タペストリー 7
小林 稔
一
荒涼とした道に足跡を刻んでいく。行く先々で道は分岐し、世界の様相を示す
ような無数の罅割れが走る道を、青年のきみは絶えず移動する。そのようなき
みと状況を同じくする私は、その日すでに宿舎に着いていた。ガラス戸を押し
てかろうじて身を滑らせ、食堂の椅子に座り込んで、うなだれた顔を両手でお
おいテーブルに頭を押し付けて動かなくなった。きみを視線で追っていた私は、
生まれた土地を離れ、見知らぬ土地土地を彷徨いつづける幸運とも不運とも言
いえる宿命を背の荷物につめ、旅の日常を日々うしろに送り返すことで人生の
未明にいる私を思い描いていた。宿泊地での若者との別れを繰り返す度に、私
は未知なる他者との出逢いを求めていることが分かり始めていた。とつぜん顔
を起こしたきみの視線が私を捉えた。眼前の見知らぬ同国人の視線に戸惑いを
感じてきみは視線を散らし、なんとなく私に微笑んでみせた。
オクシデントを旅する私たちが、夏の終わりにアジアの国々を東へ抜け、日本
に辿ろうとすることは暗黙に了解された。互いに秘める知られざるものに魅惑
されながら知られざる土地を共に旅することができたらどんなに素晴らしいこ
とだろう。私たちは何に駆り立てられ、何を探りあてるため、異国から異国を
渡り歩くことになったのか。異国に自己を投擲し、これまで生きてきた互いの
時間のなかに同国人の覚めやらぬ意識を呼び起こすため、他者になり果てた私
の意識の深遠にまで触れて答えを見出せるに違いないと信じられて。
二
旅は終わったのか。否、生きるとは一歩先の未知なる時間に向けた旅なのだ。
私と他者とのこころの結合と解(ほぐ)れは終わることがない。個の宿命を授けられた
果てることのない孤独な存在者の夢は、言葉によって紡いでいくしかない。音
楽家の魂が譜面に残され、その楽曲を他者が奏で夢を蘇生させるように、言葉
によって詩人の魂は来るべき魂に継がれ生き永らえていくだろう。
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