
2022/09/15 東農の名刹(願興寺、瑞林寺、永保寺)を訪ねる。
春日井市にある『尾張文化の会』の会員16名と高蔵寺を8時頃出発して、小牧東ICより土岐JCT経由でMAG道路に入り可児御嵩ICで降り御嵩町の願興寺、美濃加茂市の瑞林寺、多治見市の永保寺を訪ね参拝して国道19号線より春日井市へと帰って来た。(No436)
✿ 大寺山願興寺
寺伝によると弘仁6年(815)に天台宗の開祖伝教大師(最澄)が東国布教のため、この地に錫を留められ、布施屋(ふせや)を造り、自生していた桜の枯木で薬師如来を彫刻安置し仏の教えを説き人々を救済したことが当寺の創建と云う。
本尊に薬師如来を安置し可児大寺「蟹薬師」とよばれ、古来より本尊薬師如来のご利益にすがる人々の信仰を集めている。
宝物殿には平安時代末期から鎌倉時代のものであり、ご本尊は秘仏の薬師如来坐像をはじめとして、両脇侍像、阿弥陀如来立像、阿弥陀如来坐像、釈迦如来坐像及び両脇侍像、四天王立像(「持国天」「増長天」「多聞天(毘沙門天)」「広目天」)、十二神将立像(いずれも国重文)など24体の仏像がある。
山門
宝物殿
✿ 瑞林寺
当寺は永正元年(1504)に梧渓宗頓(ごけいそうとん)の法嗣仁済宗恕(ほうしじんざいそうじょ)が梧渓を開山として創建した。
仁済がこの地方特産の「蜂屋柿」を室町幕府10代将軍足利義稙(よしたね)に献上し、寺領10石と「柿寺」の称号を与えられた。
本尊は聖観音坐像(県文化)室町時代の作で、像に内刳りがあり胎内仏をおさめているため、別名「ハラゴモリ仏」とも呼ばれている。
また、像高が約3mの丈六大仏は寄木造りの弥勒仏坐像(県文化)があり、通称「蜂屋大仏」の名で親しまれている。
お寺前の旧道
石標と参道
山門
本堂
大仏殿としらすの庭
✿ ヤマザキマザック工作機械博物館
機械をつくるための機械、工作機械に特化した世界的にもめずらしい歴史的な工作機械の「動態展示」する博物館です。
博物館の建物は1階ピラミット型の受付でB2は展示場、B1は展示場と工場の構成です。
「冷房、暖房に費やすエネルギー」と「CO₂の排出量」を大幅に削減するために地下11mの深さに有り、その周囲に全長数百メートルにおよぶ風洞で、外気をこの風洞に通して、「夏は冷やし」、「冬は温めて」から館内に取り込んでいるそうです
一階に入口(グリン色の芝の下が展示場)
展示場
展示物に何故か本物のD51、T型フォード、ヘリコプタ―、航空機がある。
T 型フォード
✿ 虎渓山永保寺
正和2年(1313)夢窓国師は美濃国守護土岐頼貞(よりさだ)の招きを受け、土岐川のほとりの深山幽谷(しんざんゆうこく)の美しさに心をひらかれ庵を建てた。これが永保寺の草創で、中国の虎渓に似ていることから「虎渓山」と号した。元翁本元(げんのうほんげん)が後醍醐天皇の勅をうけて開山した。
山門と石標
華蔵庵(方丈)前の大銀杏
◆ 観音堂(国宝)水月場
正和3年(1314)夢窓国師が40歳のときに建立した。鎌倉末期の代表作で、唐様式と和様式の手法を折衷させた独特の建築物である。堂内には岩窟式厨子(がんくつしきずし)に聖観音菩薩坐像(県文化)が本尊として祀られている。
霊庇廟と観音堂
観音堂
◆ 開山堂(国宝)僊壺堂
室町時代の唐様式建築である。前方の「礼拝堂」、後方の「祠堂」とこれらをつなぐ「相の間」が複合され一堂を構成している。祠堂の中央壇上右には夢窓国師坐像(県文化)、左に仏徳禅師坐像の木像を安置し、この背後には宝筐印塔が安置され仏徳禅師のご遺骨が納められている。
開山堂
<2018年3月のご開帳時の記録より>
御開帳の観音堂、開山堂の堂内部です。
無際橋
開けた観音堂
岩窟式厨子
聖観音菩薩坐像(像高62.5cm)
向かって左に「仏徳禅師坐像」と右に「夢窓国師坐像」
元翁本元坐像
複雑な天井
以上
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