ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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MRI検査顛末記

2012年12月19日 21時13分32秒 | 日常生活

12月19日(水)曇時々小雨

一昨日検査を受けた喉のCT検査・血液検査・

尿検査・脳のMRI検査結果を聞きに行く日。

11時までに来て下さいと言われていたので

20分前に家を出た。

診察室前で待てど暮らせど(古い?)名前が呼ばれず。

呼ばれたのは姉が先で11時50分から。

ばばは12時5分になってやっと呼ばれた。

 

実は・・・明日、お出かけ?する予定で、

出来れば今日中に美容室にも行きたいと思い

病院に来る前に電話をしたら「昼1時からいらっしゃい」とのこと。

本当は21日に予約してあったんだけどね、

急遽考えが変わって・・・・

それで、病院での時間がとても気になっていたばば。

 

呼ばれて診察室に入ると特診の先生の前へ。

ドックの係の方が「お姉さんもどうぞご一緒に。

その方が安心だと思いますから」って言われたのにはビックリした。

何で?

確かに一昨日はMRIから飛び出して?

姉に支えられてドック受付室前まで歩きましたよ。

でも、今日は家から出てきたばかりで

何にも気分悪いところもありませんけど・・・

ばばには文句を言う筋合いもなく、

(ありがたいと思わなければいけないのかな?)と思い直して

姉も一緒に入室、ばばの横で説明を聞いたよ。

まるで保護者に付き添われた小学生か幼児みたい・・・・・

 

書類やエコーの画像があり、血液検査などの結果は異常なし。

・・・で、液晶画面にあったMRI画像を見て先生が

「あれっ?血管が写っていませんね」って。

・・と、ドックの係の方が「1分くらいしか撮影していないものですから・・」って。

ばば「すみません」と謝る。

何だか謝らなくちゃ行けないような気になって・・・・・

先生が「CTなら大丈夫ですか?」と聞く。

分からないけど・・・「大丈夫です」と答える。

「では、CTで脳の検査をしてから詳しく話しましょう」ってさ。

即行、ドックの係の方の先導でST検査室へ。

歩きながらも盛んに「CT検査は1分くらいで終わりますよ」

「部屋も広いし、器械も大きいから

MRI検査のような閉塞感はありませんよ」

等と、親切に説明してくれる。

検査を中断したのは、今まででばば一人だったということで

よっぽ、どばばが「意気地無し」って思われてしまったのかな?と

ひがみながらも、ありがたく話を聞きつつ付いていく。

 

検査室へ入ると、男女の技師さんがいた。

ドックの係の方が器械や部屋の広さを指し示し先日と比べ

「いかに開放的で、時間も早く終わるか?くどいほど説明してくれる。

そして「実際にベッド?に寝てみますか?」って。

さすが、それは辞退したけどね。

 

もう1回、予約が必要になってしまったけど

もう、来年しか先生がいらっしゃらないみたいだから

検査も来年受けようかな?

・・・で、「診察や検診代は?」と聞いたら、今日も

「CT検査が終わってからで良いですよ」って。

 

帰り際に「今日はせっかく時間通り来ていただいたのに、

お時間とらせてしまってごめんなさいね~」って恐縮した。

今日の、ドックの方は対応がとても親切で、嬉しかった。

 

検査を来年まで持ち越して、新年を迎えるって

ちょっと残念だけど、仕方ないね。

ばばの異常なまでの閉所恐怖症から生じたことだからね。

 

一昨日の検査以来、ばばが身近な2,3人に

「MRIから逃亡した~」と話すと、同調してくれた人ふたり、

笑い転げた人ふたり。

 

閉所恐怖症で、MRIの検査を受けるのに

病院の先生がしっかり手を握っていてくれて

何とか受けられたと話してくれた人もいたけど

ばばは、先生が手を握っても、じじと姉が手を握ってくれても

あの閉塞感の恐怖には到底耐えられそうにありません!

 

あの音さえなければ、何とか我慢できたと思うんだけど・・・・・

狭いところに頭部をを固定された上に、

耳障りな音がひっきりなしに聞こえて・・・・・

ばば自分としては5分くらいは我慢したつもりだったけど

実際には1分くらいしか経っていなくて

血管など1本も写っていない画像に我ながらビックリしたよ~。

 

ある人は「そんなに狭い場所と音が苦手なら

ペット検査受けたら良いよ.ペット検査は25分くらいかかるけど

音もジィ~~~っというかすかな音が聞こえるだけだから

寝ているうちに終わっちゃうよ」と助言してくれたけど

ペット検査の器械が姉妹には無いから、

鹿児島まで行かなくてはならないのがネック。

いつかは受けてみようと思ってはいるけどね。

 

それにしても、親切に対応して下さったドックの係の方、技師さん

ご迷惑お掛けしました。

ごめんなさい。

 

時計は12時40分。

急ぎうちへ帰って、チャチャッとお昼を済ませ

予約した美容室へ。

「頭美人」にしてもらって、気分も少しは軽くなったよ~。

 

明日は、嬉しい再会が待ってるから、気分もルンルン。

昼からは義母の介護施設の「クリスマス会&お誕生日会」。

ばばも、カメラマンとして頑張ってくるね~。


一期一会、他

2012年12月18日 15時10分54秒 | 日常生活

12月18日(火)曇時々小雨

「出会い」って、人間と人間でなくても

大事にしないといけないね。

じじが大好きな野鳥たちとの出会いも然り。

 

