子供の頃から、森を探検するのが好きだった。
夏休みは、ラジオ体操が終わるや否や
近所の森へ遊びにいった。
そんな子供の頃の思い出の森、
心象風景の森を
誰しもが大切に持っているのかもしれない。
九谷焼・上出長右衛門窯の若き担い手である
上出惠悟さんの森は、やはり生まれ育った九谷の地に
今も静かに存在する。
その森の奥には、神秘の池があるという。
その秘密の場所へ、連れて行ってくれることになったのだ。
夏の朝の山の道は、
目覚めた生物たちの
底知れぬエネルギーに満ちている。
前日に降った雨の露が、
針葉樹の森に 無数のダイヤモンドを降らせていた。
緑したたり、
光が玉となり、線となって踊る。
森にはたくさんの宝物があるが、
たくさんの危険も待ち受けている。
慣れ親しんだ森であっても、
恐る恐る、歩をすすめていく。
熊よけのベルを時おり響かせながら。
深い緑に囲まれて、
岩でごろごろした細い道をしばらく登っていくと、
緑のトンネルの奥が急に明るくなった。
神秘の池、蟹淵(がんぶち)が目の前に現れた。
深い底から不思議な緑色をたたえ、
鏡のような水面に、周囲の緑を映す。
ふいに小さな野鳥、セキレイのような鳥が
舞い降りてきて、
私たちのすぐ目の前の枝にとまった。
向かい合って「ツイー」とひと鳴きして飛び去った。
まるでおとぎの世界に迷い込んだようだ。
この緑色の淵のぬしは、
巨大な蟹なのだという。
真っ赤な蟹が水を守っているという伝説が残る。
ほんとにいるのではないかと思う。
その蟹には会えなかったが、
美しい無数のトンボ、
チラホラと鮮やかな赤トンボが
水面ぎりぎりをスイスイすべっていた。
蝉しぐれが激しく降ってくる。
多様な生物がうごめいている。
でも静謐な森。
あらゆる造形がありながら
静かに調和する世界。
私が私の森で感じるように、
彼もまたここを訪れるたびに
新しいインスピレーションを得て、
創造につなげていくのだろうか。
この神秘の池の淵に立っていると、
人間の考えることなんて、
ほんの一粒くらいのものなのかなと思えてくる。
深い緑の水底をどれだけ見つめていても
ちょっと先しかわからない。
” 神秘 ” という言葉は、神の秘密と書くのだなぁ。
私なんかにわかるわけがないのだな。
帰り道、今度は一匹の蝶があらわれた。
見たこともないような、美しい瑠璃色の蝶々。
私たちをしばらく誘導してくれて、
ふっと闇に消えてしまった。
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