不定形な文字が空を這う路地裏

マジックの種は天国の片隅に





路面の亀裂に染み込んだ今朝の雨が、死せる魂のように空へ帰る頃、街角にはありふれたゴスペルが流れ、側溝には破り捨てられた誰かの診断書、飲み干されたBOSSの缶コーヒー、高いヒールで足首を挫いたらしい若い娘が、誰も訪れない公園に続く石段の二段目に座ってスマートフォンで誰かと話している、下品なイエローのスーツ、タイトなミニのスカートの奥の黒い下着が丸見えになっていて、昼飯帰りらしい土木作業員が見苦しい顔をしてその前を何度も通り過ぎている、廃品回収車のスピーカーが何処か遠くの方でお馴染みのコピーを繰り返している、雲行きはまだ不確かだけれどとりあえずはもう雨が降ることはなさそうだ、もちろんそんな認識の中には希望的観測というやつがナポリタンの上の粉チーズみたいにどっぷりとかかってはいるけれど
今年初めて耳にした蝉の声が小さくなっていくのと一緒に霞んで消えてしまいそうな嘘事じみた自分自身を余所事のように見つめている一日、心許ないものばかりが信じるに値するのだ、ねぇ、あれは本当のこと、あの蝉の鳴声は果たして本当のこと?教えてくれそうな見知らぬ誰かにそう尋ねることが出来たらどんなに気が楽だろう、すべては不確かなありのままで目の前を通り過ぎて行った、車の流れが途切れた僅かな時間に消えて行く雨を嗅いだ、思いもしなかった雨に濡れていた身体にはまだ降り続けていた、そんなあれこれが流れて行くのを眺めながらふと明方に見た夢のことを思い出す、不思議なほどに色の無い日常の中を生きていた、ああ、色、あの夢の中にあるはずだった色はいまどんな断層の中を彷徨っているのだろうか?それはあまり愉快な空想ではなかった、たとえそれが誰を傷つけるものでもなかったとしても
シアターの前で立ち止まって、上映中のポスターを長いこと眺めてみた、ポリス・アクション、ヒューマン・ドラマ、ゴースト・パニック、アニメーション…この中に例えばひとつくらい、絵に描いたようなマジックを秘めたものがあるだろうか?きっとそれはないだろうという気がした、映画がどうのこうのなんて講釈を垂れるつもりはまるでない、映画がどうのというよりはきっとこっちの問題なのだ、ポリス・アクション、ヒューマン・ドラマ、ゴースト・パニック、アニメーション、頭の中で繰り返しながらそこを離れた、転がり具合が気持ち良かった、気分とはまるで関係が無く、ちょうど何かの映画が終わって、シアターの入口は背伸びをするやつらでごった返していた、よう、ヒューマン・ビイング、少しは楽しかったかい、満足させてくれるものはスクリーンの中にあったかい、なるほどあんたは幸せだ、あんたはきっと幸せなんだろうさ
CDを売ってる店を覗いたらラモーンズが流れていた、ああそうか、逝っちまったもんな、ヒカゲが歌ってるのしか聞いたことなかったな、純粋なパンク・スピリッツってちょっと退屈なんだよ、遊んでくれない親みたいでさ、判るかいこういうの?イデーなんてない方がきっと幸せなんだろうな、パヴァロッティのベストが欲しかったけれど高かったので諦めた、電撃バップ、引き上げる頃だ、店を出ると喉の渇きを感じて、最初に目についた自動販売機でBOSSの缶コーヒーを買い、大きな公園のベンチに腰を下ろして時間をかけて飲み干した、最後の一滴を口の中に放り込んだ時、見上げた空は銀行員のような顔をしていた、空缶を捨てて帰る時が来たのだ。

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「詩」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事