総合グラウンドのタゲリ。

じじは午前・午後と何回か撮影に出かけ何度か出会ったが

ばばは一度も遭遇出来なかった。

3日前の夕刻、偶然出会ったコハクチョウとも

じじは、日に2回も通い、ばばと姉は昨日は3回も通ったが

その後一度も出会えない。

もう、渡って行ってしまったのか、

それとも?島内のどこかで羽を休めているのか・・・・・

もう一度くらい出会いたいな・・・・

 

ばば達がコハクチョウを見つける前に、

どなたかが見つけていたみたいで、色々な人達が

撮影に訪れていたそうだ。

新聞にも掲載されたからかたくさんの愛鳥家達が

カメラや携帯でコハクチョウを撮影しようと

色々な場所でスタンバイしていたらしいが・・・・

 

本当に一期一会だったのかな?。

ばばは、1昨年までコハクチョウが島に渡ってくるなんて知らなかった。

又、ツルが渡ってくることも知らなかった。

でも、じじの話によると・・・・・・・・

ばばと結婚してすぐ赴任した職場で「アネハヅル」を保護したそうだ。

そう言えば、地元のご出身だった校長先生が

校内の鶏小屋を改装して、ツルを保護した・・・という

かすかな記憶が甦ってはきたが、

当時は野鳥等に全然興味も無かったばば。

アネハヅルも記憶の底に沈んでしまっていたらしい。

今だったら、絶対に細かく観察したり写真撮影したであろうに。

 

話は変わって、昨日、MRI検査で危うく失神しそうなほど

恐い思いをし、体調不良にまでなってしまったこと、

ばばにとっては一大事な出来事だったのに

じじはじめ、ばばの話を聞くとみんながみんな

ゲラゲラ笑い出してしまう。

ばばも合わせて笑っているけど、本当に恐かった。

 

明日は、検査結果を聞きに行く日だけど

途中でギブアップしたばばに、先生はどんな話をされるのだろう?

恥ずかしいし、チョッピリ恐い。

ばばが受診した病院で、途中ギブアップした人はいないというから

昨日対応して下さった看護師さん達に会うのも恥ずかしいなぁ。

ばばにとっては、病院関係では、

これまでで一番恐かった体験だったよ。

 

いやいや、もう一つ恐い体験はあった。

同じ病院での出来事?事件で、地下まで下りたエレベーターの

ドアが開かず、あの時もパニックになってしまった。

姉と一緒だったけど、閉じ込められてしまって

緊急ボタンを押したり、彼方此方の階のボタンを押したりしても

エレベーターが動き出さないので、ついには姉とふたりして

ドアをドンドン叩きながら

「開けて下さ~~い。中に人がいま~~す」と

大声で叫んだけど、誰も気づいてくれなかった。

たまたま地下の駐車場を通る人が一人もいなかったんだろうね。

ふだん、ばばの数十倍も冷静な姉まで大声を出したのに・・・

 

その時は、何分か後に何事も無かったかのように

エレベーターは動き出したが、あの時の恐怖も

24年経った今でも、忘れられない。

もし、今ならすぐに病院の方に話しただろうが

あの時は、ドアが開いてホッとした嬉しさで

そんなことまで頭が回らなかった。

 

昨今、テレビで「エレベーター事故」のニュースを聞く度に

24年前のことを思い出す。

ばばの閉所恐怖症は、過去の二つの体験が

トラウマとなっているのかも知れない・・・と思ったりする。

 

今日、じじの妹から電話があって、

昨日のMRI検査のことが話題になった。

妹も、MRI検査の器械はトンネルのような物に入って受ける・・・

とは思っていても、まさか顔のすぐ外側に

フェイスマスクのような物があるとは知らなかったって。

それにばばの過去2回の受診経験から言っても、

耳栓はした記憶が無いし・・・・

きっと、今まで以上に細かく正確な診断が出来る

最新の器械なのかも知れない。

だって、ばばが以前検査を受けたのは、もう10年以上も前のことだから。

器械だって、検査法だって日進月歩。

それに付いて行けないばばは、やはり「石器人」なのかも知れない


危うく死ぬかと思った~~~

2012年12月17日 20時46分41秒 | 日常生活

12月17日(月)晴れ時々小雨

月始めから予約してあったMRI検査の日。

頭部と首のCT検査をしてもらうことに。

 

夕べ9時以降は絶食で、朝9時前に病院へ。

今日も姉と一緒。

もう何年も人間ドックとか受けていないから

今回思い切って予約したのは良いけど、

一つだけとても心配なことが。

それはね、ばばが極端な「閉所恐怖症」だということ。

 

三姉妹が小学生だった頃の早朝、

じじと三姉妹が朝のランニングに出かけ

ばばは朝食の準備をしながら待っていた時のこと。

お味噌汁を炊きながらトイレに行ったの。

用を足し出ようとしたら、どうしたのかトイレのドアが開かない。

外に鍵は無かったはずだけど、どうして開かなかったのかは

今はもう思い出せない。

その時ばばが考えたのは、早くトイレから出なくては・・・ということだけ。

じじと三姉妹は走り出して間が無いし、10分くらいは帰らないだろう。

その間、もし味噌汁の鍋が焦げて、更に加熱されて火事にでもなったら・・・・

気が気でないばばは、何故か前後の見境も鳴く

素手で、トイレの入り口のガラスを割った!

