大阪東教会礼拝説教ブログ

~日本基督教団大阪東教会の説教を掲載しています~

使徒言行録第16章6から10節

2020-12-27 13:50:03 | 使徒言行録

2020年12月27日大阪東教会主日礼拝説教「出発」吉浦玲子

【聖書】

さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。

【説教】

<神のご計画が優先される>

 パウロたちは宣教の旅を続けていました。熱心にキリストを証し、福音を宣べ伝えていました。しかし、不思議なことに「アジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられた」とあります。御言葉を語ることはけっして悪いことではありません。しかし、聖霊が禁じたのです。具体的にどういうことが起こったのかはよくわかりません。迫害やら困窮といったことであればパウロはひるまず宣教を続けたと思います。聖霊から禁じられたとパウロが判断せざるを得ない形で神が彼らの宣教にストップをかけられたのです。

 6節に「フリギア・ガラテア地方を通って」とあり、ここにガラテアという地名が見えます。ガラテアの信徒への手紙の中に「知ってのとおり、この前わたしは、体が弱くなったことがきっかけで、あなたがたに福音を告げ知らせました。そして、わたしの身には、あなたがたにとって試練ともなるようなことがあったのに、さげすんだり、忌み嫌ったりせず、かえって、わたしを神の使いであるかのように、また、キリスト・イエスででもあるかのように、受け入れてくれました」という言葉があります。つまりガラテアでパウロは病気になったということがわかります。おそらく病気になってガラテアにとどまらざるを得ない状況となり、そこで福音を告げ知らせたようです。しかし、その病は「さげずんだり、忌み嫌ったり」されるような類の病であったようです。このガラテアの信徒への手紙に記されている出来事が、使徒言行録の今日の聖書箇所と関わりのあることなのかは断定はできません。しかし、この時期、パウロにとってはどうしようもない挫折と感じざるを得ない出来事を神がなさったということは事実のようです。

 さらにビティニア州に入ろうとしたが「イエスの霊がそれを許さなかった」とあります。「イエスの霊」は聖霊と同じことです。ここでも、神がお許しにならなかったのです。パウロは途方に暮れたことでしょう。やろうとしていたことが次々とうまくいかないのです。「聖霊に禁じられた」ということも「イエスの霊がそれを許さなかった」ということも、パウロにとっては、かなり厳しい事態です。先ほども言いましたように、パウロたちはけっして悪いことをしようとしていたわけではありません。それなのに神にストップをかけられてしまったのです。

 しかし、今日の聖書箇所を最後まで読むと、神がパウロたちをヨーロッパへと導くご計画を持っておられ、導いておられたことが分かります。パウロたちはもともと小アジアのなかの中心都市をめざして宣教していたのですが、結局、トロアスというアジア州の最西端の海沿いの町にいかざるをえなくなりました。そこで幻に現れたマケドニア人から「マケドニア州に渡って来て、助けてください」と懇願されます。つまり、現在のギリシャ、ヨーロッパへ向かって進めということが示されたのです。

 あとから考えると、「なるほどあの時うまくいかなかったのは、神様の別の計画があったからだ」と分かることがあります。しかし、うまくいかないことが度重なるとき、その渦中にあるときは、混乱して、深く悩みます。パウロが、ガラテアの信徒への手紙にあるように、もし人からさげずまれるような病気をしていたとしたら、余計、彼の苦しみは深かったことでしょう。

 一方で、クリスチャンは、「神のご計画」とか「神の御心」ということを言います。しかし、実際、人間が神のご計画に従うこと、神の御心を受け入れていくことは、簡単なことばかりではありません。<私は自分の命だって神にすべてお委ねしています>と思っていたとしても、自分の命以上に大事なものを差し出しなさいと神がおっしゃることもあります。旧約聖書の創世記で、愛する息子を焼き尽くす捧げものとして捧げよと言われたアブラハムもそうでした。パウロ自身は何度も命を狙われ、実際リストラでは半死半生の目にあいました。パウロは自分の命を神に捧げて歩んできました。しかしなお、神はその壮大なご計画の中で、さらにご自身へのへりくだりを求められたと考えられます。パウロのプランをすべて反故にし、ご自身のまったく新しいご計画を示されたのです。

