水の変成
小林 稔
立ち上がれ、
焔のように怒りをこめ、
眼球にめらめらと、
時間の流れに現われる物と理(ことわり)の幻影。
緞帳(どんちょう)はすでに降りて
始まりは終わりを吞みこむ蛇のように、
記憶は起源へ遠ざかると
無の無からあらゆる事象が流溢する。
しかもその一つひとつは区別なく
それぞれにすべてを封じこめて
かつての居場所に蕭然(しょうぜん)とある。
わたしの身体を滝は止めなく落ち、
笛の竹を割る音ともなく
胸を裂く弦楽の音ともなく
水の音が次第に声色へ変成する。
いくすじの戯れ、現われ、かつ消え
意思をつなぎながらかたちを整える
わたしのひらいた掌の上で。
呪文のように声を迸らせ眼前の扉を押すと
ひかり溢れる広い室内に置かれた椅子と円卓
古びた戸棚を支える漆喰の壁に吊るされた鏡がある。
おまえはここで世界に向けた眼差しと思考で
おまえ自身の年代記を著せよ、という声を聴く。
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