放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

東日本大震災~The Life Eater34~

2011年08月03日 13時11分49秒 | 東日本大震災
 僕たちの施設で、すべての利用者の安否確認ができたのは、3月の下旬ころだった。
 仙台在住の利用者と保護者の把握だけなら、震災の翌週にはできていたのだが、塩竈市や多賀城市方面はずっとライフラインが絶たれたままだったので、どうにも連絡がつかなかったのだ。
 
 安否確認をしながら気になっていたことがある。利用者の心的ダメージだ。

 あの恐ろしい烈震のなか、身体の不自由な人はどのような心地で建物を見上げていたことだろう。施設の中で、僕たちは同じ烈震を体験したのだけれど、やはり身体が自由に動かせる者とそうでない者とでは恐ろしさの度合いが違う。四肢に障がいがある人は、机の下にもぐりこむこともままならない。判断のおぼつかない者は、烈震のなか唯ただ立ち尽くし、青ざめていた。駐車場にバスを出し、避難してからも、しつこく続く余震になすすべもなかった。
 
 あれから、みんなどうだったろう。夜は眠れただろうか。

 施設が再開してからも、長期欠席をとる人が多かった。なかには道路が破壊されて通えなかった人、避難所にしばらくいた人もいたが、深刻だったのは、余震の怖さから引きこもってしまった人。

 時間がたつにつれて、みんな少しずつ施設にもどってきたが、やはり様子がおかしい。
 物陰で涙ぐんでいるひと、つねに不機嫌で乱暴な言動が目立つひと、集団行動に応じずしゃがみこんでいるひと。

 そして、錯乱したままのひともいた。
 そのひとは、明らかに顔つきが依然と違い、ぎょろぎょろと周囲をみわたしていた。
 声をかけても返事をしない。そのうちソファにごろんと横になったきり動こうとしない。
 ところがだれもいなくなると、むくりと起き出して、冷蔵庫や戸棚に手を突っ込んであさっている。
 

 後ろから声をかけると、さっと立ち去り、またソファにごろんと横になる。
 そのうち、またそわそわして受話器を外したり、会議室のドアを開けたり、なにかしていかなくては間がもたない様子。
 それも部屋のものを持ち出したり、他人のものを取ったり・・・。
 いちいち監視していると、こっちまで参ってしまう。修羅の日々。
 
 家族もほとほと困っている様子。精神科を受診したが、安定剤をもらって帰ってきただけだという。

 以前はもっとしっかりした人だった。他人のものを取ることもない、困ったことがあっても順序だてて説明できる人だった。

 その当時を知っているだけに、現状には呆然としてしまう。
 
 時々、天井を向いて空中で何かを編んでいる。
 アハハと笑い、早口で独り言をいう。
 ジュースやコーヒーを間をおかずに飲み続ける。人のものまで飲む。

 精神的ダメージのある利用者さんのなかで、その人がいちばん状態が良くない。退行化している気配もある。
 
 早くこっちへ戻っておいで。みんなここだよ。

 「震災」はまだ続いている。
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