学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

丸谷才一『初旅』を読む

2022-02-18 22:16:25 | 読書感想
私にとっては、20代前半のときに行った岡山・倉敷方面が初旅でした。路面電車、後楽園、岡山城、倉敷美観地区、倉敷民芸館、大原美術館などを楽しんだほか、鰈の煮つけ、鯛の茶漬けの味も忘れられない旅となりました。初めは見知らぬところへ行くことに不安はあったのだけれど、様々なところを歩くうちにだんだんと楽しくなり、気づけば不安が消えていました。今では大切な思い出のひとつとなっています。

丸谷才一の「初旅」は、記憶を無くした少年と、その彼を探しに行く少年による旅をテーマにした小説です。2人にとっての初旅は、私のように楽しいものではなく、記憶を無くした少年は飢えと疲れとだるさと不安に打ちひしがれ、もう一方の少年はいい加減な大人たちに振り回されてイライラが募る旅となります。記憶の無い少年の旅を読んでいくと思い出すのは、今から30年ほど前に「世にも奇妙な物語」というドラマがあり、深夜にサラリーマンが自宅に帰宅すると、何故か別な人の家になっていて、自分の帰るところがわからなくなるという話。ずいぶん怖かった覚えがありますが、この小説を読んだ時にそれと似たような感覚がありました。ただ、「初旅」では、そういう怖さを周りの大人たちの滑稽ぶりがカバーしていて、話がそれほど重たくならないところがうれしい。そして最後のオチも。

「女たちはたいてい、裾が地面とすれすれの、うしろが長く割れたコートを着てゐて、それは足の動きにつれて蝙蝠の翼のやうにひるがへる。」

70年代の新宿の街を闊歩する人たちの一場面を描写した表現。「蝙蝠の翼のやうに」という部分、その姿が目に見えるようで、とてもいいな、と思いました。対象への視点にうならせられた小説でもありました。


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