今日も引き続き、小出楢重のお話。『小出楢重随筆集』の紹介です。彼は画家としての本分を努めながらも、一方で随分と文章を書きました。この随筆集は、生前に刊行された5冊の本のなかから芳賀徹さんが選び抜いたものを掲載しています。
そういえば、小出楢重に限らず、明治から昭和を駆け抜けた作家たちはよく文章を書いたものでした。いま私の頭のなかで思い浮かぶだけでも岸田劉生、中川一政、日本画の鏑木清方、陶芸の河井寛次郎、濱田庄司らの名前が浮かびます。プロではありませんが、版画家の川上澄生も詩や小説、技法書など全集が出るくらいよく書いた。岡本太郎も評論などをたくさん書いていますね。現役では、昨日のブログでも紹介した横尾忠則さんの本もよく見かけます。作家が文章を書くということはどういうことなのだろう…と考えてみましたが、これはおいそれと結論はでなくて、私の宿題です(笑)ただ、確かなことはペンを取る作家が意外に多いということ。
小出楢重の文章、特にエッセイはとにかくうまい。ユーモアとアイロニーが満ちていて、しかも話にオチもある(笑)小出がどんな小説を好んで読んでいたのかはわからないけれど、私は夏目漱石の『坊ちゃん』や『吾輩は猫である』あたりの文体をエッセイ風にすると、こういう内容の文章が書けるのではないかな、と思いました。きっと小出楢重は夏目漱石の小説を読んでいたに違いない、とまた根拠のない想像をしてみたりして。ちなみに小出と谷崎潤一郎とは関わりがあります。小出は谷崎の『蓼食う虫』の挿絵を手掛けていましたから。では、谷崎の文体の影響を受けている?とも考えてみましたが、谷崎の計算された文体とはどうも違うような気もする。
さて、私が学芸員の立場なら、ここで「油絵新技法」や「ガラス絵の話」を取り上げるべきなのでしょうが、せっかく文章の面白さを書いてきたところですから、面白いと思ったおススメのエッセイをひとつ。
それは…
「怪説絹布団」
これは小出が美術学校を卒業して、奈良へ風景写生へ出かけたときの背筋も凍るおはなし。しっかりオチもついています(笑)
例のごとく、話があちらこちらに飛んでしまいましたが、私のおススメのエッセイに限らず機会があればぜひ読んでみてください。
そういえば、小出楢重に限らず、明治から昭和を駆け抜けた作家たちはよく文章を書いたものでした。いま私の頭のなかで思い浮かぶだけでも岸田劉生、中川一政、日本画の鏑木清方、陶芸の河井寛次郎、濱田庄司らの名前が浮かびます。プロではありませんが、版画家の川上澄生も詩や小説、技法書など全集が出るくらいよく書いた。岡本太郎も評論などをたくさん書いていますね。現役では、昨日のブログでも紹介した横尾忠則さんの本もよく見かけます。作家が文章を書くということはどういうことなのだろう…と考えてみましたが、これはおいそれと結論はでなくて、私の宿題です(笑)ただ、確かなことはペンを取る作家が意外に多いということ。
小出楢重の文章、特にエッセイはとにかくうまい。ユーモアとアイロニーが満ちていて、しかも話にオチもある(笑)小出がどんな小説を好んで読んでいたのかはわからないけれど、私は夏目漱石の『坊ちゃん』や『吾輩は猫である』あたりの文体をエッセイ風にすると、こういう内容の文章が書けるのではないかな、と思いました。きっと小出楢重は夏目漱石の小説を読んでいたに違いない、とまた根拠のない想像をしてみたりして。ちなみに小出と谷崎潤一郎とは関わりがあります。小出は谷崎の『蓼食う虫』の挿絵を手掛けていましたから。では、谷崎の文体の影響を受けている?とも考えてみましたが、谷崎の計算された文体とはどうも違うような気もする。
さて、私が学芸員の立場なら、ここで「油絵新技法」や「ガラス絵の話」を取り上げるべきなのでしょうが、せっかく文章の面白さを書いてきたところですから、面白いと思ったおススメのエッセイをひとつ。
それは…
「怪説絹布団」
これは小出が美術学校を卒業して、奈良へ風景写生へ出かけたときの背筋も凍るおはなし。しっかりオチもついています(笑)
例のごとく、話があちらこちらに飛んでしまいましたが、私のおススメのエッセイに限らず機会があればぜひ読んでみてください。
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