<御心を知るプロセス>

 そして神の御心を知るということについて今日の聖書箇所で知らされるのは、段階を踏む場合があるということです。使徒言行録の9章によると、パウロはかつてダマスコ途上で復活のキリストと出会いました。いきなり光に包まれ、地面に叩きつけられました。そしてキリストの声を聞きました。それは決定的なことでした。このように劇的に、神と出会うこともあります。御心を知ることもあります。このように比較的短期間で神の御心を知り、それに従うことができる場合もあります。

 しかし、一方で、今日の聖書箇所のように、フリギア・ガラテア地方を通り、ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州には入れず、トロアスまで行くというように、なかなか御心がわからず道に迷うこともあります。ある意味、トロアスという西の果ての町まで行って、ようやく神は御心を示されたともいえます。こういうことは私たちの人生にもあります。トロアスまで行く前に、なぜガラテアあたりで示されなかったのか、せめてビティニア州に行く前に示してくださったら良かったのに、とも思います。トロアスはアジア州の最西端、西の端だと申し上げました。エーゲ海に面したところでした。西の果ての海に面したところというと、自分自身が九州の最西端の町の出身なので、どこかわびしい港町のイメージがあります。

 ちょうど8年前の12月、私はまさにその西の果ての港町、長崎県の佐世保にいました。認知症だった母はその町のグループホームにお世話になっていました。会社員生活最後の出張先が博多で、博多に行く前に長崎の母のところを訪問したのです。午後に行ったのですが、母は「あんた晩御飯はどがんすっと」と聞くのです。「今日はこれから博多に行って博多で食べる」と私は答えるのですが、三分ぐらいしたらまた「あんた晩御飯はどがんすっと」と聞いて来るのです。何回も何回も同じ会話をしたあと、母に別れを告げて博多に向かいました。その時は、それが母との最後の会話になるとは思いませんでした。その12月いっぱいで私は会社を退職し、その1か月半の後に母は天に召され、私は伝道者としての歩みを始めました。自分の新しい出発は、あの冬の佐世保の暗い港のイメージと重なっています。あれが自分にとってのトロアスだったと思います。

 聖書に出てくるトロアスは実際はどんな町だったのかはよく分かりません。エーゲ海沿いなので明るい海が見える町だったかもしれません。しかし、パウロ自身がどんどんと西に追いやられていっているという追い詰められた心理状態であったことはたしかでしょう。このように、なぜかは分からないけれど、自分の思惑からどんどんと離れていく状況の中で、ようやく知らされる御心というものがあります。トロアスまで行かないと分からない、示されないこともあるのです。しかし、逆にトロアスまで来たゆえに、いざ御心が示された時、すぐに「確信するに至った」のです。そしてすぐに彼らは出発したのです。上からどんと光がやってくるような御心の示され方ではなく、さまざまな道を遠回りのように歩んだ末に、西の果ての町まで来た時、ようやく御心の確信が与えられる、そのような信仰の歩みもあります。

 コロナのためにすべてのことが様変わりしたこの2020年は、ある意味、アジア州の中心を目指しながら、どんどんと西へと向かっていたようなものかもしれません。私たちはどこまで行けばよいのか、現時点では分かりません。どこがトロアスなのかまだまったく分かりません。しかし、神は必ず御心を示してくださいます。ですから、私たちは仮に思うようにはならない日々であったとしても、安心して、生きていきます。実際、今日の聖書箇所には記されていませんが、トロアスまでの旅の中でも、先ほど申しましたようにガラテアなど、いくつかの教会が開拓されたようです。思うようにはならない中でも神の恵みは与えられるのです。そしてまた私たちはもうこれから先はない、という西の果てのトロアスまで来た時はじめて御心を知る者でもあります。人間的に言えば、退路を断つということでもありますが、断ってくださるお方は神ご自身です。神によって、方向が決められ、人間自身の中の余計なものを削ぎ落とされ、人間は謙遜な者とされます。そして新しく出発する、船出する者とされます。

