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ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

ボードレール『悪の花』から「夕暮れの諧調」訳詩・小林稔

2013年03月25日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「夕暮れの諧調」訳詩・小林稔

10 夕暮れの諧調 HARMONIE  DU  SOIR

 さあ、時は来た、茎のうえで奮えつつ、

それぞれの花が、吊り香炉さながら匂い立つ時。

音響と薫香は夕暮れの空気に溶け入る。

陰鬱なワルツよ、もの憂げな眩暈よ!

 

それぞれの花が、吊り香炉さながら匂い立つ。

悲嘆に暮れるこころのように、ヴィオロンの音色が揺れる、

陰鬱なワルツよ、もの憂げな眩暈よ! 

聖体仮安置所のように、空は悲しくも美しい。

 

悲嘆に暮れるこころのように、ヴィオロンの音色が揺れる、

広大で暗黒の虚無を憎む、優しいこころよ!

聖体仮安置所のように、空は悲しくも美しい。

太陽は凝固するおのれの血のなかで溺れた。

 

広大で暗黒の虚無を憎む、優しいこころは

ひかり眩い過去からすべての名残りを刈り込む。

太陽は凝固するおのれの血のなかで溺れた…。

きみの思い出は私のなかで、聖体盒のように輝いている!

 

 

copyright 2013 以心社 

無断転載禁じます。


ボードレール『悪の花』から「灯台」「あほうどり」訳詩・小林稔

2013年03月24日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「灯台」と「あほうどり」訳詩・小林稔

 

8 灯台 LES PHARES

 

ルーベンス、忘却の河、懶惰の園、

愛することかなわぬ若々しい肉の枕、

しかし、空に空気が海に海が溶け入るように、

生命は一刻も休むことなく流れ息づく。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ、深く暗い鏡、

可愛らしい天使たちが

彼らの国を閉ざす氷河や松林の陰に

優しい微笑を浮かべ、その姿を見せる。

 

レンブラント、ぶつぶつと不平溢れる悲壮な病院

飾られたのは大きな磔刑の像だけ、

涙に暮れた祈りは、汚物から放たれ、

そのなかを唐突に突き抜ける冬の陽射し。

 

ミケランジェロ、ヘラクレスたちがいる不明瞭な場所、

キリストたちに混じり合い、すくっと立ち上がり、

黄昏のなかで力あふれる亡霊たちが

指を伸ばしながら自らの屍衣を引き裂いている

 

拳闘家の怒り、半獣神の厚かましさ

無礼者たちの美を寄せ集めたおまえ、

傲慢さに充ちた鷹揚なこころ、虚弱な黄ばんだ男

ピュジェよ、徒刑囚たちの憂鬱な帝王。

 

ヴァトー、多くの著名な人たちが

この謝肉祭で蝶のように煌きながら彷徨い、

新鮮で軽やかな装飾を照らし出すシャンデリアは、

渦巻くこの舞踏会に狂気を注いでいる。

 

ゴヤ、未知の物たちであふれる悪夢。

サバト(魔女集会))の最中に焼かれる胎児たち、

鏡に対座する老女たちと、全裸の少女たち、

靴下を整えながら魔物たちを惑わすために。

 

ドラクロワ、堕天使がとり憑いた血の湖、

常緑樹の樅の森がその影を水面に落とし、

憂鬱な空のした、奇妙な吹奏楽隊は通過してゆく、

ヴェーバーのおし殺された溜息のように。

 

これらの呪い、これらの冒瀆、これらの嘆き

これらの法悦、これらの叫び、これらの涙、これらの讃歌は、

千の迷宮を潜りぬけて繰り返される、同じ一つの木霊にすぎない。

これぞ、死すべき人間のため、神から贈られた阿片。

 

これぞ、千の歩哨によって繰り返す一つの叫び、

千の拡声器で送られる指令。

これぞ、千の砦のうえを照らす灯台にすぎない、

深い森で道に迷う猟師の呼び声だ!

