ヒーメロス通信


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「シャルル・ドゴール空港」 小林稔詩集『蛇行するセーヌ』より

2016年01月21日 | 小林稔第6詩集『蛇行するセーヌ』

小林稔第六詩集『蛇行するセーヌ』以心社刊(旧天使舎)2003年12月31日刊行

シャルル・ド・ゴール空港       
 
小林稔


 空港のロビーに私はいた。友人が来るというのだ。その日は鉄道のス
トライキがあったのでバスで辿り着くことになった。手紙で知らされて
いた時刻に着地した飛行機から降りた乗客の群れに彼の姿はなかった。
三時間が過ぎても友人は現われない。
横浜の埠頭で私を見送った時の友人の顔が浮かんだ。甲板に出た私は、
彼がこれから向かうアルバイトに遅れはしないか気がかりであった。ひ
るがえる別れのテープに見え隠れしながらも、いつまでも桟橋に立って
いた。思いがけず船は大きく揺れて、ゆっくりとカーブを描いた。その
時である、突然に私の足がわなわなと震え出した。そして全身が震える
と、声を出して泣きたい気持ちを必死で抑えた。感情より先に身体が感
応してしまったのか。桟橋を駆け出し、市街の雑踏に突き進む友人の小
さな姿があった。哀しみが波紋のように輪を胸の奥に広げていく。気が
ついた時には、舟は青い海と空の境に向かって走り出していて、もうず
いぶんと沖に出ていた。

「別れ」という言葉のほんとうの意味を、このとき初めて私は体験した
のである。実家を去った日、窓から覗いた父の寂しげな横顔を、バスに
乗った私は見ていた。出発の日の朝、友人と宿泊した横浜のホテルから
電話をした。母の泣き崩れる声が電話線の闇の彼方から聴こえた。そし
て友人との別れ。この時の、彼らとの切断は、帰国後も縫い合わせるこ
とができないでいる。砕け散った破片の空白を何で埋めることができよ
うか。出発前の私に戻れないことと同じではないか。ショパンのエチュ
ード、作品十、三曲目に置かれた『 別れの曲』、その中間部の、執拗な
までの上下音の繰り返しは、時間の断層を噛み合わせては切断して、突
然の静寂が起こり、全てを忘却の淵に沈めていく。「告別」ならモーツア
ルトの『ハ短調の幻想曲K,475』が思い起される。この一気に私たちを
天上界に連れて行ってしまうモーツアルトと違って、ショパンはあくま
で私たちの足元に滑り込んでくるのだ。比喩としての現実に隠蔽された、
それゆえに現実からしか見出すことのできない、「別れ」という言葉の普
遍的な意味に、あの時の私の身体は応えたのではなかったか。

 空港からの帰りのバスにいた私は見知らぬ通りで降りた。通りから入
った小路をあてなく歩いて行くと、真っ直ぐ下に伸びた石の階段の入口
に立っていた。急ぎ足で降り続ければ、背中にのしかかっていた灰色の
空から遁れたような気になる。小さなカフェがあったが入らずに、大通
りをひたすら歩いた。ぽっかりと広がった胸の空洞に突風が突き抜けた。
私はいく度となく訪れたことがあるピガール広場に来ていた。クリシー
通りを歩いていると髭をつけたイスラム圏の男たちが眼に入った。いつ
もはどことなく下町の風情と繁華街の乱雑な情緒を見せてくれたこの界
隈も、この時は冷淡でよそよそしく思われ、私は沈鬱な気持ちに耐え、
歩き続けるしかなかった。

 詩を書く内的促しを突き止めなければならない。沈黙は詩人の死を告
げるものだ。オルフェのように、そこから這い上がらなければならない。
私を囲むこの世界は言わば偉大な死骸である。経験によってそれらに息
吹きを与えなければならない。自我の目覚めとともに、友を求める旅が
開始したのだ。その友を私は世界と呼ぶ。ナルシスの神話のように、わ
れを忘れるということと、われを呼び起こすということの二律背反に思
い煩っていたのかもしれない。欺きと絶望が交互に訪れた。友への希求
に呪縛されていた。東京で始めた友人との共同生活は苦闘の五年間であ
った。自己放棄と自己確立の両立は破綻した。詩を書く行為なしにはあ
りえないことであった。あの日旅立つ決意をした私のうしろ姿を彼はい
かなる想いで見送ったのであろうか。半身が捥がれたような痛みを覚え
ながらも、未知なる土地への想いで私の視線は前方に注がれていた。

 暮れなずむ通りの真ん中に『勝利の女神像』のシルエットが浮かび上
がった。パリよ、今は遠くから貴方を想う。蛇行するセーヌの羊水に二
艘の舟、すなわちサンルイ島とシテ島を懐妊し、人々の憎悪と歓喜、愚
行と悲哀に歴史を何百年も見てきた。瀕死の老婦人であるパリよ、あな
たはあなたよりも老いた子を妊んでローマもギリシアもアラビアも、血
管の放射状に広がる大通りと、そこから伸びた神経の大通りにそれらを
命名し、美を集約させた。旅の途上の五ヶ月をパリで過ごしてから、す
でに二十六年後の今、青春の一時期を送ったという思い出に終わらせた
くないパリが私の心をつかんで放さない。人生は悲惨だが、この現実の
ただなかに精神が開花するとしたら、なんという悦びであろうか。この
空気に触れると、感覚が皮膚から放たれ、瞳孔に捉えられた美に感応し
始めるような確かさがあった。旅の途上で私を魅了させたパリよ、生活
だ、孤独を知れ、あの鋪道の枯れた樹木のように不動の姿勢で忍耐せよ
と、あなたは私に手を差し伸べたのだ。

 なぜに、と問うことは、たとえば切断した足が痛むようなものだ。あ
の時、私に生を与えた未来への身を焦がれるような想いだけが、老いた
あなたの影像とともに今も甦るのだ。

 マダム・Dの屋根裏部屋に帰るために、友人を案じながら私はアンモ
ナイトの螺旋階段をよろけるようにして昇った。薄暗い通路を曲がり、
ドアのまえに立った。差し込んだ鍵をねじる力をなくしていた。



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