<人間を越える神のスケール>

 さて、パウロが見た幻にはマケドニア人が出てきました。ここからパウロはヨーロッパに足を踏み入れることになります。キリスト教にとって大きな転換点を迎えた場面です。実際のところ、パウロに先行してヨーロッパにもすでにキリスト教徒はいたようです。しかし、パウロという大神学者がヨーロッパで本格的に宣教を行うということはたいへん大きなことでした。パウロは最終的にローマにまで行きます。皇帝ネロの厳しい迫害の時代、ローマの信仰者を導きました。それは、のちにキリスト教がローマの国教となり、ヨーロッパ全土に広がっていく礎となりました。

 しかしまたそれは、パウロの企てたことではありませんでした。今日の聖書箇所の場面でマケドニアに足を踏み入れるまで、パウロの頭にはヨーロッパはありませんでした。神のご計画はパウロという優秀な大伝道者の宣教計画をはるかに飛び越え、もっともっと大きなスケールで進んでいたのです。

 ところで、実はこのマケドニア人は、この使徒言行録の著者であるルカ自身ではないかという説があります。それが正しいのかどうかはわかりません。しかし、これからあとの使徒言行録の文章の雰囲気がかなり変わっていると言われます。おそらくこのあたりから、パウロたちの一行にルカが同行したのではないかと考えられています。次週の聖書箇所になりますが、そこから文章の主語が「わたしたち」になるのです。つまり著者であるルカが主語の中に含まれていると考えられるのです。ギリシャ人である、つまりマケドニア人であるルカはこれからのパウロの宣教の大きな力になったと思われます。さらにルカは医者であったと言われます。最初に申しましたように、パウロがこの旅行の途上で病気であったかどうかははっきりとは分かりませんが、少なくとも、パウロはのちに「身のとげ」と自分で表現をしている病を得たのはたしかです。そんなパウロに医者でありヨーロッパ人であるルカが与えられたのは神の恵みであったといえます。

 そもそもこの旅の最初には、マルコと呼ばれるヨハネを旅に連れて行くかどうかでバルナバと争い、結局、物別れとなってしまったという出来事がありました。それまでずっと一緒に宣教をしてきたバルナバとの別れはパウロにとって辛いことであったでしょう。さらに追い打ちをかけるように、その後の宣教計画の度重なる挫折がありました。しかし神は、それらすべてを補って余りある恵みをパウロに与えられました。神は壮大なスケールでご自身のご計画を進められます。しかしまた同時に一人一人に細心の配慮をなさいます。ですから神のご計画の内にあるとき、私たちも大胆に歩めます。

 2021年がどのような年になるか誰にもわかりません。しかし、すべては神の御手の内にあります。神の細心の配慮のうちにあります。ですから私たちは恐れることなく歩んでいきます。トロアスは西の果ての町でした。行き止まりのような町でした。しかし、神が旅立たせてくださったマケドニアからみたら、当たり前のことですが、トロアスは東に位置します。神によって旅立たせていただくとき、気がつくと、行き止まりと思っていた先の道が拓けているのです。もうこれでおしまいとばかり思っていた場所が、もっと大きな世界への入り口であったことに気がつくのです。私たちは、今、新しい大きな世界の入口に立っています。旅立たせてくださるのは神です。2021年、神に従って大胆に歩み出します。

 

  

 


イザヤ書第40章1~2節

2020-12-20 16:19:50 | イザヤ書

202012月20日大阪東教会主日礼拝説教「涙がぬぐわれる時」吉浦玲子 

【聖書】 

イザヤ書 40章 1~2節 

慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる。 

エルサレムの心に語りかけ/彼女に呼びかけよ/苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを/主の御手から受けた、と。 

 

ヨハネの黙示録21章1~4節 

わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。更にわたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」 

 

 

