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『予告されていたペリー来航と幕末情報戦争』を読む。その1

2006-05-31 00:06:31 | Book Review
タイトルどおり、本書のテーマは大きく2つに分けられる。
第1のテーマは、「ペリー来航の予告情報」のありよう。
そして、第2は「その情報を政治過程で、人々はどのように生かしたか/生かせなかった」ということである。

そこで、著者が述べていることの紹介に移りたいのだが、その前に気になることがある。
著者は、本書の何か所かで、
「『ペリー来航予告情報』の問題は、従来の幕末史の研究書や一般書、辞典類などでもほとんど取り上げられてこなかった。(中略)著者の博士論文『幕末日本の情報活動』(雄山閣出版)によって初めてその歴史的意義が明らかになった」
との内容のことを書いているが、小生が管見した限りでも、山口宗之 『ペリー来航前後―幕末開国史』(昭和63年初版発行)で、この問題に関しては、1章を使って検討されている。
「このベリー来航についてはほぼ一年前オランダより予告され、対策を講じ置くことが要請されており、幕府当局者はいうまでもなく、有志大名・識者層の一部にあっても当然このことを知っていたのである。しかし、事前対策は現実に何ら講ぜられることなく一年後浦賀湾頭に黒船を迎え、周章狼狽の結果その要求に屈して長い鎖国に終止符を打つとともに、幕府中心の伝統的政治秩序を大きく変容させてゆく端緒となった。」(「第1章 ベリー来航予告をめぐる考察」)
などの記述がある以上、プライオリティ(priority)を主張することはできないであろう。

それはさて置き、「ペリー来航の予告情報」は、オランダの新任商館長ヤン・ヘンドリック・ドンケル・クルチウス(Jan Hendrik Donker Curtius, 1813 - 79 )によって、『阿蘭陀別段風説書』として幕府当局に報ぜられたことは明らか。

問題は、その情報がどのような判断をされ、どのように処理されたか、である(この点の分析については、著者にプライオリティあり)。

まず幕府当局に伝えられたものに関しては、
幕府海防掛は「情報源であるオランダそのものへの不信感が先立って、情報を採用すべきではないと最初から色眼鏡で見てい」
ていたし、長崎奉行などは、
「わが国が到底アメリカその他への通商を許可せぬと予想したオランダが一手に日本国産物を引受け、これを他国に転売せんとする貪欲に出たものである」(山口宗之 『ペリー来航前後―幕末開国史』)
と判断していたため、幕府は公式な対策を取るのが遅れた。

その後の老中首座(今日の総理大臣に相当)阿部正弘の行動に関しては、山口と岩下との意見が分かれる。
山口によれば、
「今回の情報も『虚喝』『風聞』にすぎぬと考えたこと、騒ぎたてて幕府内部の評議にかけ何事もなかったなら『閣老軽忽の譏を免れさる』ところとなることをおそれ、秘して諸有司に示さぬを得策としたこと、万一来航したとしても長崎であろうし、長崎ならば従来のごとく拒絶可能と考えたこと、等々の理由によりこれを放置した」(山口、前掲書)
となるし、本書によれば、
「老中首座阿部正弘は、今回のオランダがもたらした情報にはかなり信憑性があるとにらんでいた。」
となる。

別段風説書がもたらされてから、実際のペリー来航に到るまでの情報の伝わり方を見ると、どうやら岩下の方に分がありそうだ。

それでは、別段風説書情報は、どのように伝わっていったか、それは次の機会に述べることにする。

岩下哲典
『予告されていたペリー来航と幕末情報戦争』
洋泉社 新書y
定価:本体780円(税込)
ISBN4862480284