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不定形な文字が空を這う路地裏

幻覚の蛙















縛られた記憶は
身体を自由にはしない
冷たい床の感触
フローリングの無機質
そばには蛙がいた
本当には居ない、小さな雨蛙
君は自由だ、とそいつは言った
「君は自由なんだ」
俺はこう答えた「だけど俺は鳴けない」
空を揺るがせるような鳴き声がない
「知ったこっちゃない」と喉をわずかに震わせながら蛙
知ったこっちゃない、君の鳴き声の種類なんか
何しに来た、と俺は答える、うんざりし始めている
俺はいつでもうんざりし始めてばかりいる、考えを放棄するから
その先に行くことがないだけのことだ
「縛られた記憶は 体を自由にはしないね」
と、いやな笑みを浮かべながら蛙が言った、俺の心を見透かしたようなフレーズだった、俺は心底腹を立てたが
蛙が相手とあっては何をどうしようとも思わなかった、いやな気分だ、と俺は思った
その場で消化できない感情は嫌な重力を持つのだ、だが
仕方がない
前もって覚悟を決められるだけマシというものだろうか
その通りだな、と俺は答えた、蛙の口調を少し真似ながら
呪縛ってやつは、と少し間をおいた後蛙は再び話し始めた
「呪縛ってやつは、我々の世界にもある」
「判るだろう、蛇に睨まれた…ってやつさ」
「俺のそばには蛇はいない」俺はぼんやりと呟いた「俺は蛇に睨まれたりはしない」
「すべては同じなんだよ」とため息をつきながら蛙は言った、たちの悪い子供に教育的な責任感から仕方なく協議を続けている、とでも言いたげな態度だった
「すべては同じなんだ、君には判らないだろう」
「形を変えているだけなんだ、種類としては同じことばかりなんだよ―この世界に命を持って生まれてきた限りはね」
どう答えればいいんだ?
どう答えろというようなことではないよ、蛙はすっかり諭すような口調になっていた、その語り口には多少ならずムカついたが、なぜかそれを断ち切ってはいけない気がして俺は黙ってあらぬほうを見ていた
「僕らの世界は確かに君たちの世界ほど難しい問題を抱えたりはしない」
「僕らは生きて死ぬだけだ、その成立ちに難しいものはあまりない」
「物事が複雑化すれば肥大化するものがある、それが何か判るか?…今までの話の中から君がそれを拾い上げることが出来るかな―?」
恐怖か、と俺は呟いた
「恐怖だろう」
蛙は軽く一声鳴いた「正解」
「君は詩とか…そういうものを書いたりするんだろう?」
「まぁね」
「それは恐怖から来るものだよ、君に詩を書かせてるものが我々にとっての蛇の目なんだ」
「―俺は詩を恐れているのか?」
「詩、そのものじゃない、君にそれを書かせているものが君の恐怖の原点さ」
俺はいつしか蛙の話振りに引き込まれていた、まやかしだと信じていたけれど、そう、何度も書いてきたように…リアルさなんてずっと薄れ続けるだけのものだ

俺の恐怖の原点、俺は首をすくめたまま考え込んだ、俺の恐怖の原点、それは言葉にするとしたらどういった言葉になるのだろう?「我々にとっての蛇の目」と幻覚の雨蛙は言った、複雑化しているんだよ、すべては複雑化しているんだ…複雑化しているから言葉にならないだけなのだろう、だけど蛙は言葉にした、俺は彼らの目に劣るのだろうか?それともそれは彼らが俺たちとは違う、異種であるからこそ見える事物について話しているのというだけのことかもしれない、俺は蛇の目の怖さを知らない、だけど蛇の目という感覚は確かに知っているような気がする、あいつらには本能がある、俺にはそれがあるのだろうか?蛇の目、複雑化…俺は右手の指でまぶたの上から目を揉んだ、自分の見ているものがどういった種類の景色なのかまったく理解できなかった、複雑化している、だけどそれを複雑にしているのは一体誰なんだ?幻覚の蛙と部屋の中で恐怖の正体について対話している俺ではないのか?どうして複雑にしなければならない?俺に鳴き声がないからなのか?俺の鳴き声、それこそが俺自身の詩ではないのだろうか?それとも複雑化されることは避けて通れないことなのか?身体の構造が蛙とは違うように、心情の構造も蛙とは違うものなのだろうか?俺はそのことを悔しいと思った、何故だろう?うまく説明することはできないけれども―俺が諭される側であり、やつが諭す側である理由、それは俺が複雑化されたものであり、やつが非常にシンプルな成り立ちをもったものだからだ、俺が人間で、やつが幻覚の蛙であるからなのだ…待てよ、何か変だ、何か…
「なぁ」
ふいに蛙が俺に話しかけた、まだいたのか、と俺はつい言ってしまった
「君は少しひどい口のきき方をするね」 「誤ったほうがいいのかな?」
どっちでもいい、と蛙は言った「そろそろ俺は行かなくちゃいけないんだ」
「もうすぐ雨が降る、俺は俺の成り立ちに従って雨に向かって鳴く」
「君が考え事をしてるおかげで最良の時を少し逃してしまった―でも、まだ間に合う、まだ」
「判ったよ、存分に存在してこい」
蛙は窓のサンに身を乗っけた、そして着地地点を定めるみたいにしばらくそこでじっとしていた
あ、そうそう
飛び降りんとする瞬間、急にこちらに向き直りこう言った
「君にとってはそれがシンプルであるということなんだよ、複雑化し、難解になることが」
じゃあ、と言って蛙はいずこかへ消えた、今俺の頭を支配しているのは少し別のことだった―幻覚の蛙がどうして蛇の目などを怖がらなくてはならないのだ?―シバラレタキオクハカラダヲジユウニハシナイヨ、とやつの声がこだました、俺はため息をついて読みかけの本に戻った


あいつも弱者なのだ、先天的に、本能に植えつけられた―




つまり、俺と同じさ

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