【説教】 

<安売りのグラス> 

 「慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる」 

 国が滅び、遠くバビロンの地に捕囚として連れ去られた人々に預言者イザヤを通して神は語られました。紀元前6世紀のイスラエルの人々に語りかけられた神は、今日も私たちに語りかけておられます。神は慰めてくださるお方なのです。2000年前、慰め主、慰めの主として、慰めてくださる神としてキリストはこの世界にお越しになりました。それがクリスマスの出来事でした。国が滅び、絶望の深い沼のようなところであえいていたイスラエルの人々にも、2020年の現代を生きる私たちにも、この言葉は語られています。 

 しかし改めてお聞きします。あなたは慰めが必要ですか? 

 新型コロナのために困窮している飲食関係者をはじめ事業主にとっては、慰めよりなにより現実的な支援が欲しいでしょう。すべてが変わってしまった日常の中で、ストレスを溜め込み、うつうつと過ごす人々には、以前のような人との交わりや活動が必要でしょう。病の人には癒しを、医療関係者には長期的な展望と早急な人的物質的政策が必要です。では、コロナの禍が去り、すべてが元通りになった時、人びとには慰めは要らないのでしょうか? 

 紀元前6世紀、預言者イザヤを通して神が語りかけられた時、滅んでいた国はのちに再興されました。紀元1世紀、新約聖書の時代、主イエスがお越しなった時代のエルサレムには立派な神殿がたち、ローマの支配下ではありましたが、人々はそれなりの自由を得て生きていました。主イエスの出身地であるガリラヤは自然豊かで、野には美しく花が咲き、湖では魚が獲れ、貧しいながらも人々はつつましく暮らしていました。その新約聖書の時代、主イエスの時代の人々は慰めを必要としていたでしょうか? 

 私自身を振り返りますと、40代になるまで慰めを必要としてはいなかったと思います。さまざまな苦しみや試練はありましたが、自分で乗り越えなければと思っていました。実際は、もちろん乗り越えられず諦めてしまったこと挫折したことも多々ありましたが、そういったことは自分の責任だ、自分の力不足だ、あるいは運が悪かったと納得して生きてきました。 

 しかし、生きていけば生きていくほど、気づかざるを得ませんでした。自分の醜さ、弱さ、みじめさと向き合わざるを得ませんでした。当時は罪という言葉は法律的な犯罪としての罪しか知りませんでした。しかし、自分の中にどうしようもない救いようのないものがあることはぼんやりと感じていました。こういう短歌があります。 

「明るいところへ出れば傷ばかり安売りのグラスと父といふ男と 辰巳泰子」   

 俵万智さんが脚光浴びた二年ほどあとに歌壇デビューした女性歌人の歌です。大阪の十三出身の歌人で俵さんより年下でしたが、陰りのある重厚な短歌を作る人でした。私は同じ短歌結社に属していましたので、その才能には息を飲みました。当時、二十歳そこそこでしたが、美貌で、発言にも迫力のある歌人でした。父親を安売りのグラスのように、明るいところで見たら傷ばかりだと揶揄するような歌は、当時、彼女が若かったゆえ作れたとも言えます。お父さんは十三でかまぼこ屋をしていらしたようです。なんだかお父さんがかわいそうにも思えます。やがて歳月が流れ、明るいところでは安売りのグラスのように傷ばかり、この歌を思い出す時、むしろ、これは自分に向かって言われているように感じるようになりました。明るい光の中できらきら輝くのではなく、むしろ傷ばかりが目立ってしまう。普段はそれなりに取り繕っていても、明るいところに出たら、ぼろがでてしまう。そんなふがいない自分と向き合わざるをえない、辰巳さんのお父さんと自分が重なってしまうのです。そして人には隠していてもみじめな傷は年年歳歳増えていくのです。しかし、まあそれが歳を取っていくということかと、なんだか分かったような気にもなっていました。 

