遠野はどこを向いても雨だった。。
それは道路にしみわたり、ところどころに小さな池を作っていゆく。
遠野市立博物館へ向かう途中で、それは起きた。
通りにある古い木を伐った跡のあたりを通ったとき、突然足元が消えたのだ。
消えたというのは正確ではないかもしれない。多分、僕は濡れた敷石に足を滑らしたのだろう。身体が急に沈んだ。一瞬にして靴裏の摩擦係数がゼロになったのだ。とっさに後ろ手をついたようだ。かろうじて尻もちは免れたが、手首に強い衝撃が走った。
― やられた ―
その瞬間、上気した耳朶には激しい雨音が誰かの笑い声に聞こえた。
笑っていたのは河童だったかもしれない
遠野の河童は顔が赤いというが、見ているとしたらお堀の陰だろうか。
通る人々はみな怪訝そうな顔をして、けれども僕とは一度も目を合わせることなく足早に通り過ぎる。そりゃそうだ。無様すぎて声の掛けようがない。
ゆっくり立ち上がり傘を拾う。やっぱり右の手首が痛い。ひねった。
この後も、附馬牛まで行くのだが、やはり豪雨が邪魔してカッパ淵には行けなかった。
カッパ淵は、農村の中を流れる小川にあって、穏やかな日ならばきれいなせせらぎを眺めることができたかもしれない。
しかしどうも日が良すぎたらしい。
「良すぎ」とは、この世ならぬモノが大はしゃぎしているという意味だ。もしかしたら子どもとおんなじで嵐が好きなのかもしれない。鳥居のカラスにも騒がれずに出てこれるし、何よりもドサクサ紛れのイタズラするには格好の日だった。山の中で背後を音もなく行き逢うとか、人の足を掬うのなんて序の口で、嵐の日だからもっと手荒い歓迎が用意されていたのかもしれない。
あの日はモノや神々の開放日であった。とんだ幻想紀行である。
それは道路にしみわたり、ところどころに小さな池を作っていゆく。
遠野市立博物館へ向かう途中で、それは起きた。
通りにある古い木を伐った跡のあたりを通ったとき、突然足元が消えたのだ。
消えたというのは正確ではないかもしれない。多分、僕は濡れた敷石に足を滑らしたのだろう。身体が急に沈んだ。一瞬にして靴裏の摩擦係数がゼロになったのだ。とっさに後ろ手をついたようだ。かろうじて尻もちは免れたが、手首に強い衝撃が走った。
― やられた ―
その瞬間、上気した耳朶には激しい雨音が誰かの笑い声に聞こえた。
笑っていたのは河童だったかもしれない
遠野の河童は顔が赤いというが、見ているとしたらお堀の陰だろうか。
通る人々はみな怪訝そうな顔をして、けれども僕とは一度も目を合わせることなく足早に通り過ぎる。そりゃそうだ。無様すぎて声の掛けようがない。
ゆっくり立ち上がり傘を拾う。やっぱり右の手首が痛い。ひねった。
この後も、附馬牛まで行くのだが、やはり豪雨が邪魔してカッパ淵には行けなかった。
カッパ淵は、農村の中を流れる小川にあって、穏やかな日ならばきれいなせせらぎを眺めることができたかもしれない。
しかしどうも日が良すぎたらしい。
「良すぎ」とは、この世ならぬモノが大はしゃぎしているという意味だ。もしかしたら子どもとおんなじで嵐が好きなのかもしれない。鳥居のカラスにも騒がれずに出てこれるし、何よりもドサクサ紛れのイタズラするには格好の日だった。山の中で背後を音もなく行き逢うとか、人の足を掬うのなんて序の口で、嵐の日だからもっと手荒い歓迎が用意されていたのかもしれない。
あの日はモノや神々の開放日であった。とんだ幻想紀行である。