頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

最近のアイロニー

2024-06-10 23:54:33 | 日記
2000年代の中国訪日団にもこのレベルの事例は少なくなかったが、1990年代の日本の自治体によるフライブルク詣で(ごみ行政視察)も似たようなものだったと言われているようだ。十分な質の通訳は自己責任でご用意を。
結局のところワークシェアリング社会の実態は思った通りです。
完全にアレンジされた出張は好きではありませんでした。ゴルゴ13のごとく5分前に現地出現、というパターンでいつもお願いしておりました。ツアコンより地理学者の小生のほうが事情通だったりしたこともあり。

スわ、イな、タつの、という発音に今もカチンと来てしまう。移住したならもうやめなさい。

■■ 31P
8888
なるナンバープレートが

こんなインプットばかりの受験勉強では、日本の旧帝とか絶対受かりません。所詮高考はセンター試験みたいな宝くじ入試(85%以上取れるやつらの中での)。連続二回やれば合格者は総入れ替え。
上位0.03%選びたいなら宝くじみたいな入試では意味がない。
中国高考や北京大スゲーというのもこのレベルの間抜けな話。

小生がかつてカラオケの定番にしていた作品。断片的には日本語の歌詞をあてはめられそうである。
「还是当年那样浓」→「あのころあんなに濃かったか?」
時間的にはぴったり収まっている。
(故郷でいつも煮詰めていたバター茶の味について。)
《高原红》容中尔甲演唱,陈小奇作词作曲,2001年
煮了又煮的酥油茶
还是当年那样浓

2021年7月の「2030札幌冬季五輪をやめよう!招致に反対する全国・全世界共同アピール」は「まさに祝賀資本主義,このツケを民衆に押し付けられるのはまっぴらごめんです.No Olympics Anywhere オリンピックはどこにもいらない!私たちは北京冬季五輪にも札幌冬季五輪にも反対します」と記されている。
2030年札幌冬季五輪を推進する側の説明と反対する側の主張
Explanation of the Support for Hokkaido Sapporo 2030 Olympic and Paralympic Winter Games and Arguments against Them
和田 崇
Takashi Wada
E-journal GEO
Vol. 18(2) 380-399 2023

われわれマイスター(科学教育戦隊)は日頃市内の小中学校とかかわっているが、科技課の管轄ゆえに、教育委員会・教育局からは実態が見えていない。市役所の中では情報がスタックしているという現実が、今回某市議団との対話で明らかになってきた。

宮路秀作先生(代ゼミ)ありがとうございます。
---
『都市環境の研究―地理学は生きる力を学ぶこと—』
「そういった総力戦が、地理学の強みじゃないかと僕は思っています。合わせ技一本でいいんですよ。」
国立環境研究所・一ノ瀬俊明先生のお話。
必読。
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イベント続々

2024-06-10 01:03:03 | 日記
タダレンジャー先生(ホンモノのほう)登場。



これで会場行ったらどうなるか。



上智大学講義の日、誰かかわりに見てきてください。



お茶の水サンクレールにて。意外に安い。大学の恩師が皇帝陛下に拝謁した故事を店主に語る。彼の国は今や別世界に。



Ouzo and Meze.
ギリシャへ。
フロアスタッフのおねえさんはトルコ人だが、韓国で働いていたので韓国語が流ちょう。ドイツ留学時代にギリ飯屋・トル飯屋の常連だった思い出を韓国語で話す。



トー横相変わらず



土浦一高の先生に、私のソックリさんがいらっしゃるらしい。ニセモノ騒動ありそうなので先にお詫びいたします。
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ほたる祭り開幕に思う

2024-06-10 00:30:32 | 日記
この故郷を離れて42年以上が経過。同じ町内なのだが小学生~中学生にとっては、駅前通り一帯とこの谷はある意味別世界だった1970年代。町内に就職して、毎日自家用車で通勤している人にはなくなってしまっている感覚だろう。日常の通学でも親が車で送り迎えが当たり前という時代には、なかなか理解してもらえない部分もあるだろう。
1982年以降、それまでテレビの中でしか見たことのなかった世界が、小生の日常世界とかぶることになった。ゆえにいまさらそんな感覚はおかしいし、2016年以降はこの町に仕事として関わり、ここ数年は役場のアドバイザーや各種ステークホルダーとのコラボもやっているのだが、この谷の外の世界は小生にとっての故郷ではない感覚が今も残っている。
ほたる祭り(松尾峡のほうではなくて屋台通りの雰囲気)も好きではなかったのだろう。35年以上行くことはなかった。地縁のない移住新住民やいわゆる「関係人口」の皆さんには、この感覚はわかってもらえないのかもしれないが、小生の哲学というか、地域おこし周辺の活動へ参与観察する上での基本がここにある。
昨日の上智大学講義でも、地方創生と田園回帰を論じるにあたりこの思いに触れてみました。
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