 私が、そんな安売りのグラスのような、ちまちました傷ばかりのような自分に対して、初めて慰めの言葉を聞いたのは教会においてでした。この世のお日様の光に透かしてみればたしかに傷ばかりかもしれない、でも神の光に透かして見る時、それは違った様相を呈するのだということを知りました。神の光に照らされる時、ちまちました傷どころではない、もっと醜い罪の傷やひどく欠けたところが見えてくるのです。しかしまた、同じ神の光によって、その傷が癒され、欠けたところが修復されていくのです。神の光によって癒され回復され、そのことで深く慰められる自分がありました。 

<要塞を作ってくださるお方> 

 ところで、クルースターという神学者はこの慰めという言葉には「要塞化」という意味もあると著書の中で語っています。つまり苦しみの中にあるとき、難攻不落の要塞を作ってくださり、そのなかで神が守ってくださる、それが慰めだというのです。また、クルースターはルターの有名な讃美歌267番「神はわがやぐら」の<やぐら>という言葉は「慰め」の意味を持っているといいます。ですから「慰めよ、わたしの民を慰めよ」という言葉は、「神はわがやぐら、わが強き盾」と歌われる神ご自身が、苦しみの中にある民のために難攻不落の要塞、やぐらを立てるとおっしゃっているのです。 

 つまり聖書における慰めというのは単に心情的な同情を示したり、情感的に力づけるということ以上に、神の力の業が表される言葉なのです。英語ではcomfortであり、まさに力を与えるという意味です。倒れて動けなかった人が立ちあがり、心ふさいで希望を失っていた人が希望を持つことができるようになる、その具体的な力が慰めです。 

 ところで、今日、洗礼式において、わたしは「しっかりしなさい」という言葉を受洗者に向かって呼びかけます。その言葉は、福音書の中にある言葉で、慰めという言葉とは違う単語ですが、元気を出しなさいという意味を持ちます。なぜ元気が出せるのでしょうか?しっかりできるのでしょうか?それは私たちの罪が赦されるからです。安売りのグラスのように無数の傷がついていた、罪の傷がついていた、しかし、それを神がぬぐいとってくださるからです。ガラスについた傷は通常は消えません。しかし、神が新しくしてくださるのです。私たちは真新しい、神に造られた美しいグラスとされるのです。神はそんな私たちにさらに要塞を作りやぐらをたて、内側から元気にしてくださる、しっかりさせてくださるお方なのです。 

 そして、その難攻不落の要塞を作るためにこの地上に来られたのが主イエスです。主イエス到来以前の人間は、いわば、要塞もやぐらもない、無防備な状態で、苦しみながら生きていたのです。元気を出せるわけがありません。しっかりできるわけがないのです。人生の風雪の中、無数の傷を受けながら生きるしかありませんでした。なにより大きな傷である罪をどうすることもできなかった。しかし、無防備に罪の奴隷として苦役にあえいでいた人間にたしかな救いが与えられました。「苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた」そうイザヤは預言します。たしかに、私たちの苦役の時は過ぎ去りました。罪は取り去られました。 

<生きている時も死ぬ時も> 

 信仰入門のための信仰問答のひとつであるハイデルベルク信仰問答は、改革長老教会のための信仰問答でしたが、教派を越えて多くの人々に親しまれている信仰問答です。そのたいへん有名な問1は「生きる時も死ぬ時も、あなたのただ一つの慰めは何ですか。」です。その答えは「わたしがわたし自身のものではなく、体も魂も、生きるにも死ぬにも、わたしの真実な救い主イエス・キリストのものであることです。」です。答えはさらに続くのですが、これはとても美しい問答です。私たちには慰めが与えられています。それは生きるときだけではないのです。死ぬ時もそうなのです。永遠の慰めが与えられています。もちろん今、人生における社会における具体的な課題への対処、たとえばコロナ対策は必要です。しかし、コロナの問題が解決できても、さまざまな日々の問題を乗り越えられたとしても、この世界にはやはり人間を傷つける嵐があります。そして私たち自身も罪から逃れることはできません。しかし神の慰めは永遠の慰めです。世界がどのようになろうとも、私がどれほど愚かでみじめであろうとも、神の慰めは変わりません。私たちは自分で自分の罪の贖いをするのではありません。真実な救い主イエス・キリストが到来してくださり償い贖ってくださいました。そこに慰めがあります。 

