後半の主役 源九郎判官義経 >>
前回のつづき
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[PDF] 聖地巡礼ファイル #251 [HTMLバージョン]
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――だが、真名井神社の名は、ヘブライ語で「食物」を意味する「マナ(manna)」から来ているという説がある。 それによると、豊受の「ウケ」も、ウカノミタマの「ウカ」も、共に食物を表しているという。 日本語の古語で「マナ」といえば魚の意味だから、真名井は「食物の井戸」ともとれる。 旧約聖書には、古代ユダヤの「三種の神器(秘宝)」が出てくる。 キリスト教徒らが血眼で捜し求めている「失われたアーク(契約の箱)」の中にあったのは――
「まな板(俎板:真名板)の鯉」なんちゅうのも日本にはある
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http://www.geocities.jp/tikudenmura/bunko/sintowa.html
溢れる知識であるのか、長久なる叙事詩であるのかはご自由に判断下さいまし。
【2章】中ほどの『出っ歯で貧相な顔の、無類の女好きなくせに酒の嫌いな、背の低い小男』とは、もちろん顔のでっかいジャニーズ系ではない。
荒唐無稽な話として片付けられることは多いが、「正史」「史実」と言えども たかだか大本営発表であると思えば「伝承」と片付けるにはあまりにも惜しい。
源九郎判官義経(みなもとのくろうはんがんよしつね)とチンギス・ハンの似ているところは多々あると言ゐ、あるいはないと言ふ。つまりはよく分かってないのぢゃ。
義経 :(1159~1189)
幼くして 源氏の頭領である父 義朝を平家に殺され、母 常磐御前も捕えられる。常磐御前は平清盛にみそめられ、三人の子供達の命と引きかえに清盛の妾となり 一女を成す。
チンギス・ハン : 生まれ年は1155年・1162年・1167年と諸説。
幼少の頃 有力な一族の長であった父をタタール族に殺され路頭に迷う。やがて年若く結婚した妻のボルテをメルキト族に襲撃された際に略奪されてしまう。戻って来た後で生まれた長男のジュチは「メルキト野郎」などと言われたとか言われなかったとか。
微妙に似ていて微妙に似ていない この二人の英雄を結び付ける縁はあるのだろうか。時間的にも微妙に重なり合っているのが ほのぼのと嬉しい。
アレ!これって松井がメジャーで活躍してて嬉しいって言ってるのといっしょかな? マズイ!
明治 大正 昭和 平成という近代における それぞれの皇室内部や政権内部ですら、わずかに人づてに知るだけの 想像の範疇の遥か彼方におわすのでございます。
ゆえに兄 頼朝の恐怖政治の片棒を担いだ九郎義経が、相当に人のいい テムジンとかいう男の幼少の頃の記憶を横取りしていたとしても、いっこうに差し支えないと言うことでご了承いただければ幸いかと。
※ちなみにヘロデ紋とは皇室御用達『菊の御紋(十六弁菊花紋)』のことでございました。