勿論、ガラスの割れたところから手を出して

鍵を開けてすぐ外に出たんだけど・・・・・

外へ出て、コンロの火と鍋の中身を確かめてから

ハッと気づいた。

ばばの右手首から肘にかけて鮮血が・・・・・

夢中でガラスを割って、外へ出た嬉しさで痛みを感じなかったけど

血は出ているし、腕の所々小さなガラスが刺さっているし・・・・

何とか処置をし、朝食も済ませ、普通通り出勤もし

仕事もしたが、この事件は今でもたまに我が家の話題に上がる。

ばばの武勇伝としてではなく、「ばばのアホ伝」として。。。。。

 

こんな痛い経験もあるせいか、ばばは「超」が付くほどの「閉所恐怖症」。

今日の脳ドックの問診票にも「狭いところが苦手ですか」みたいな項目があり

「はい」にチェックしたが・・・・・

これまでも脳ドックは2回受け、いずれも何とかクリアしてきた。

同じ病院で何年か前に受けたこともあったので、

安心して受診したのだが・・・・・

問診・採血・身長&体重&腹囲測定後採尿・血圧測定、喉のCT検査。

ここまでは順調。

次にMRI検査室に入った。

まずベッドのような所に寝て、耳栓をされて、頭を固定されて

トンネルのような器械の中へ入れられた。

技師さんが「20分くらいで終わります。

途中、気分が悪くなったら声を出して下さいね、

聞こえますから」と言われた。

20分間なら何とか色々考えているうちに

あっという間に経つだろうと安心していたが。。。。

 

検査が始まると、色々な音が聞こえてきて、

時々シャッ、シャッ、シャッというような音も聞こえ

次に体が更に器械の中へ入っていくのか

外へ動かされているか、はっきりは分から無いけれど

ずり上がっているか?ずり下がっているかのような感覚が。

我慢して瞑っていた目を、ふと開けてみると

顔にもフェイスマスクのような者が被さっていて

目の上辺りに小さな隙間があるけれど、首も、いや頭部全体が動かせない。

そう考えた途端に、機械音はますます大きく激しくなった。

(100数えたら、この音は止むだろう・・・)と100まで数を数えたが

一向に機械音は止まず、ばばの胸はドクンドクン鳴り出すし

悪寒はするし、吐き気はするし・・・・今にも自分が砕け散ってしまいそうな

恐怖感に体全体が襲われた。

とうとう我慢しきれずに「すみません!すみません!止めて下さい!」と

叫んでしまった。

5秒から10秒くらいで音は止み、ばばの体も器械から出されたが

吐き気は止まらず、体中が硬直して震えている感じ。

器械に入って何分くらい経っていたのかさえ分からないが

せいぜい5分くらいだっただろう。

技師さんは、ドックの係の方へ連絡を取っていた。

そして、ばばには「途中で、検査を中断される方もいますよ」って

言ってくれたけど。。。。。。ほんとうかなぁ・・・・

 

ドックの係の方が部屋へ入ってきて技師さんと話し

ばばは廊下へ出たが、どういうわけか自分で歩くことが出来ない。

先に検査を終え廊下で待っていた姉が駆け寄ってきて

ばばを支え、ドック受付の部屋の外まで連れて行ってくれた。

その間も、ばばは自分が歩いているのかどうかも分からない感覚だった。

ソファーに座ると、一気に気分悪くなり壁にもたれてしまった。

唇がかさかさになり、手足が冷たくなり、体中の力が抜け

今にも自分が消えてしまいそうな気がした。

あの気分悪さを何とたとえたら良いのか?

あのような感覚になったのは生まれて初めてだった。

 

病院の方も心配して、「部屋のベッドで休みませんか」と言ってくれたけど

動くのがまず出来そうに無いので、断ってソファーの上で

ひたすら気分が回復するのを待った。

12時少し前になって、気分もほぼ回復したところで

係の方が側へ来て、姉はきちんと検査が受けられたので

検診費をいくらいくらいただきますが、

ばばは途中で止めてしまったので

今まで前例が無く検診費がいくらになるのか

分からないとのことを話された。

だから、明後日又もう1回姉と一緒に病院へ来て、姉は検診結果を聞き

ばばは、先生から何かお話を聞いて下さいとのことだった。

MRIの器械での検査が出来ない人は

薬を飲んでからMRIに入って検査を受ける方法もあるとか?????(聞き違い?)

もし、睡眠薬を飲むか、麻酔でもして検査が受けられるなら

ばばは、そうして欲しい。

 

いくら自分の健康を守る為とは言え、

もう、2度とMRIの検査を受ける勇気が無い。

 

心配する姉に「大丈夫よ」と口では言いつつ

少し不安もあったけど、何とか車を運転して帰宅できた。

フラフラ帰宅したばばを見てじじもビックリしたみたい。

「すぐ寝なさい」ということで、昼食も自分で食べてくれた。

 

午後2時回る頃には、ほぼ平常のばばに戻ったが

今日は1日疲れたぁ~~。

 

改めて自分は「閉所恐怖症」だと自覚したが

じじからは「健康を守る為にMRIに入ったのに

死んで出てきて、どうするの?」とからかわれたけれど

全くじじの例え通りだったので反論も出来ないばばだったよ~~。

 

明後日、先生から何と言われるか今から恐いなぁ・・・・


再会ならず他、20日遅れの・・・・

2012年12月16日 14時04分33秒 | 日常生活

12月16日(日)晴れ後曇

昼食時、夕食のふろふき大根の下拵えをしながら・・・・

と、圧力鍋で大根と人参を茹でていたら

突然!!シュゥゥゥゥゥゥ~~~~っともの凄い音と共に

蒸気が噴き出した。

慌てて火は消したが、熱い茹で汁が四方八方に飛び散った。

ばばの洋服にも。

まず雑巾でゴシゴシ。

濡らした雑巾でゴシゴシ。

乾いた雑巾でゴシゴシ。

 

ばばも、やっ~~~と、食事を始めたと思ったら

今度は流しの前でじじバシャ~~ン?。

製氷用の水が入った容器を落として水がこぼれ

又々床はびしょ濡れ。

今度はじじがゴシゴシ、拭く.拭く・拭く。

 

全く、何だろう~この夫婦。

 

床の始末を終えたじじが、「原因はこれだ」って。

何?