 贖いという言葉はもともと借金を負って返済できず身売りして奴隷となった人がお金によって買い戻され自由にされるという意味です。私たちはキリストによって買い取られたのです。ですから私たちはキリストのものなのです。「体も魂も、生きる時も死ぬ時も、わたしの真実な救い主イエス・キリストのもの」なのです。私たちはもうすでに自分のものではないのです。キリストのものなのです。自分が自分のものではなく、キリストのものであるということは不自由なことでしょうか?そうではありません。人間は自分のものであっても、ときどき粗末な扱いをすることがあります。子供が自分のおもちゃに飽きて雑に扱ったり、大人だって自分のものをだいじにしないことがあります。しかし、真実な救い主である主イエスは、ご自分のものに対して永遠の愛を注ぎ、守ってくださいます。私たちのために要塞を作り、やぐらを作り、生きる時も死ぬ時も守ってくださいます。 

 今日は礼拝の最後に讃美歌109番「きよしこの夜」を歌います。この曲はとても有名で、クリスチャンになる前、子供のころから私も歌っていました。子供心に、美しく静かな聖なる夜に、貴いかわいらしい赤ちゃんが眠っている、そんなイメージを持っていました。この世の多くの人々もそうでしょう。イエス・キリストという名前は知っていても、それがどういう人なのか良く知らない。ただ何となくきれいな聖なる夜、静かな夜というイメージを持っておられることでしょう。しかしこの静かな夜は、やがてこのみどりごが成長し、私たちのために十字架において救いを成就してくださること、そして永遠の慰めを与えてくださることのさきぶれです。聖なる夜の静けさはキリストの十字架での死を秘めた静けさでもあります。私たちに、生きる時も死ぬ時も慰めがあたえられることゆえの平和と静けさでもあります。 

 考えれば不思議なことです。私たちは今、かつて飼い葉桶の小さな貧しい赤ん坊としてこの世界に来てくださったお方のものとされています。生きる時も死ぬ時も、共にいてくださる神のものとされています。クリスマスはそのことを祝います。そしてまたその神は再び来られます。黙示録に言葉がありました。「彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる」。ふたたび来られるキリストは、その光の中で、永遠から永遠に渡って、私たちの涙をぬぐい、完全な慰めを与えてくださいます。今、社会全体が闇のような世界かもしれません。しかしなお、私たちは力を与えられ希望を与えれ、神の明るい光の中を貴い器とされて歩んで言います。 

 

 

 

  

  

  


サムエル記下第7章1~17節

2020-12-13 15:29:11 | サムエル記下

202012月13日大阪東教会主日礼拝説教「」吉浦玲子 

【聖書】 

 王は王宮に住むようになり、主は周囲の敵をすべて退けて彼に安らぎをお与えになった。王は預言者ナタンに言った。「見なさい。わたしはレバノン杉の家に住んでいるが、神の箱は天幕を張った中に置いたままだ。」ナタンは王に言った。「心にあることは何でも実行なさるとよいでしょう。主はあなたと共におられます。」しかし、その夜、ナタンに臨んだ主の言葉は次のとおりであった。 

 「わたしの僕ダビデのもとに行って告げよ。主はこう言われる。あなたがわたしのために住むべき家を建てようというのか。わたしはイスラエルの子らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、家に住まず、天幕、すなわち幕屋を住みかとして歩んできた。わたしはイスラエルの子らと常に共に歩んできたが、その間、わたしの民イスラエルを牧するようにと命じたイスラエルの部族の一つにでも、なぜわたしのためにレバノン杉の家を建てないのか、と言ったことがあろうか。 

