず、何の返事も返さ無いのでした。

 『お父さんとお祖父ちゃんは如何やら喧嘩しているらしい。』そう蛍さんは思いました。

それでは2人の間に止めに入らなければと、彼女は起きて仲裁しようとしました。

盛んに手を動かして起き上がろうとし、お父さん駄目だよ、お祖父ちゃんと喧嘩してはと言おうとしました。

うんうんと声を出そうとするのですが、口から言葉は出て行かないのでした。

こんな蛍さんの所作も全く父には通じていないようでした。

この時、蛍さん自身は思うように動けず話せないので、何だか不思議な気がして来ました。

 祖父はもちろん、自分を抱いているらしい父でさえ、自分が起きて話したり動いたりしている事に如何して気付いてくれないのでしょう。

『お父さんたら、どうして知らないふりしているのかしら?』こんなに声を出したり動いたりしているのにと、蛍さんは妙な気がして来るのでした。

 その時、祖父が言いました。

「それで、あんたのお子さんは、その後如何なんだい、目でも覚ましたのかい。」

何だか騒がしいようにも見えるけど、と祖父が言うと、

「あんたのお子さんって?蛍の事かい。」

と、父は何だか嫌そうな言い方をしました。

 「おとっちゃも、子供みたいな事を言って、孫は孫、娘は娘だろう。親子で子供の取り合いなんかして、人様に恥ずかしいじゃないか。ねぇ。」

等と運転手さんを意識した物言いをすると、運転手さんも、

「まぁ、よくある事ですよ、若旦那さん。」

「大旦那さんも、皆お子さんが可愛いからあれこれと仰るんでね、何処のご家庭でも親と祖父母は揉めるんですなぁ。」

「それだけ皆さんご自分の家のお子さんが可愛いんですよ。」

と、訳知り顔で対応してくれます。