実はジャージのヒモ。

写真撮りに行った時はジーパンを穿いていったのに

帰って来てジャージに着替えたら、ウエストがユルユルだったらしい。

でも食事をしたら少しはきつくなるかな?と思ったらしいが

たまたま製氷機の水を入れ替えようと動いた時に

ウエストのヒモが最大限まで緩んだらしく

ジャージが脱げそうになり慌てた拍子にガシャ~~~ン、ドバ~~ッ。

笑うしかないね。

 

「一期一会」と言うけれど、昨日のコハクチョウ、

今日午前中にじじは再び出かけたが、出会えなかったって。

じじより少し先に、姉も見に行ったらしいけど、やはりいなかったって。

何処へ行っちゃったのだろう?

昨日も、朝はいなかったのに、夕方見つけたから

今日も、又夕方に戻ってくるのかな?

いや、戻って来て欲しいな。

 

衆議院選挙の投票に行って来たよ。

その前に郵便局へ寄って年賀状を投函してきた。

今までで、一番早い投函かも。

 

郵便局と投票所は目と鼻の先。

投函して、投票に行こうと外へ出たら、

後ろから誰かが呼んでるような気が・・・・

振り向くと、Mちゃんが立っていた。

そして、「先月26日は誕生日だったんですね。

おめでとうございます」と丁寧にお辞儀までしてくれた。

さらに「あの日、ばばちゃんは来てくれていたのに

おめでとうが言えず、ごめんなさい。改めまして・・」って。

そう言えば、先月の誕生日は荷物を送る為に

郵便局へ行ったんだよね~~。

 

Mちゃん、家族でも無い、ばばのことをいつも心にかけてくれて

本当にありがとう!!!

 

お礼を言わなければならないのは、ばば。

だって、20年近く出来なかった諸手続きを

Mちゃんの笑顔と励ましと協力があったからこそできたんだもの。

あまりの煩雑さに、「もうダメだ!」と、何度諦めたことか。

そんな時、Mちゃんが「頑張りましょ」と、ガッツポーズで励ましてくれたお陰で

やり遂げることが出来たんだよね。

ありがたかった・・・・・

 

その時、ばばは思った。

「笑顔」と「時に応じた優しい言葉がけ」が

人を「元気」にし「やる気」にもしてくれる。

だから、ばばも他人に対して

Mちゃんのような行動が出来る人になろうと・・・・・・

 

最近、お店とか色々な窓口へ行っても

つっけんどんな対応も多く、ガッカリしたり腹が立ったり

寂しい気持ちになる事もあるけれど、

Mちゃんの職場へ行くと、いつも心が和む。

職員さんが笑顔で対応して下さるから。

 

お客様相手のお仕事って、難しいと思うけれど

たった一人、イヤな印象を与える人がいると

職場全体に対して「行きづらいと思われてしまうこともあるけれど

反対に「笑顔で明るく誠意をもって対応」してくれる職員さんがいると

行くのが楽しくなるよね。

 

ばば自身も気をつけなければ!。


コハクチョウと再会!他

2012年12月15日 18時42分37秒 | 日常生活

12月15日(土)晴れ・風強し

朝からじじが何かばばに話しかけたそう・・・・・

分かっているんですよ~。

夕べの天気予報では、奄美地方80%の降雨確率って言っていたから

何処へも出かけられないし、倉庫の片付けしようと決めていたのだが。。。。。

 

朝、起きてみるとお日様ピカピカ良い天気!

でも・・・じじが走る前にはにわか雨が降ったらしい。

朝食が終わる頃は、ポカポカ陽気。

じじはウズウズ・・・・(干潟へ行きたい願望200%!)

 

まぁ、15日だしばばも実家のお墓参りがてら

寄りたい所もあるしと思ってはいたが決断しかねていた。

 

じじが今日の天気予報を改めて調べると「晴れ」だったらしい。

10時もだいぶ回ってから3人組はいつもの干潟へ出発。

 

干潟へ行った目的はヘラサギを撮ること。

潮は引きかけていたが、撮りの姿はほとんど無く

諦めて、他の場所へ回ろうかな?と思っていた矢先

じじのネット仲間Yさんが「バズーカ砲」で鳥を撮っていた。

近づいて聞いてみると、目の前にいる白い鳥は「ヘラサギ」だった。

ラッキー!・・・と言うことで第一の目的は果たせたので

昼食の準備を・・・と思い、車に戻って確かめてみると

コーヒーや卵焼き、佃煮などはあったものの

肝腎のおにぎりが無い!

え~~~っ、まさか???

確か、赤飯おにぎりを4個、レンジで温めたまでは記憶にある・・・・

と言うことは>

おにぎりはレンジに入ったままってこと。

まぁ、どうしましょう?????

