その日から2週間も経ったのに、
いまだ温かい余韻につつまれている。
ハープ奏者・池田千鶴子さんをお招きして
私の花のアトリエで美しい演奏をしていただいたのは
至上の喜びだった。
それは「音楽」を越えたもの、
うまく言葉にできないのだが、
心と体が何かすごいエネルギーで満たされた、
生まれて初めての体験だった。
去年の今ごろ、工藤和彦さんの作品展の最中に、
池田さんのことを教えていただいた。
そのすばらしい演奏活動を知るにつれ、
今年のうつわ展の期間中に、お呼びできないかなと思い、
それが難なく実現したかたちになったのだ。
工藤さんが池田さんの姿をはじめて見たのは20年ほど前、
北海道のオンネトー湖の湖上、浮き舞台の上だったそうだ。
水面に揺れながら、優雅にグランドハープを弾く様は
お伽話さながらの、幻想的で美しいものだったそうだ。
池田さんは、音楽ホールにはおさまりきらず、
「ここで弾きたい!」と気持ちが高鳴る場所で
その場の波動と共鳴しながら演奏されてきた。
それから程なく、池田さんも工藤さんの人柄や作品に惚れ込み、
長きに渡って、作品とのコラボなども含め、
お互いの世界から交感しあってきた。
そして、そこに私の花の世界が加われば、
何か新しいものが生まれるかもしれない、と
工藤さんが今回の企画を進めてくださった。
池田さんの演奏の前、祈りのような沈黙があった。
そして、動き始めた指先から生まれる音は、
一つ一つ、心のひだに染みていくような、
それはそれは美しいものだった。
池田さんは、演奏の合間に
これまで音楽を通して体験してきたことを
いろいろと話してくださった。
20代のころ起きた、サラエボの戦争。
ヨーロッパでの演奏会の後、居ても立ってもいられなくて、
単独でサラエボ入りし、キナ臭い街なかの教会前の広場で
狂ったようにハープを弾いたのだそうだ。
そのうち、人々が家々から出てきて、
気づけば大勢の人だかり、
皆、じーっと静かに聴いてくれたのだと。
それは、遠くに弾丸飛び交う音を聞きながらの演奏だったそうだ。
アイルランド紛争の最中、
国境付近で兵士たちに捕まった。
荷台に積んだハープを持ち出し演奏したところ、
見る見るうちに兵士たちの顔がゆるみ、
挙げ句に「お母さん、お母さん . . . 」といって
全員が祈りをささげはじめたのだという。
池田さんは、こんな風におっしゃっていた。
「こんなに心優しい若者たちに人殺しをさせる戦争がなぜ起きてしまうのでしょう。
悲しいことにこれは絶えることがないと実感します。
でもこうして人の心をひとときでも癒すことができたら幸せです。
私は、たまたま出会ったこのハープを持って、自分にできる行動をとるのみです。」
地雷がいたるところに埋め込まれたカンボジアのスラム街、
国内外の精神病患者に
ニューヨーク911テロの後の傷ついた市民に
そして大震災で心病んだ人々に
その、天から降りてきたような美しい音楽を
心を込めて奏でてこられた。
どこかで戦争が起きたら、必ず脚が向かっている、
よく今まで生きていられたもんだと思う、
と池田さんは笑っておっしゃっていたが、
その命をかけた音楽活動の経験は
常に覚悟を決めた演奏というか、
ものすごい集中力で、全身全霊をそそぐ演奏に
つながっていくのだと思った。
その人の、一点の曇りもないまっすぐな魂に
私たちは、直球で心打たれた。
その場に、ものすごいエネルギーが充満し、
すべての気が音の源に向かっていた。
気づけば、あらゆる花たちが、池田さんの方を向いていた。
本当に花と対話できる人を目の当たりにしてしまった。
演奏が終わっても、だれもすぐに立つことができずにいた。
そして号泣する人もいれば、興奮で顔を紅らめている人、
じっと胸に手を当てている人もいた。
池田さんのお話を聞いて、些細な悩みなど吹き飛んでしまった。
そして音楽でこの上ない幸福感を味わった。
前を向いて生きる力をいただいた。
花も、人も、たっぷりエネルギー注いでもらったのに、
消耗することなく光り輝いている池田さんは、
太陽のような存在だと思った。
現在、池田さんは、なんと国連のメンバーでもあり、
ますます幅を広げた国際的な活動をされている。
しかし、いつも心は小さな一つの命に向けられており、
それを花たちもよくわかっているようだった。
嬉しいことに、池田さんもこの花の場所を気に入ってくださったようなので、
きっとまたここで、演奏をしていただこう。
すばらしい出会いに感謝。
[ 追記 ]
旭川市の郊外の森に、池田千鶴子さんのメモリアルホールがあります。
そのホールは、ハープの響きが最大限に生かされるように、
天井の高いスウェーデンハウスなのだそうです。
宿泊用の設備も整えられており、
ゆっくりと音楽を楽しむことができるように配慮されているようです。
来年の夏は、私も訪れてみたいと思っています。