本のタイトルをみて「これはスポーツ根性漫画みたいな記憶力コンテスト成功物語なのだろう。記憶法についても学習できれば。」てな感じで近所の図書館にリクエストした。
著者ジュシュあ・フォアが記憶の研究の心理学者に取材し、記憶コンテストにはまって行く様子が興味深い。云ってみれば体験的ルポルタージュ。その反面もう少し訓練の詳細が詳しく書かれていたら実用的だったかも。その点ではタイトルが少し思わせぶりかな。でもうまくタイトルをつけたものだ。もともと著者ジュシュァ・ホアは「ナショナルジオグラフィック」などの科学系のノンフィックションの作家らしい。
彼は記憶について調べていくなかでトニ・ーブザンやK・アンダース・エリクソンに取材に行く。トニー・ブザンは「マインド・マップ」をはじめ自己啓発本を書いて有名な人。エリクソンは心理学の熟達化研究という分野の権威。「一流の人材は才能ではなく練習によって作られる。」それには「10年ぐらいの時間が必要だ」という。一流の音楽家になった者と音楽教師になったもの者の幼少時の練習時間のデータを比較検証し論文を発表した。
ジュシュはエリクソンに電話をし記憶力の強化トレーニングを行う旨を伝える。するとエリクソンは「もうはじめているのか?」と聞く。「いやまだはじめていない。」「もし君が本気ならば研究対象にさせてくれないか?」エリクソンは記憶トレーニングを始めていない人の初期値のデータを欲しいと思っていた。なるほど力のあるライターはこのような出会い方をするんだな。
もう一人の登場人物ダニエル・タメットと出会う。精神的疾患による驚異的な記憶能力の保持者いわゆるサバンと呼ばれる人。ダスティン・ホフマンの演じたレインマンがサバンである。ある日ダニエルのドキュメンタリーがテレビで放送された。それを見たジュシュアは彼に近づいていく。ダニエルは4歳の頃癲癇による発作を起こした経験がありその時から特殊な記憶能力が身についたと主張する。ジュシュァはその話に疑問を持つ。「本当にサバンなのだろうか?」そのあたりはこの話の一つのミステリーになっていて話を引っ張っていく。
記憶にはその本人のアイデンティティーの問題や、痴呆などの老いの問題、人間の生き方や尊厳の問題と関わっている。そんな記憶の世界に若いルポライターが飛び込み記憶競技に挑戦する。そんな面白い話でした。
本書に出てくる記憶能力の競技は初見の長い詩を憶えたり、、トランプの数字を憶えたり単純な記憶で受験勉強や実生活で役立つ記憶とは少し質が違うようだ。
演奏は曲を記憶し再現する行為だから「記憶力が勝負」。しかし演奏したり曲を憶えるということはトランプの数字を覚えることよりもずっと複雑だ。メロディーを覚えたからと言ってすぐ演奏できるわけでもない。楽器を操る技術も使う。しかしこの技術も記憶の蓄積だ。 思考能力という言葉もあるが、思考するという行為も記憶の蓄積から引き出すだけだな。
最近練習しなきゃならないことがいっぱいあって。・・まあ元からあったんだけど。
コツコツ記憶する作業が苦手な人は音楽やってもダメだな。・・・はは。