 わたしの僕ダビデに告げよ。万軍の主はこう言われる。わたしは牧場の羊の群れの後ろからあなたを取って、わたしの民イスラエルの指導者にした。あなたがどこに行こうとも、わたしは共にいて、あなたの行く手から敵をことごとく断ち、地上の大いなる者に並ぶ名声を与えよう。わたしの民イスラエルには一つの所を定め、彼らをそこに植え付ける。民はそこに住み着いて、もはや、おののくことはなく、昔のように不正を行う者に圧迫されることもない。わたしの民イスラエルの上に士師を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える。主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼を懲らしめよう。 

わたしは慈しみを彼から取り去りはしない。あなたの前から退けたサウルから慈しみを取り去ったが、そのようなことはしない。あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる。」ナタンはこれらの言葉をすべてそのまま、この幻のとおりにダビデに告げた。 

【説教】 

<家を興される神> 

 ダビデは神殿を建てることを決心しました。彼は長い逃亡生活の後、ようやく王座に着き、周辺の敵を退け、平安を得たところでした。こののちの多くのイスラエルの王を見ると、最初は神に従って歩んでいた王が、途中から変節してしまうということがあります。だいたい人間は苦労している時は真面目に生きることが多いですが、富や名声を得た後、堕落することもあります。しかしダビデは、平安を得たとき、今こそ神のために神殿を建てたいと願ったのです。今日の聖書箇所の少し前のところで、王の相談役であった預言者ナタンもそれはたいそう良いことだと感じたのでしょう「心にあることは何でも実行なさるとよいでしょう。主はあなたと共におられます。」とダビデ王に言います。ダビデの決心はナタンでなくても称賛することでありました。 

 しかし、今日の聖書箇所では、預言者ナタンを通して、神がそのダビデ王の良き決心をお受けにならないことが語られています。 

 ダビデは自分はレバノン杉の立派な王宮に住みながら、神の箱は天幕と呼ばれるテントに置かれていることを申し訳なく思っていました。神の箱にはモーセが神かうけた十戒の板が入れられていました。その大事な箱を立派な神殿に入れたい、言ってみれば神の家を建てたいとダビデは願ったのです。 

 それに対して、神は「イスラエルの部族の一つにでも、なぜわたしのためにレバノン杉の家を建てないのか、と言ったことがあろうか」とナタンを通して語られます。そもそも神は人間の作ったもの、人間の指定した場所にとどまられる存在ではありません。新約聖書の時代、山の上で、イエス様のお姿が光り輝く姿に変わり、そこにモーセとエリアが登場する「山上の変容」と呼ばれる場面があります。その素晴らしい光景に圧倒されたペトロは、主イエスとモーセとエリアのために小屋を建てようといいます。この素晴らしいことをずっととどめておきたかったのです。 

 神のために神殿を建てたいと願ったダビデも、主イエスのために小屋を建てましょうと言ったペトロも、神を自分の願った場所にとどめたい、さらにいえば、自分の都合の良いところに神にいてほしいという不遜な願いを持ったとも言えます。もちろん、最初に申しましたように、普通に考えたらダビデの神殿を建てたいという願いは悪いものではありません。ダビデはそれが神に仕える者として当然のことだと善意をもって考えたのです。ペトロにしてもそうです。しかし、神ご自身は神殿を建てろとも小屋を建てろとも願ってはおられないのです。 

 では、神はダビデやペトロをお叱りになったかというとそうではありません。今日の聖書箇所では、むしろ11節「主があなたに告げる。主はあなたのために家を興す」とおっしゃっているのです。神様のために家を建てようと願ったダビデに対して、むしろ、神の方が、あなたのために家を興そうとおっしゃってくださったのです。 

<祈りが聞かれない時> 

 私たちはどうしようもない困難な時に祈ることができます。よく言われることですが「祈ることしかできない」のではなく「祈ることができる」のです。祈りは気休めでも、義務でもなく、具体的な神の力を体験することです。祈りを通して神とわたしたちは交わります。 

 しかしまた、祈りを通して願ったことが叶わないという経験も私たちはよくいたします。今日の聖書箇所で、ダビデも願ったことが神から退けられました。それは私たちの祈りの内容がダメだったからとか、祈り方がまずかったということではないのです。また万が一、神の御心に沿わない願いであったとしても、神は祈りに対して厳しい態度はとられません。むしろ祈る者、神に願いを申し上げる者に対して、人間の願ったこと以上の恵みを与えてくださるのです。 