 

すぐにコンビニで買ってきましたよ~。

「ばくだんおにぎり」なるものを。

おにぎりと一緒に「シジミ70個分の・・・」と謳われている

インスタントの味噌汁もね。

 

撮影が一段落したYさんと、じじ、姉とばば、4人で

美味しく昼食いただきました~。

今度、自分でも「ばくだんおにぎり」作ってみようっと。

 

その後も沈砂池や、漁港を回り3時過ぎに実家集落へ。

お墓参りも終わる頃、じじはすっかりお疲れモード。

助手席でゆっくり休んでもらいながら家路を急いだ。

 

途中で「諸田池、寄る?」と聞くと「せっかくだから寄ってみようか?」とじじ。

朝は何にも新しい鳥もいなくて素通りした諸田池。

期待もせず、池の畔に車を寄せたら・・・・・

「あれ、何だ!!!」と突然大声を出したじじ。

じじが指さす方を見た姉とばばもビックリ。

大きな白っぽい鳥が2羽、悠然と泳いでいるではないか!

「血湧き、肉躍る」ではないが、大興奮の3人。

白鳥????

正にシルエットはスワンその物。

でも、全く自信は無い。

じじに聞くと「雁じゃないか?」と言う。

とにかく、夕方で日差しが弱いので場所を変え撮影続行!

そこへ若いご夫婦が車で駆けつけてきた。

聞くと、新聞社の方だそうで、どこからか連絡が入ったということだった。

奥様とお話ししながら撮影している男性軍の所へゆっくり近寄っていた。

鳥は逃げることなく、ゆったりと泳いでいた。

その泳ぐ姿の美しいこと!

首をスッと伸ばして滑らか~~~に泳ぐ。

見ているだけで惚れ惚れする。

じじも、じっくり撮影し終わった。

唯一残念なのは、夕方で光が足りなかったこと。

鳥の名前は、確実ではないが「コハクチョウ」では?とじじが言う。

コハクチョウと言えば、昨年、実家集落の沈砂池で初めて出会った鳥だ。

それが、今年は2羽も一緒にいる。

嬉しい~~。

こんな美しい鳥を見たから、今後3人にきっと良いことがあるよ~

と言いながら姉とふたり話した。

 

徳之島で今年、コハクチョウを見た人はまだ少ないかも知れない。

 

昨年はコハクチョウを見に行った子供が石か何かを投げたとかで

白鳥が飛び立ち、そのまま帰ってこなくなったと聞いた。

もし、それが事実なら、今年は白鳥を驚かさず、

静か~~に、観察して欲しいな・・・・ばばの願い。

そして、鳥好きのたくさんの方に観察して欲しいと願っている。

 

じじのお陰様で、又とない素晴らしい1日になりました。

 

じじ~ありがとう!!!!

 

今日撮影した画像は明日「じじの写真日記」と「動画」に

アップすると思いますので、鳥好きの皆さん

よろしければ、ご覧下さいね~。


「じじの仰る通り!」他

2012年12月14日 21時35分44秒 | 日常生活

12月14日(金)晴れ・風強し

最近、人名が思い出せなくて困ることが良くある。

昨日、じじはある会合に出たが、

そこにいた教え子の名前がなかなか思い出せず

会が終わる頃に、」やっと思い出せたんだって。

 

今夜も、夕食時、我が家の三姉妹の事が話題になり

高校時代の恩師の名前がなかなか思い出せなくて困った。

長女の担任の名前はすぐに分かったが、

次女と3女の担任の名前がなかなか思い出せない。

 

仕方が無いので、五十音の(あ)から始まり

最後の(ん)までいっても出てこない。

喉元まで出てきているのに、出てこない。

もどかしい~~。

担任の名前は出てこないが、お世話になった先生の名前は?と

言うことになり、又思考開始。

(ああ)(あい)(あう)(あえ)(あお)・・・・・・と始める。

突然じじが「○○先生だった!」と叫ぶ。

そうだった、そうだった!

それにしても、じじ思い出すのが早い。

仕方が無いので、ばばは又必死に3女の担任の名前を思い出そうと頑張る。

又、五十音の(あ)から・・・・・・

 

いくら頑張っても、とうとう夕食を終えるまで名前が思い出せない。

仕方が無いので、夕食後、住所録を引っ張り出して

ア行から探していく。

すぐに見つかった!

「△△先生だったよ~」と叫ぶ。

これで、じじとばば1体の引き分け。

でも・・・・△△先生が担任だったか、どうか自信は無いなぁ。

受験前に我が家までいらして、

娘を叱咤激励して下さったのは覚えているが。

 

あまりスッキリしないので、改めて次女の担任の先生の名前を

何とか思い出してみようと決めた。

たしか、一字姓だったような気がする・・・・・・・

ばば、考える。

うんと考える。

うんと、うんと考える。

ぅう~~~ん、出てこない!

 

仕方が無い。

気分転換にパソコンの前に座る。

と!突然閃いた!

「☆先生だった~~~ヒャッホ~思い出した!」

大声でじじにも報告。

じじも「そうだったね」と同意。

良かった~思い出せたよ~。

 

・・・と、こんな具合で人名を思い出すのに四苦八苦のじじとばば。

これが年をとるってこんな事なのかなぁ。。。。。。

 

自分の幼稚園から大学までの担任の先生の名前は完璧に言えるのに

どうして、娘達の担任の先生の名前が思い出せないのだろう?

 

昔のことは良く覚えているのに、最近の事が思い出せない。

昔のことはすぐ手前の引き出しにしまわれていて

最近の事は、ずぅっと奥の引き出しにしまわれているのかなぁ・・・・・・

あぁ~あ、あ、年はとりたくないなぁ・・・・・

 

話題はガラッと変わって、

パソコンの前に座ったら、キーボードが全然動かない。

最近じじに教えて貰い、覚えている限りのことをしてみるが

全く動かない。

困った時のじじ頼み。

「じじ~~~、キーボードが変なんだけど、

これって、何か線で繋いであった?」

変な質問!

