一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『怪帝ナポレオン III 世―第二帝政全史』を読む。(2)

2006-03-08 03:31:14 | Book Review
E. Manet: Le Dejeuner sur l'Herbe
ナポレオン三世が官展(サロン)で落選した作品を
別会場に展示させたことにより、
「印象派はアンチ体制派としての地歩も
築いていくことになる。」

今まで長く、日本では伝記ないしは評伝が不当に軽く扱われる、と言われ続けていた。
というのも、伝記などというものは、子ども向けの苦労―成功話(つまりは教訓の一種ね。言わば「有名人のプロジェクトX」)か、成功者の自慢話(端的な例が「饅頭本」、葬式や何回忌かに葬式饅頭代わりに会葬者に配られる本)としか思われてこなかったわけ。

しかし、近年になって、大分事情が変わってきたのではないのか。
読んで面白い伝記(でもフィクションではない。大人のための知的読み物)が、いくらかは出てきたようだ(歴史ものとしての信頼性は怪しいが、塩野七生の一連の著者など)。

本書は、その1冊(同著者が、ブシコー夫妻を描いた『デパートを発明した夫婦』などが先駆)。

それには、フランスやイギリスでの歴史研究の動向も大きな役割を果たしているようだ。例えば、「公正な歴史家の立場から、ナポレオン三世の打ち出した政策をいちいち検討して、再評価の光を当てた」アラン・プレシスや、ウィリアム・H・C・スミスなど(また、ジュリア・クセルゴンなどの社会史的な見解を取り入れていることも見逃せない)。

しかし、彼らの研究成果を興味深い読み物として仕立てるのは―ある時は小説風に、また、ある時は小説巻頭の登場人物紹介風に、また、ゴシップ、同時代の小説引用、と多彩な語り口を交える―著者のお手の物。

以上のような記述において描かれた、ナポレオン三世のプラスの側面としては、「貧困の根絶」(これは彼の著作のタイトルでもある)を目指したこと、クレディ・モビリエというベンチャー・キャピタルを創設させたこと、フランス全土に鉄道という社会資本を整備したこと、パリの大改造によって近代都市へと生まれ変わらせたこと、などである。

一方、マイナスの側面としては、無謀な対外戦争を行なったこと、外交的にプロシアに遅れを取ったこと、などであろう。

つまりは、国内的には総体的にプラス、対外的にはマイナス、という帳尻である。

内容的には、政治や経済、軍事、外交から、文化、思想、風俗に至るまで、多様な内容(副題に「第二帝政全史」とある)ではあるが、前述したような、著者特有の語り口とも相まって一気に読めるものとなっている。

日本との交渉史の記述が少ないことに、若干不満は残るものの、そのような発展的な内容に関しては、読者各自が興味に応じて別の書物に当ればよいことであろう。
読みではあるものの、興味深い記述が多いのは事実。
鹿島マジックに乗って一気に読み進めるのも、なかなか楽しい体験でありました(ちなみに、トータル読書時間は12時間ほどでしょうか)。

〈了〉