ヒーメロス通信


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朔太郎論「宗教の始まりと抒情詩の隆盛」小林稔個人詩誌「ヒーメロス32号」より一部紹介

2016年02月17日 | 連載エセー「自己への配慮と詩人像」からの

宗教の始まりと抒情詩の隆盛

 私は、本来、宗教の発生と詩や哲学の発生の場を同じくすると先述した。そのことを説明してみよう。仏教哲学者、井筒俊彦氏は「およそ存在する者はすべて無を契機として含んでおり、あらゆる存在者の根底には必ず無をひそんでいる」(『神秘哲学』)という。我われの経験世界で絶対的に有と言えるものはなく、無の絶壁上に懸けられた危うく脆い存在である。存在者の有は本質的に相対的存在であるということを「無の深淵」の不安として実存的に捉えられる。井筒氏は、「存在の無とは自己のうちなる無であるとともに、他者に対する無」でもあり、「すなわち全ての存在者は他者を否定することなしには自らの存在を確保できない罪深いものなのである」と指摘する。西暦紀元前七世紀から五世紀にまたがる「宇宙的痙攣」(ロマン・ロラン)の三百年は、文明が隆興と壊滅を繰り返す「万物流転」の時代であり、ギリシア民族の生活を根底からくつがえしたと言われる。ホメロス・ヘシオドスによる、光溢れるオリュンポスの芸術的神々の世界は、このような動乱の時代には、「なぜにこの世はかくまで不幸に充満し、重い軛を背負わなければならないのか」という切実な問題に神話が答えなければならず、人々の信頼に応えることができなくなった。「イオニア的考えによれば存在そのものがすでに「不義」なのだ」という。「他を否定し、他を限定し、また他によって否定され、限定され、かくて相互に罪を犯しつつ存在する」と井筒氏は解釈する。「一切のものは無に顚落し、その同じ瞬間にまた有に向って突き上げられながら、永遠にそれを自覚することなく永遠の交換(ヘラクレイトス)を繰り返す」が、人は忽然とその実相が開示される瞬間がきて、絶望の叫喚を発するとともに、落下する自己と万物を受け留める不思議な「愛の腕」(一者)に気がつく。すなわちこれが宗教の始まりであると井筒氏はいう。「宗教的懊悩とは相対的存在者が自己の相対性を自覚した結果、これを超脱しようとし、しかも流転の世界を越えることのできない苦悩であり、宗教的憧憬とは、それでもなお霊魂が永遠の世界を瞻望し、絶対者を尋求してこれに帰一しようとする切ない願いにほかならない」と井筒氏は説く。この「愛の腕」(一なるもの)とは、生命の源泉、あらゆる存在の太源、「存在」そのもの、宇宙的愛の主体としての「存在」あろうという。

 紀元前六世紀にイオニアに、「我の自覚」とともに抒情詩が生み出されたが、哲学者もまた「存在界の生滅成壊を主題として思索していた」。そこでは詩人も自然学者も区別はなかったし、宗教と哲学は同一であったと井筒氏は指摘する。先述したように、「存在の根源的悪」、絶対者に対する悪ではなく、個別相互間の「罪」であり「不義」に対する哀傷は、前六世紀のイオニアの精神的空気である。井筒氏は、抒情詩の時代から自然哲学に移行する中間地帯に「自然神秘主義」体験を置き、後のギリシア哲学の頂点を成したプラトンの哲学の深奥に横たわる神秘哲学と、そこから発展するアリストテレス、プロティノスの神秘哲学を、ソクラテス以前の自然神秘主義に求めようとするのであるが、その論考は別の章を必要とする。ここでは朔太郎の宗教に通底する罪の意識と詩作の根源とが一元的に抵触する場において、時代や場所を問わず、あるいは朔太郎がどれほど深く思索したか否かにかかわらず、生の儚さに向き合う時の普遍的な感情を解き明かしてみようとしただけに留める。

 朔太郎が、このような、人々の普遍的な感慨にどの程度抵触しえたのかは定かではないが、日本の来たるべき詩を、ミューズの故郷から西洋の詩に引き継がれたものと、我われの詩歌の源泉から引き継がれたものとの融合と考えられるのであるなら、粟津則雄氏が「詩語の問題」で言う、「実人生での「罪」と、想像力がはらむ「罪」とによって激しく動かされた朔太郎」という指摘が説得力をもって迫って来るのである。      次回(二)につづく。



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