光源は視認することが出来なかった、辿ることが出来るほど確かな光ではなかった、黒焦げの夜は冷めた煤の臭いすら漂わせているようで、俺はそれを解き明かすことを選ばなかった、ただ道路標識のように朝が来るのを待っていただけだった、光はあるのだ、どこかしらに、いつも…ただそれが、俺にとって必要なものか、そうでないか、それだけの話だ―どれほどの時間が過ぎたのか判らなかった、いまこの時点で、自分が時間という概念を必要としているのか、それすらも、そうだ、俺はそもそも時計というものを認識していない、もちろん、感覚的にそれを利用することは出来る、だが、相容れない人間のように、それは俺という生体の奥深くまで侵入してくることはない、電車の切符と同じようなものだ、定められた役割のために使用され、取り換えられていくだけだ、ともかく…黒焦げの夜の中に居ると当然感じられるべきものがまるで感じられなかった、臭いか、あるいは他の要因によって、感覚が遮断されているように感じた、そんな夜はこれまでに経験したことがなかった、いや、はたしてそんなものを経験したことがあるものなど居るのだろうか、どこにも居ないように俺には思われた、それだけその夜は、異質なものとしてそこに居座っていたのだ、これはどこから来たのか、と俺は考えた、これはどこから来たのか、当然の疑問だ、でも回答は導き出すことは出来なかった、当然のことだ、ある意味で俺はまだこれを認識してはいない、やたら無遠慮に接近してきたくせに、どこか余所余所しいそれは、なにがしかのやんごとない事情でもって、接触せざるを得ないという態度をあからさまにしている人間のような空気をまとっていた、そんなものを漁っていくことになんの意味があるだろう?そんなことを突き詰めていったところでこの夜の正体を掴むことが出来るとは思えなかった、とはいえ他にすることもないというのが現状であって、とりあえず手当たり次第に思考を掻き回していく以外に俺のやるべきことはなかった、なにもしないで居たらそれこそ、ただの阿呆になってしまうから―「闇の中で考え事はするべきじゃない」と、スピリチュアルという言葉を食いものにしている自己開発本によくそんなことが書いてあるが、怯えるのも大概にしなよ、と思う、闇の中だってなんだって、思考はきちんと機能する、闇に左右されるような思考なり意思なら、それは闇のせいではない、そう思わないか?少なくとも俺にとっては、闇は考え事の邪魔にはならない、むしろ、より集中出来る環境であるという気がする…もちろん、こんなふうに、訳の判らない夜は論外だがね―俺はズボンのポケットを探ってみたが、そこには何も入っていなかった、ということは、そこは外ではないということだ、俺はおそらく自室にいて、おかしなものに取り巻かれているのだ、だけどこれは突発事故のようなもので、俺をどうこうしようというものではないような気がする、この暗がりにはどんな意思も感じることが出来ないからだ(遮断されていて感じることが出来ないのかもしれない)、例えて言うならこれは、部分的にしか思い出せない大切な出来事のようなものだ、例えて言うならこれは、夢の中でよく訪れる実存するのかどうかよく判らない街のようなものだ、つまりそこに存在という冠をかぶせようと試みたとき、どこか躊躇してしまうような心許なさがある、俺はどうしてこんなものについて考え込んでいるのか?いくら考えても上手い答えが見つかるわけもなかった、朝を待つしかないようだったが、どれだけ待てばそれがやって来るのかもよく判らなかった、俺は腰を下ろして、目を閉じた、このままうとうとしてもしか夢でも見ることが出来たとしたら、そこにはもう少し面白いものが隠れているかもしれない。
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