学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

小出楢重《枯木のある風景》

2014-08-17 20:50:02 | その他
本棚にあった『小出楢重随筆集』(岩波文庫)を読んでいたら、久しぶりに小出楢重(1887-1931)の絵を見たくなり、図書館で画集を借りてきました。図版をペラペラとめくっていくと、気になる1点が。それが《枯木のある風景》です。

この作品は、自身のアトリエ南側から見た空き地を描いたとされます。手前側にごろごろした枯木の固まりがあり、遠景には阪神電鉄の架線がかかっているのが見えます。一見、なんの変哲もない絵。ところが、この絵には奇妙なことが…、それは、なんと架線に男性らしき人影が乗っているのです。ミステリアスですね。私が「気になる」と申し上げたのは、このことなのです。

謎を発したばかりですが、この人影の正体を申し上げましょう(笑)

図版の解説には、この奇妙な人影はたまたま架線を工事していた人夫の姿である、と書いてあります。なあんだ、と思われたでしょうか(笑) 事実を知らないと、何でもないことがとても奇妙に見えてしまう。人間は面白いものです。

さて、いつも余計なことばかり考えている私…。正体を知っても、どうも「気になる」。そこで自宅の本棚にある本の背表紙を眺めていたら、横尾忠則さんの展覧会図録『未完の横尾忠則』が目に止まりました。ああ、「気になる」原因はこれかなと。図録には画家アンリ・ルソーの作品をパロディにした横尾さんの作品群が載っており、まさにルソーの《マラコフ通り》(1908年)をパロディにした《消えた人々》(2006年)が《枯木のある風景》のシチュエーションとそっくり。というのは《消えた人々》は本来、往来を歩いていた人物たちを架線の上に乗せてしまうという作品なのです。私の頭の中に《消えた人々》を見た記憶があり、それが《枯木のある風景》の人影とひっかかっていたんですね。これで謎は無事に解決(笑)

《枯木のある風景》(1930年)は小出楢重の絶筆、つまり最期の作品です。それがゆえ、この作品のテーマが「生と死」を扱っている、とされることが多く、現に同年に描かれた《六月の郊外風景》の画面に満ちた不穏な雰囲気はまさに死を迎えつつある画家の心境が描かれているように感じます。そうした背景をふまえると《枯木のある風景》の架線上の人影は、余計に奇妙な印象を与えるのかもしれませんね。

ただ、この作品が晩年に描かれたものである、ということは解説を読まなければわからないことです。この作品を何の情報もないままに眺めると、人によってはとてもミステリアスに見えるし、面白味を感じる人もいるかもしれないし、私が感じたように別の絵を思い出したりもするわけですね。絵を見る、ということは改めて面白いものです。《枯木のある風景》を見て、ちょっとだけ絵の冒険に出かけた気持ちになった夏の休日でした。

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