何故、こう聞いたかと言うと、実は

パソコン関係を繋いであるコンセントのスイッチが調子悪くなり

じじが、昼間線を全部引き抜いて直せるかどうか見てくれたのだ。

結果は、結局スイッチ部分のネジがきかなくなっていると言うことだった。

その時に、キーボードの線も引き抜いたのかと思ったのだが

考えてみれば、このキーボードは無線だったんだ・・・・

じじに言われるまで気づかなかったよ~。

 

となると?

何が原因なのか器械音痴のばばに分かるはずもなく。

 

じじが「電池を入れ替えてごらん」と言う。

「はいっ!じじの仰る通り致します!」と

単4の電池を二つ交換してみたらあっと言う間に回復。

さすが、じじ!

 

いつもはじじが「ばばの言う通り!」と言うのだが

器械に関しては「じじの仰る通り!」なのであります。

 



消しゴムと千円札

2012年12月13日 19時00分57秒 | 日常生活

12月13日(木)晴れ

冬の日だまりって、いいね。

穏やかな天気の1日だったよ。

 

じじは、お昼2時から母のお世話になって入り施設の定例会に出かけた。

ばばは、家で色々しようと思っていたら姉が来たので

スーパーへ出かけた。

今日から週末の売り出しだけど、別に特別買う物は無くスーパーを出て

他のお店で少しだけ買い物をして帰ろうと、自動ドアを出て

数歩歩いた所で、落とし物発見!

四つ折りにされた千円札が1枚。

ばばより少し先を歩いていた姉は気づかなかったのかな?

しゃがんでお札を拾い、姉を呼び止めた。

「拾ったけど・・・・交番もないし、警察まで歩くのは20分くらいかかるし・・・・

レジの方に届けようか?それで良いかなぁ・・」と、

又、スーパー内へ引き返した。

お客さんのいないレジを選んで、店員さんに「お金が落ちていました」と

差し出すと「ありがとうございます。しばらくお待ち下さい」と言われた。

他の店員さんと何か話していたけれど、

「すみません。これに住所と氏名、電話番号を書いて下さいませんか?」と

ボールペンと紙を渡された。

(どうしようかなぁ???)迷ったけど、記入して店員さんに渡した。

外で待っていた姉の所へ行き、

「紙に何か書かされたけど・・・」と言いながら歩き出した。

 

あの千円札を落とした方はどんな人だろう?

お札をむき出しで持っていたのだろうか?

お金を落としたことに気づくだろうか?

千円と言えば大金だし、気づいたらきっと悲しいだろうなぁ・・・

お財布毎落としたら、お店に届けるかも知れないけれど

千円札を落としても、届けないかも知れないなぁ。

・・等と思いながら姉と並んで歩いた。

歩きながら、ふと思い出した。

先日、娘がFaceブックに書いていたことを。

 

下校中の孫が消しゴムを拾って交番に届けたそうだ。

そこで拾得物関係の書類にいろいろ書いたのだろう、

その用紙をおやつを食べながら、

真剣に見入る孫の写真もアップされていた。

(拾った消しゴムを届ける)という行為が、ちょっと可笑しくもあったが

孫と対応した交番のおまわりさんは、わざわざ自宅へ電話を下さったそうだ。

「消しゴムを拾って届けてくれたS君を褒めてあげて下さい」と。

こんな、おまわりさんの言葉、ありがたいね。

 

じじとばばも、この日の夕食時、この孫のことが話題になり

「正しいことをしたんだから偉いよね」って、喜んだ。

孫は、例えば鉛筆が落ちていても交番へ届けるのかなぁ・・・・

拾った消しゴムは、特別なキャラクター物とか?

新品だったのかなぁ・・・・いろいろ思いを巡らせたよ。

 

一昨年末、ばばは病院へ義父を見舞った帰りに

スーパーの近くで10数円お金を拾った。

その時も姉と一緒だったが、拾った金をどうしようか迷った。

自宅へ戻って、車で10数円を届けに警察まで出かけるべきかどうか?

車でも10分近くかかるだろうし、冬の日の夕方で

辺りは薄暗くなりつつあった。

思案のあげく、ばばはスーパーに入り、レジ近くに置かれていた

北大島の豪雨災害被害地への募金箱にお金を入れた。

 

たかが10数円、されど10数円。

金額は少なくても拾得金。

本当なら警察へ届けるのが筋だろうけど・・・・・・・

募金箱へ入れたこと、後悔はしていない。

 

孫が拾った消しゴム。

ばばが、今日拾った千円札。

どちらも落とし物。

落とした人は、たとえ落とした事に気づいても

まさか、交番やスーパーのレジに届けられているとは思わず

諦めてしまうのだろうなぁ・・・・・


東北からの贈り物

2012年12月12日 20時50分15秒 | 日常生活

12月12日(水)晴れ時々曇

3日前、宮城県から贈り物が届いた。

送り主はAさん。

東日本大震災の被害者。

自宅もだいぶ被害を受けたそうで・・・・

 

そんなAさんから年末の贈り物。

頭が下がる。

 

去年もブログに書いたがAさんは、じじがバイクに熱中していた頃

バイクを譲っていただいたご縁で、未だに交流が続いているが

一度もお目にかかったことは無い。

年賀状のやりとり、たまに贈り物をしあう。。。。。そんなお付き合いだった。

 

ところが一昨年、奄美大島が豪雨災害に遭った時

ばば達も豪雨災害に巻き込まれたと思い

お見舞いの手紙と、東北の美味しいお米を送ってきて下さった。

ばばは、その時(人間って良いなぁ)とつくづく思った。

 

そして・・・昨年の大震災。

気にはなりながらばば達はヤキモキしていた。

震災から数日後、Aさんは「僕たちは元気です」と

特設電話からわざわざ電話を下さった。

 

今度は私達がご恩返しをする番・・・と思い

お米等を少し送った。

その後お手紙を出したりしていたが、

去年の暮れにAさんから贈り物が届き、びっくりした。

お礼の電話をしたばばにAさんは、「全国の多くの方々が

自分たちを見守っていてくれると思うと勇気や元気が出てくる」・・と話された。

 

テレビ等で東日本の復興の様子を見るにつけ

Aさんご家族のことが気になった。

元通りの生活を送れる日が来るのだろうか?