 

なぜなら、主よ、それは真により良き証ゆえに、

われらが自らの尊厳を自らに与えるという証、

時代は次々に廻り、われらの熱烈なむせび泣きは

やがて死に絶えることになるという証、そなたの永遠の岸辺で!

 

9 あほうどり L´ARBATOROS

 

船乗りたちは、しばしば気晴らしに

海の巨大な鳥、あほうどりを捕まえる。

この無気力な旅の相棒は

苦い潮流のうえを滑る船のあとについてくる。

 

船員たちが甲板のうえで身を横たえるとすぐに

不器用で、恥じらう、この青空の王者たちの

大きな白い翼を垂らしたみすぼらしい姿は

櫂が両側の海面に引きずる様子に似ている。

 

この翼持つ旅人の、なんとぶざまでだらしないこと!

先ほどはあれほど美しかったのに、今はなんと滑稽で醜いこと!

ある者はパイプで嘴を突きまわし、

ある者は足を引きずって、飛んでいた不具者の真似をする!

 

嵐のなかにも姿を見せ,射手をあざ笑う

雲の王者に「詩人」は似ている。

罵声が飛びかうさなか、地上に追い立てられ

巨大な翼も歩くたびにじゃまになるばかりだ。

 

copyright 2013 以心社

無断転載禁じます。


ボードレール『悪の花』から「読者へ」の訳詩・小林稔

2013年03月20日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「読者へ」の翻訳詩

小林稔

 

7 読者へ AU  LECTEUR

 

愚かさ、過誤、罪、吝嗇、それらは

われらの精神にどっぷり居座り、われらの身体を弄ぶ。

われらは愛すべき悔恨を養っているのだ、

乞食たちが蚤、虱を養い育てるように。

 

われらの罪は堅固で、悔悛はだらしない。

気前よく告白を支払ったつもりにでもなって

ぬかるんだ道を喜んで、もとのところに引き返す

すべての穢れを卑しい涙で洗い流せると信じて。

 

悪の枕辺で、魅入るわれらの精神を

いつまでも揺するのは、まさしく魔王トリスメジスト。

そして、われらの意志である豊富な金属は、

博学の化学者によって蒸発させられ、煙を立ち上げている。

 

そいつは「悪魔」だ、われらを引き寄せる糸を握るのは!

ぞっとするような物にわれらは魅惑を見つけ出し、

日々、われらは地獄の方へ一歩また一歩と、

悪臭放つ闇から闇を、怖れることなく墜ちてゆく。

 

昔の、虐げられた売春婦の乳房に

口づけし、齧りつく貧しい放蕩者のように

われらは秘密の快楽をゆきずりに盗みとる、

しなびたオレンジを力まかせに搾り取るように。

 

百万の蛔虫さながら、われらの脳髄のなかで

押されひしめく魔物の大群が騒ぎ立てる。

息をする度に、「死」は眼に見えぬ大河になって、

鈍い嘆きの音を立て、われらの肺のなかへ流れ落ちる。

 

強姦、毒薬、短刀、放火、それらの楽しい図柄を

われらの惨めな運命の画布にいまだ縫い取っていない

というのであれば、それはわれらの魂が

ああ! 大胆さをまだ十分に持っていなからだ。

 

とはいえ、金狼、豹、牝狼

猿、蠍、禿鷹、蛇、それらのなかで

鋭い声で鳴き、吠え、唸り、這い廻る、

われらの悪徳という卑劣な動物園のなかにいる、

 

いっそう醜く、いっそう邪悪で、いっそう胸糞悪い者が一匹いる!

大きな身振りも、大きな叫びも立てないが、

好んで大地を廃墟にするであろう奴、

ひと欠伸しただけで、この世を呑み込んでしまうそいつ、

 

それが「倦怠」というものだ! 心ならずも涙に覆われた眼をして、

そいつは水パイプを燻(くゆ)らせながら、死刑台の夢を夢見ている。

読者であるきみよ、知っているかい、この繊細な怪物を。

――偽善者の読者よ、――私の同類よ、――私の兄弟よ!


