日本橋町巡りシリーズ その9。今回は日本橋横山町。この町は今は繊維を扱う現金問屋や掛売り問屋が多く立ち並ぶ。横山町と馬喰町の間にある新道通り沿いに軒先まで商品が積まれるほどの混雑ぶりである。
日本橋から行くと小伝馬町との境のすぐ先にみずほ銀行横山町支店があり、その先が問屋街となっている。和服や洋服、帽子や靴、鞄などの小物を扱う店が軒を並べており、広い横山町大通りと馬喰町との境の新道の2本の通りの両側に広がり、素人お断りの現金問屋と洋服のサカゼン(本店)のような小売店、素人もOKの小規模な問屋と色々な種類の店が混在している。
残念ながらそれほどの繁盛はないが、大阪の船場ほど閉店した店舗は多くない。道を歩くと問屋街は浅草橋で終点となる。
江戸時代は関西方面に商品を売り捌く問屋が隣の馬喰町の宿屋に泊まり、色々と品物を選び、買っていく。こうした交易の増加に伴い、問屋も増加して、小間物屋、紙屋、煙草入屋、本屋(地本双紙問屋)が目立つ存在であったと言われている。
横山町の位置は日本橋地区の北東端で東が小伝馬町、北が馬喰町、南と西が東日本橋に囲まれる台形をしている。すぐ北には神田川、西には隅田川、川を渡ると両国と賑やかなばしょでであった。
町の名前の起源はよくわからないが、永禄2年の『小田原役帳』には石井某の知行として『5貫300文・江戸横山分』という記述があり、その頃からすでに一村落を成していたようである。
いま横山町は近隣に馬喰町駅(JR総武線)、馬喰横山駅(都営地下鉄新宿線)、東日本橋駅(都営浅草線)が通りかなり交通は至便でオフィスビルやマンションなどに転用されるものも増加し、古い部分と新しい部分が同居する町である。