 

東北と徳之島・・・・・

 

東北・・と言えば、じじとばばにとっては、すぐにAさんが浮かぶ。

Aさんにとっても鹿児島・徳之島と言えば

じじとばばのことが思い浮かぶに違いない。

 

そんなAさんから今年も贈り物が届いた。

ばばも、寒い東北へ何か温かくて美味しい物を・・・

と手配していた矢先に。。。。

Aさんからの贈り物は翌日も届いた。

ばばは、贈り物をいただいた日にお礼状を書き、

翌日に投函したら、その日の夕方、又贈り物が届いたのだ。

まさか、2日続けて贈り物が届くとは思いもせず、びっくりした。

日々、不自由な生活の中で、遠く離れたじじとばばのことを

気にかけていただき、申し訳なくもあり感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

その夜、じじがお礼の電話をしたら

たまたまAさんはご不在だったのか奥様が出られたそうで

Aさんと話すことは出来なかった。





人と人の繋がりっていいものですね。

じじが「東北の方って人情が厚いね」とよく言うが

顔も知らない人同士でも、お互いに思い合う気持ちがあれば

心はちゃんと伝わるんですよね。


いつかはAさんとお会いできる日が来るのかなぁ。。。。


喜界ミカン・カラス

2012年12月10日 21時20分12秒 | 日常生活

12月10日(月)晴れ時々曇

昨日、実家から取ってきた喜界ミカン。

美味しいぃ!

昨日、実家でももぎたてを何個も食べたけど

夕べから今日にかけ、食べる、食べる。

ばばにとって至福の時。。。。。

お店から買ってくるミカンに比べあっさりした甘み。

お店から買ってきたミカンは、いくら「ミカン星人」のばばでも

ある程度食べると「ご馳走様~~」するんだけど、

喜界ミカンはいくらでも食べてしまう。

自分があまり食べる物だから、同じようにじじにも食べて貰わなくては・・・と

じじにも盛んに勧めるが・・・・・

じじは「僕、そんなにミカン好きではない」って。

え~~~っ!

結婚、ン十年目にして初めて知ったよ~。

そんなじじも、昨日はミカンを収穫しながら

「20個くらいは食べたかなぁ・・・」って。

20個も食べられたら、それはミカン嫌いなんかじゃないよね。

20個と言っても、喜界ミカンは皮と実の間の隙間が大きくて?

実際食べられる部分はそんなに多くは無い。

もう、すっかり完熟していて、中がスカスカ状態のもいくつかあったけど

まだまだ充分食べられる。

食べていて気づいたけど、大きくて色の綺麗な物は

鳥に突かれている。

犯人はヒヨドリかメジロだな、きっと。

鳥が突いてあるミカンは、本当に味も甘くて濃い。

人間より、鳥の方が美味しいミカンの見分け方が上手いのかも知れない。

・・・なぁんて、鳥を褒めながら夕食後もミカンタップリいただきました~。

 

せっかく大量に収穫してきたんだから、娘達にも食べさせたいねということで

綺麗な物を選んで、長女に送った。

次女、3女にも送ってあげたいが、今日送った荷物が着くのが木曜日。

送った日を入れて4日もかかる。

仕事をしている次女、3女は上手く受け取れないかも知れない。

そしたら、箱の中でミカンが傷んでしまうおそれも大きいので

長女にだけ送ったが、もし三姉妹会でもあったら

一緒に食べられるのにね。

送った翌日に荷物が届いていた頃は良かったのになぁ・・・・・

 

甘いミカンを見つける鳥の能力は凄いと書いたけど・・・

鳥と言えば・・・昨日、実家に着いてすぐから

カラスがうるさく鳴いてとても気になった。

カラスは縁起が悪い鳥と言われていて、カラスが鳴くと

「誰かが亡くなる」とも小さい頃から聞いていた。

だから、カラスが屋上からばば達の方を向いて鳴いたり、

集落の方へ向いて鳴いたりしたので、不吉な予感が・・・・・

本当にばばの頭の上2,3メートルの所で鳴いていたの。

それも、ずぅっと鳴き続けて・・・・・

早くどこかへ行ってくれ~と祈りながら作業したのよ。

 

仕事に没頭しているうちにカラスの鳴き声も気にならなくなり

いつの間にかカラスの姿も無くなっていたけれど

 

今日の夕方、買い物に行ったら同級生とバッタリ。

黒い服が気になり、「お悔やみでもあったの?」と聞くと

「H叔母さんが亡くなって、お通夜行って来た」って言うの。

実家集落の叔母さんが昨日夕方亡くなられたんだって。

やっぱり・・・・と思った。

カラスが鳴いたのは偶然だったかも知れなかったけれど・・・・・

ばばの父が亡くなった時も、家の裏の方の上空を

カラスが舞いながらうるさいくらい鳴いていたんだって。

先輩が、カラスが海の方へ向かって鳴く時と

山の方へ向かって鳴く時とではそれぞれ意味があるんだとも話してくれたけど

詳しいことは忘れてしまった。

 

都会でもカラスがゴミ箱をあさったり色々人間に害を及ぼしていることは聞くし

島でも、同じようなことをしている。

1年ちょっと前くらいだったか?