ボードレール『悪の花』から「人間と海」と「美」の訳詩・小林稔

2013年03月19日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「人間と海」と「美」の訳詩・小林稔

 

5 人間と海

 

自由なる人間よ、いつもおまえは海をいとおしむだろう!

海はおまえの鏡。波が終わりなく巻き返えすうねりのなか

おまえはそこに映る自分の魂をじっと見つめる。

おまえの精神も海に劣らずにがい深淵だ。

 

おまえは自分の影像のなかに好んで身を投げる。

両の眼と両の腕でそれを抱く、おまえのこころは

ときおりおまえとおまえのざわめきから気を逸らす

手に負えぬ獰猛なこのうめき声の方へ。

 

おまえたち、海とおまえは、どちらも陰険で慎み深い。

人間よ、おまえの深淵の底を測った者はいない。

おお、海よ、おまえの奥底の富を知る者はいない。

それほどにおまえたちは秘密を守ることに執着している!

 

しかし、おまえは数え切れぬ世紀を通して、

憐憫ももたず悔いもせずひたすら闘いつづける、

じつにおまえたちは、殺戮も死をも愛するものたちだ。

おお、永遠の闘技者たちよ、おお、執念深い兄弟たちよ!

 

 

6 美 LA BEAUTÉ

 

私は美しい、おお 死すべきものたちよ! 石の夢のように

それぞれの人たちがつぎつぎに負傷した私の胸は

詩人に霊感を与えるためにつくられたのだ、

題材(マチエール)として、永遠で無言なる愛のために。

 

私は空の青のなかで君臨する、謎多いスフィンクスのように

私は雪のこころを白鳥の白に結びつける、

線を動かす運動を忌み嫌う私ゆえに

絶対にしない泣くことは、絶対にしない笑うことは。

 

私の堂々とした態度、さらに誇り高き記念建造物から

借り受けたように見える態度をまえにして

詩人たちは、厳しい修練に日々を消費するだろう。

 

なぜなら、私は従順なる恋人たちを幻惑するため

すべての物をもっと美しく写す澄んだ鏡を私は所有する、

それは私の両の眼、永遠の光を仕留める大きな両の眼だ!

 


ボードレール『悪の花』から「敵」と「不運」の訳詩・小林稔

2013年03月17日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「敵」と「不運」の訳詩・小林稔

 

3 敵 L´ENNEMI

 私の青春は暗黒の嵐であった

眩い陽射しはときに通り過ぎたが。

雷鳴と雨がひどい荒廃をもたらした後、

私の庭には、わずかな赤い果実が残るだけ。

 

私は思想の秋に触れた

今となってはシャベルと熊手を手に取って

水びたしの地を新しく開墾しなければならぬとは

雨水が墓のように深く大きな穴を抉ったところに。

 

誰が知ろう、私の夢想する新しい花々が

それらに力を与える神秘な糧を見つけ出せるかどうか

砂浜のように洗い出されたこの土壌のなかに。

 

――おお、苦痛よ! おお、苦痛よ!

「時」が命を喰らうのだ。見えない「敵」が心臓に齧りつき

われらから奪った血で身を肥やし、強靭になるのだ!

 

4 不運 LE GUIGNON

 こんなにも重い荷を持ち上げるために

シーシュフォスよ、並々ならぬ勇気がいるだろう!

仕事に打ち込む根気はあるとはいえ

「芸術」は長く「時」は短い。

 

名高い墓所から遠ざかり

人里離れた共同墓地へと

音のこもった太鼓のように、私の心臓は

葬送行進曲を打ち鳴らしながら進みゆく。

 

――あまたの宝石は埋もれて眠る

暗闇と忘却のなかで

鶴嘴と測鉛からずっとはなれて。

 

あまたの花は心ならずも滲み出す

秘密のようなその甘い香りを

かぎりなく深い孤独の内奥のなかで。

 

BAUDELAIRE [ les Fleurs du Ma ] Edition DE A.ADAMl

GARNIER FRERES 1961

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