不定形な文字が空を這う路地裏

いくつもの視線、捨てられた詩篇、真夜中のキッチンの音のないモノローグ








明かりの落ちた街路を歩くときに
くらがりに身を隠した
名も知らぬだれかの歌声を耳にするときに


目の潰れた犬が引っ掻くような声で鳴いた
脚がひとつだけの男が飛蝗のように跳ねる
去年の蝉の抜殻が風に揺れて誘うような音を立てる


鍵を削りながら気がふれた
末期のバセドウ病で眼球の飛び出た男が
口ずさんでいたアヴェ・マリアは
細い針のように飛んで開かない窓で兆弾していた


潰れた酒場のカウンターで
女が煙草を吹かしている
いちばん小さな明かりだけをつけて
人生を清算している
もう一度なにかが起こるなら
もうそんな風には思えない
口先だけで生きていけるなんて
子供のように信じることなど出来ない
換気扇を止めて
煙の中に消えていけたらいいのに

おれは餌のない糸をヘドロの河に垂らして
そうして生きているからには決して手に入れられないものを釣ろうとする
耳にさしたカナルフォンの中では
インダストリアル・ロックが流れている


虫を食べ過ぎて死んだ幼い娘の亡骸を抱いた母親は
ひどいことを言った姑を殺したばかりで
悲しみの極限でずっと笑っていた
娘が最後に食べたものの
脚がいくつか転がっている
そんな夜に限って
昼のように明るく
すべてのものは照らされるのだ


廃れた繁華街の終わりでは娼婦が客を取り
割れたシャッターの裏側に潜り込んで手っ取り早く済ませる
洗濯物が風に揺れて窓を叩くような音がしばらく続いて
この世で一番悲しい呻き声と共に終わる
コトが終われば二人は目を合わすこともない


天井の蛍光灯が
ほとんど死んでいる二十四時間営業のコインランドリーで
色褪せた服ばかりを洗う老人
雑誌も広げず
席を外すこともなく
回り続けるドラムを
ピンポン球のようなまなざしで見つめ続けている
ずっと見つめ続けている


たとえば特売の肉なんかに
ある夜きみが噛みつくとき
きみのたましいは負けたような気分を味わう
たたかうことなくありついた肉
安全に加工された
退化した顎でもなんなく噛み千切ることの出来る肉
それは連鎖しない


ブラウザでそれらしい言葉を検索にかければ
他人の死体なんていくらでも手に入る
イエロー・ホワイト・ブラックの異様な死様
毎晩だって眺めていられる
それが出来ている間は
生きているってコトだから
出来るかぎりアップにして
目の中を覗き込むのさ
白濁した眼球の自然的な色味は
高尚な詩よりもたくさんのことを教えてくれるぜ
目の中の色味を覗き込むんだ
本当は見たくてたまらないはずのものがその中には映っているのさ


死をくぐり
いくつもの死をくぐり
少しだけ居心地のいい場所に転がり出る
一日は自分自身の死体の山で
明日の腐臭を嗅ぎながら時計の針がひと回りする
薄明かり差し込む部屋でアラームが時を告げるとき
死と生の混濁したたましいは
目覚めを拒否するような重いまぶたを
開く


捨てられた詩篇は
読めなくなってから詩情となる
生きているあいだ
特別何も成しえなかった
人間の葬式の席で初めて気づくそいつの価値のように
出来るかぎりのものを残しておけ
覚悟があるのなら
目に留まるあらゆるものに
自分のやり方を書いておけ
おしゃべりの好きな詩人の筆は
ろくに汚れたこともないとしたものさ


街の外れに立っている薄暗いマンションは
マジでホーンテッドだって新聞配達をしてた友達が言ってた
生きてるやつより死んでるやつの数が多いって
配達を始めてから終わるまで少しも気が抜けないって
あんなところに住んでたら持ってかれるかもしれないって
あれはもう五年くらい前に聞いた話だったっけ
出来た当時は満杯だったあのマンション
いまじゃ巨大な建物の半分くらいは空き物件で
わざわざ違う街からやってきて飛び降りる連中がエントランスで列を作ってるってさ
死んだあとも


レバーを落として
それだけでともるガスコンロの火を
ただつけたり消したり繰り返す
小さな爆発と燃焼が
始まっては終り
始まっては終る
真夜中のキッチン
片隅での爆発
夜のリズムと眠りのリズムが
燃えていく
燃えていく
燃えていく
火が燃える理由を教えてくれ
閉ざされたこの空間で
指の先で生まれるこの火の理由のことを


黒く煤けたバスルームの炭化した人形
古いアニメーションのキャラクターだったもの
夢は炭に
夢は炭に
見る影もなくなって
そいつを愛した子供たちと
そいつを買い与えた親たちの運命と共に
二度と取り返せない幸福のことを
排水溝に癒着した眼球で夢見ている


こころは身体よりはやく先に終ることがあり
きみは過保護なタンパク源だ
おれは針のない釣り糸で
あいつは焼け焦げた人形だ
それはまるで歩く廃墟のようだ
今日は午前中は雨で午後は晴れていた
天気に左右される心情の人間はきっと
こんな天気なんてなければいいのに
いやいっそこころなんてなければいいのにと
そう
考えたことだろう
そういう人間のうちのあるものは
すごく高級なタワーマンションの一室で
毎日なにをするでもなく窓の外を見ていたりする
そこからの眺めは格別だって話だよ
でも
そいつは




なにも見ちゃいないんだ

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