不定形な文字が空を這う路地裏

まだ、だれもみたことはない











あなたがわたしにかなしい場面をなげつけるように
わたしは少数のともだちの手をとって
はるかなうつくしい景色につれてゆこう
靴底はピアノソナタの砂をふみ
風は弦楽四重奏のようにしずかに吹くだろう


かたづけられたテーブルのすみには
白紙の便せんだけがおかれている
いちどはだれかがなにかを綴ろうとこころみたみたいに
たよりない表紙はおれてめくれている

そこになにかがあった

ふるい木枠の窓のむこう
軒先には蜂の巣
むらがって、さわがしく
乱暴なリズムがたえずくりひろげられる
それは地下鉄のホームととてもよくにているじゃないか


おしえられたうたをうたう子供なんてほんとはどこにもいない
だれだっていつも
じぶんだけのうたをうたっているじゃないか
音階も、和音も、ときには歌詞すらないような
そんなうたはいつまでもうたっていられたじゃないか?
うすい窓ガラスが振動している
それはけしてとどかないどこかへの
強がりのように感じられる

ねえ、また台風が来るって言ってる


たとえ緊急速報が適切な情報をむりやりポケットになげこんできたところで
わたしたちのだれもがほんとうの避難場所など知ることはない
みちばたで血まみれで死んだクラスメイトの制服は
たくさんのひとたちの部屋のハンガーでゆらゆらとゆれている
ほんとうはみんな、どこかでそんなおしまいをうらやんで


二十五時間ほどの不眠はどこかほっとするような残酷な幻覚をむかえいれて
ねえ、つぎはわたし、つぎはわたしと
必要以上に鋭利にとがれた刃物がまわってくるのをまっていた
いったいだれの喉笛を切り裂くつもりだったのだろう
午後のあいだずっとかんがえていたけれど
ざんねんながら思い出すことはできなかった


雨がふりだした瞬間にはいつだって
べつの世界がうかつに顔をのぞかせたような気がするものだ
レインコートの感触にうんざりしてうつむきながらも
いつかその世界が
わたしを飲み込んでくれないかと心待ちにしているおろかもの

退屈そうにしているあなた、ひとつだけおしえて
―朝はまだですか?


夜の荒野はみわたすかぎりの空虚で
どれだけ目をこらしてもだれもやってくることはない
わたしはそんな場所で、いつも
じぶんだけの音楽をくちずさんで朝をまっている



いっしょに、いこうよ

ほんとうの朝はとてもまぶしいんだってさ

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