異常なほどカラスが多かった。

不気味なほどだった。

 

最近、自宅周辺ではあまりカラスを見かけなくなり

鳴き声も聞かなくなった。

 

カラスも何か超能力があるのかなぁ・・・・


よく頑張りました!

2012年12月09日 22時09分32秒 | 日常生活

12月9日(日)曇り

(今日は、実家の庭の片付けに行かなくて良いから

もう少し眠ろうかなぁ)・・・と布団を引き上げかけて

ハッとした。

ゆっくり寝ている場合じゃないよ~。

実は・・夕べ実家の植木剪定をお願いしているH兄さんと電話で話したのだ。

H兄さんは既に2日、選定作業をして下さっているが

ばばと姉、今回は手伝いに行っていない。

両親宅のリフォームで大工さん・建具屋さん・電気屋さん

家具屋さんと入れ替わり立ち替わり、誰かが家に来るので

なかなか家を空けられないのだ。

でも、H兄さんからも「1日は何とか手伝って欲しい」と言われていたので

電話したら、今日(日曜日)はコンサートで都合が悪いけど

明日(月曜日)以降、作業に行く時は連絡するからと言われたのだ。

今日は、実家へは行かなくて良いとホッとしていたが、

急に考えを変え、H兄さんへの電話の後、姉に電話したのだ。

「どうせ、切った木の枝や雑草を裏の畑に運んだりするんだから

H兄さんがいなくても、明日少しやっておけば

後日、兄さんから連絡があった時、楽じゃない?

明日、じじには干潟で写真でも撮ってきて貰って

ふたりは作業をしない?」と。

自分から言い出しておいて、危うく約束を忘れるところだった!

慌てて起き出し、朝食の準備。

その後、卵焼きを作り、赤飯のおむすびや生姜の佃煮・

お汁代わりのカップ麺・ホットコーヒー・おやつを準備し

じじの支度を待って出発したのが9時少し過ぎ。

 

ばばの運転で実家へ行き、荷物を下ろし

じじは一旦干潟へ行き、お昼に戻って来て

昼食を一緒にと言うことで別行動。

 

実家の庭へ入って、ビックリ。

庭には、伐採した木の枝や雑草があちらこちらに積まれている。

見ただけで、気が遠くなりそう。

でも、何とか手を付けないことには事を進めることはできない。

前庭に積み上げた木の枝などを燃やしながら

他の場所の草などを集め、裏庭へ運んだり

木の枝と一緒に燃やしたり。

曇天気で、風もそんなに強くはないが庭で火を燃やすって恐い!

H兄さんか、じじが一緒にいたら良いんだけど・・・・・

水道からホースを引っ張ってきて、いつでも撒水できるように準備もした。

曇ってはいても乾燥しているらしく、勢いよく火は燃えさかり

ドキドキしながら・・・・・

燃やしても燃やしても、裏の畑へ運んでも運んでも

一向に木の枝や草は減らない。

 

延々とドキドキしながら無言で作業を続ける。

もうすぐお昼・・・・11時回ってから気づいた。

すぐ手の届くところにばばの大好きな「喜界ミカン」が

枝もたわわに熟している。

考えてみたら7時過ぎに朝食を済ませ、

それ以後水一滴飲んでいないではないか。

手の届く場所から次々とミカンをもいでエプロンのポケットに入れ

姉を呼んだ。

「お茶にしようよ~」

ミカンは、もう熟し過ぎているほどだったが、

それでも甘くて懐かしい味。

どんどんどんどん、まるで水でも飲んでいるかのような感覚で

次々にミカンを食べた。

「じじが来たら、いっぱい収穫して貰おうね」と姉と話しながら

又作業開始した。

 

お昼を回って、1時少し前になってじじも帰って来た。

ホシムクドリと普通のヘラサギの写真を何とか撮ったが

あまり良いのは無いかも・・・と言っていた。

 

さっき、ミカンをたくさん食べたにもかかわらず

お腹ぺこぺこのばば。

すぐ家の中に入り、カップ麺の準備をし昼食開始!

肉体労働の後のご飯の美味しいこと。

それに、自分が生まれ育った家で食べるご飯は特別。

幼い日のことなど色々思い出しながら、3人でお喋りしながら食べた。

 

昼食後は、又作業再開。

後は、小さな葉っぱや雑草までも手で掻き集めるようにして運んだ。

 

ばばと姉が作業をする間、じじはミカンの収穫。

最初は踏み台の上に乗って収穫していたが

最後は梯子を使って屋上に上がって収穫した。

ばばの父が作った背負いカゴの約2杯は穫れたと思う。

 

思った以上に作業が捗り、4時頃には一段落したので

ミカンやコーヒーでティータイム。

それから木の枝などを燃やした所に

「これでもか!」と言うくらい大量に水をかけ消火して

本日の作業、無事終了!

 

帰りがけにに魚屋さんにより、刺身を買うついでに、

収穫して来たミカンを「お福分け」し帰宅した。

 

姉が、朝我が家へ来た時に「カニ肉」を届けてくれていたので

姉にシャワーを使ってもらっている間にお味噌汁を作り

一緒に夕ご飯。

朝から晩まで、今日はよく働いた3人。

お疲れ様でした~。

 

H兄さんから連絡があり次第、明日か明後日は又実家へ行き

最後の剪定の片付けして来ます!