一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『ブラスバンドの社会史』を読む。

2006-05-25 00:14:20 | Book Review
著者たちは、現代日本の吹奏楽を一種「閉じられたジャンル」として捉えています。

というのは、次のような認識があるからです。
吹奏楽には、
「『ブラスバンド部』(あるいは『吹奏楽部』)の呼称に代表されるように、中学校や高校などの課外活動というイメージ」
と、同時に、
「学校や音楽教育という場の文化的なにおいがその背景にあり、『吹奏楽』がそのレパートリーの広さとは裏腹に、自己生産・自己消費されている」。
したがって、
「『吹奏楽』にかかわっている人でなければ知らない作曲家やアーティストのものが並んでいる。」
つまりは「自己生産・自己消費」されるジャンルだとしているわけです。

しかし、クラシック作曲家の中でも、吹奏楽用の楽曲を書いている人は、いくらでもいます。
古くはヘンデルの『王宮の花火の音楽』(弦楽パートは初演後に追加)から始まって、モーツァルトのディベルティメント、ベートーヴェンの行進曲と続き、現代でもシェーンベルク、バーバー、ミヨーなどといった作曲家まで、多士済々。

ただし、「吹奏楽」ジャンルとして分類されているCDアルバム、例えば手元にある『中高生のための吹奏楽名曲選 シーゲート序曲』(COLUMBIA CG 3175) などを見ると、アメリカを中心にして、吹奏楽プロパーの作曲家がいることも確かなことです。

ジェイムズ・スウェアリンジェン (James Swearingen, 1947 - ) が典型で、吹奏楽をやっている人なら誰でも知っているけれども、一般的な音楽ファンの知名度は、ほとんどなきに等しい。
ジョン・バーンズ・チャンス(John Barnes Chance, 1932 - 72)、ジェームズ・バーンズ (James Barnes, 1949 - )なども、そうでしょう。

ここにあるのは、確かに一般の音楽界とは違った世界で、前衛性を誇ることもなければ、手法の奇抜さを衒うこともない。むしろ、古風とでも言った方がいいでしょう(スクール・バンド向けの楽曲は特に)。

本書によって、そのような「閉じたジャンル」に到った経緯を、歴史の中に探ることもできます。
その核にあるのは、「軍楽」が西洋音楽導入の端緒だったということでしょう(やや遅れて学校教育の現場には、別の流れが入ってきてはいるが)。
つまりは、日本の近代化/西欧化一般にもつながる問題ともなります。

外発的な近代化が、どのような音楽を生んだかについては、以前に「『モダニズム変奏曲―東アジアの近現代音楽史』を読む。」でも触れましたが、本書は、それに1本の補助線を引く形となっているでしょう。

明治以降の文化の近代化/西欧化に関心のある方にお勧めします。

阿部勘一/塚原康子 /高沢智昌/細川周平/東谷護
『ブラスバンドの社会史―軍楽隊から歌伴へ』
青弓社
定価:本体1,680円(税込)
ISBN4787231928