放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

岩手葉桜紀行(1)旅立ち

2015年05月18日 01時05分12秒 | あんなこと、こんなこと、やっちゃいました
 五月ともなれば、新緑はいよいよ色濃く萌え、空の鳥も高くすきとおった天の梯子のようなのです。
 乾いた風がそこらに漂う塵やため息のようなものまで一切空へと吹き上げてしまうものだから、どの通りもからっとしていて、陽あたりのよい石畳なんかまるで焼きたての小麦菓子のようです。そうして吹き上げられたわずかなものはみんないっぺんに白い層雲になってとおく岩手山の上へとのぼり、そのためにこの巨きな山はまるで笠をかむったようになります。

 そんなときは、向かいの姫神山はほっとしたように雲の笠を外すのです。
 じつに不思議なことですが、この二つの山はときどき一方が笠をかむると他方が外したりと、ぎこちない駆け引きを致すのです。
 まるで相手の気を引くかのようです。

 5月4日・火曜日。ぼくらは高速道路に乗っかって二つの山を見ていました。

 お話のはじまりは一枚の葉書でした。
 
 ある絵描きさんから頂いた案内状。そこにはご自身が幼少期を過ごした岩手町で展覧会を開催する旨が案内されていました。
 岩手県・・・。
 風鈴の音色のように清く、鬼剣舞のように激しく、山の巒気のように恐ろしい、けれど緑あふれる地。
 透明な時間を求めれば、そこには必ずあるという期待をさせてくれる聖地。
 五月の連休にどこへいくともなく過ごそうと考えていたのですが、心が騒いでどうにも収まらなくなってしまいました。
 僕の騒ぐ心を理解してくれたBELAちゃんがお宿を探し始めました。
 連休直前のことでした。お宿を取るのは容易なことではありません。それでもいいところを見つけてくれました。
 
 そうして5月4日。僕達は朝ごはんも食べずに車に乗り込んだのでした。
 ガラスの向こうに大きくひらけた天空は、まるでターコイズ石でみがいたように碧く澄みわたり、初夏らしい皐月晴れでした。
 その向こう、大地に巨大な根を張り立ち上がる巨木のような岩手山。その太い幹のような山の天辺にはすっぽりと笠がかかり、笠の下はやはり少し濃い影が出来ています。影の中に白くあるのは残雪でしょう。皐月の残雪は、山の標高の高さと、神秘性を物語っているのです。
 偉大なる岩手山がだんだん視野の左手に移ってゆくと、今度は遠くから端正な円錐形の美しい山が近づいてきます。
 姫神山です。お姫様の名があるとおり、すぅっと立つ上品な山です。
 
 このあたりは盛岡を過ぎて滝沢市または岩手町のあたりでしょうか。東北道はこのあと西へ大きく向きを変え、八幡平そして青森のほうへ行ってしまいます。そろそろ高速を降りなくてはなりません。

 国道4号線に入り、ゆるやかに森をぬけて盛岡大学のあるほうへと曲がります。方角が正しければ、僕達はいま北上しているはずです。このあたりは対面通行の国道で、周囲の木々も空を覆ってしまうほど近くに迫っています。
 白樺の若葉もまるで透きとおっていて、下草まで柔らかい陽が届いていました。森が濃い緑へと成長する直前の、ほんのひと時、初夏の風景。
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