蛍さんが目を覚ますと、彼女はタクシーの中にいました。
「だから目を離すなと言ってあっただろう。」
そう祖父の不機嫌な声がして、
「そうは言っても、向こうさんから2人だけにしてやってくれと言われたから。」
と、困ったように小さな声で言い訳をする父の声が聞こえて来ました。
蛍さんは、自分は寝ていたんだなと思い、昼寝していたんだと思いました。今目が覚めたからと起きようとましたが、
何だか何時になく声が思うように出ず、体もそう動かないので、暫くそのまま父に抱かれて祖父と父の話を聞いていました。
2人は運転手という第三者に遠慮して、普通の声で、声音も感情的になら無いようにして話していました。
揺れる雰囲気や車独特の臭いで、ここは自動車の中だと分かると、蛍さんは自分達は今タクシーに乗っているのだと気付きました。
「何故断ってしまわなかったんだ。」
祖父の不機嫌な言葉は続き、そうだけど、向こうさんはいい家じゃないか、おとっちゃんはそう言うけれど、もう決まった事じゃないか等と、
蛍さんの父は盛んに彼の父親の言葉に反抗しているようでした。そして遂に、
「私の子なんだから、この件は私の意見を通してもらうから。」
と思い切ったように言うと、蛍さんの父は、その後の祖父の言葉には一切黙して語らず、何の返事も返さ無いのでした。
『お父さんとお祖父ちゃんは如何やら喧嘩しているらしい。』そう蛍さんは思いました。
それでは2人の間に止めに入らなければと、彼女は起きて仲裁しようとしました。
盛んに手を動かして起き上がろうとし、お父さん駄目だよ、お祖父ちゃんと喧嘩してはと言おうとしました。
うんうんと声を出そうとするのですが、口から言葉は出て行かないのでした。
こんな蛍さんの所作も全く父には通じていないようでした。
この時、蛍さん自身は思うように動けず話せないので、何だか不思議な気がして来ました。
祖父はもちろん、自分を抱いているらしい父でさえ、自分が起きて話したり動いたりしている事に如何して気付いてくれないのでしょう。
『お父さんたら、どうして知らないふりしているのかしら?』こんなに声を出したり動いたりしているのにと、蛍さんは妙な気がして来るのでした。
その時、祖父が言いました。
「それで、あんたのお子さんは、その後如何なんだい、目でも覚ましたのかい。」
何だか騒がしいようにも見えるけど、と祖父が言うと、
「あんたのお子さんって?蛍の事かい。」
と、父は何だか嫌そうな言い方をしました。
「おとっちゃも、子供みたいな事を言って、孫は孫、娘は娘だろう。親子で子供の取り合いなんかして、人様に恥ずかしいじゃないか。ねぇ。」
等と運転手さんを意識した物言いをすると、運転手さんも、
「まぁ、よくある事ですよ、若旦那さん。」
「大旦那さんも、皆お子さんが可愛いからあれこれと仰るんでね、何処のご家庭でも親と祖父母は揉めるんですなぁ。」
「それだけ皆さんご自分の家のお子さんが可愛いんですよ。」
と、訳知り顔で対応してくれます。
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