「いつか能登の薮椿の集落を訪ねてみて下さい。」
昔、知人から届いた年賀状に書かれてあった言葉。
休日の朝、目覚めたら晴天で、急に思い出したのだった。
さっそく電話して、場所を問うと、
小さな集落で観光地ではないし、説明しにくい場所だし. . .
といいながら、アーティストらしく、
絵を描くような言葉で説明をしてくれたので、
イメージした絵を思い浮かべながら、車を走らせた。
そこは、能登の大島(おしま)という、海辺の集落である。
100件もないほどの小さな村に
無数のやぶ椿が茂り、ちょうど花の盛りを迎えていた。
海のそばに、椿におおわれた神社があるという。
椿の大木が生い茂り、静謐な気がただよう場所。
階段の上には、小さな拝殿と小さなほこらがある。
そのほこらは海に面し、3人の海女を祀ってあるという。
北九州に同じ信仰があり、
海づたいに繋がっていると感じる。
ほこらから、石の崖をおそるおそる降りてみる。
石畳の海岸。
その石で作られた碑。
能登の海は、荒れているイメージが先行しているが、
春から秋にかけて、お天気さえよければ、
とてもおだやかな表情を見せてくれる。
集落の中を散歩していると、
不思議な形の小屋が目に入ってきた。
まわりの畑で作業するおじさんが、
昔、タバコの葉を乾燥させるのに使っていた小屋なのだと
話してくれた。
この集落では、90%ほどの家で、
タバコの栽培をしていたのだという。
でも、時代の流れとともに、現在は絶えてしまったと。
家々のまわりに咲き誇る椿をたっぷり堪能し、
夕方の黄色い光がさすころ、
特別うっそうと椿が茂る、こんもりした場所があった。
ふと見ると、その中へ、小さな石の階段が続いている。
怖いもの見たさの好奇心で、椿の森へ入っていった。
そこは、なんと小さな墓地だった。
知人が話していた美しい椿の墓地を、偶然見つけてしまった。
説明しにくい場所にあると言われていた。
そう、外からは、お墓がまったく見えないのだ。
ドームのようにお墓を囲うのは、すべてやぶ椿の大木。
暗闇に、したたる紅色の花。
椿は、あの世とこの世の境に咲く花のようだ。
花は土に落ちて、やがてまた新しい花をつける。
自然と共に暮らす人々は、命の波動を
こうして 身近な花や木や、海や風に合わせて
生きてきたのだ。
落ちた椿に、すかさず糸を張りはじめた蜘蛛。
一筋の糸が、生命をつないでいく。
傾きかけた日が、その小さな いとなみも見逃さず、
やさしい光をあてた。
能登には、美しい場所がまだまだたくさんある。
時間のゆるす限り、また出かけてみよう。