ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

詩・「水の変成」小林稔――詩誌「ヒーメロス」26号2014年5月10日発行

2014年05月16日 | 「ヒーメロス」最新号の詩作品

水の変成

小林 稔

 

立ち上がれ、

焔のように怒りをこめ、

眼球にめらめらと、

時間の流れに現われる物と理(ことわり)の幻影。

 

緞帳(どんちょう)はすでに降りて

始まりは終わりを吞みこむ蛇のように、

記憶は起源へ遠ざかると

無の無からあらゆる事象が流溢する。

しかもその一つひとつは区別なく

それぞれにすべてを封じこめて

かつての居場所に蕭然(しょうぜん)とある。

わたしの身体を滝は止めなく落ち、

笛の竹を割る音ともなく

胸を裂く弦楽の音ともなく

水の音が次第に声色へ変成する。

いくすじの戯れ、現われ、かつ消え

意思をつなぎながらかたちを整える

わたしのひらいた掌の上で。

 

呪文のように声を迸らせ眼前の扉を押すと

ひかり溢れる広い室内に置かれた椅子と円卓

古びた戸棚を支える漆喰の壁に吊るされた鏡がある。

おまえはここで世界に向けた眼差しと思考で

おまえ自身の年代記を著せよ、という声を聴く。

 

copyright2014以心社

無断転載禁じます。



コメントを投稿