 ダビデに対しても、本来、人間の作ったものの内などにはお住まいにならない神が、そんなものいらないと怒りを表されるのではなく、ダビデの神への誠実さ、純粋さゆえに、むしろダビデの願ったもの以上の祝福をダビデに与えられました。私たちもまた、願ったことが叶わないと思っていたら、むしろ願ったこと以上の恵みが与えられるということを経験します。 

 そしてまた神は「あなたの身から出る子孫に後を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座を堅く据える」とおっしゃいます。本来、人間の造ったものなどには住まわれない神が、ダビデの子孫の建てた家に住もうとおっしゃるのです。神は人間の願い以上のものを与えられ、また願いそのものに対しても無下に却下はなさらないのです。時や形を変えて、願いを聞き届けてくださいます。人間の考えることは、神の思いに比べたら、はるかに幼く、愚かです。しかし、子供を愛する父が幼子の願いに温かく応えるように、神は幼く愚かな人間の願いを聞き届けてくださいます。実際、ダビデの子、ソロモンによって神殿は建てられます。人間の造ったものにはお住まいにならない神が、イスラエルの長い歴史において人神殿で人間と出会ってくださいました。ソロモンの後、幾たびか神殿は建てなおされたり改修されますが、紀元後1世紀までエルサレムの地にありました。約1000年に渡ってイスラエルの中心にあり続けました。 

<新しい王国> 

 神はダビデにそしてソロモン、さらにはダビデ家の子孫に対してたしかに祝福を与えられました。「あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる。」そう神は約束されました。 

 しかし、一方で、その後、イスラエルは王国の分裂、衰退といった厳しい歴史のなかを歩みました。ダビデの子孫である王たちの多くはダビデのように神に従順に従いませんでした。その反逆のイスラエルをなおこのダビデとの約束のゆえに守り通されました。 

 しかし、バビロン捕囚以降は、ダビデ家からイスラエルを治める王は立てられませんでした。ダビデ王家は断絶したのです。実際、主イエスの時代、イスラエルを治めていた王は支配者ローマの傀儡で血筋的にも純然たるユダヤ人ではない王でした。神は長い歴史の中で、御自分に従わなかったダビデの子孫たちに匙を投げられ、ナタンを通して語られた約束を反故にしてしまわれたのでしょうか。ダビデの王国は、この地上から消えてしまったのです。 

 もちろん、神は約束を反故にはなさいません。新しい形で王国を立てられました。ダビデの子孫であるイエス・キリストによって新しい王国、神の王国をこの地上にお立てになりました。「あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる。」この言葉は、イエス・キリストの到来によって成就しました。クリスマスの出来事は、神の新しい王国がダビデの子孫イエス・キリストによって立てられる出来事でした。ダビデの子孫たるキリストが王となられる出来事でした。もちろん王国といっても、目に見える、政治的社会的な国ができているわけではありません。しかし、いま、全世界に20億を越えるクリスチャンがいます。多くの教派に分かれ、統一的な政権や組織を持っているわけではなく、いやむしろ教派間の争いすらある状況ですが、ダビデの末裔によって開かれた新しい王国はいまも世界に広がっています。その王国はふたたび王たるキリストが到来されるとき、完全に目に見える形で完成します。 

<命を輝かせるために> 

 ところで、少し暗い話で恐縮なのですが、会社員時代、ことに出張の多い仕事をしていた頃、12月は電車の人身事故によく遭遇しました。何回かお話ししたことがあるかと思いますが、JRのある大きな駅の指令室に、システムの納入をしていたとき、管轄の益で人身事故が起き、指令室が大混乱になるのを目の当たりにしたことがあります。ホームから線路への飛び込み自殺があり、駅のホームからの現場の生々しい報告と指令室からの緊迫した指示の声が指令室に大声で響いていました。部外者である私はひどく面くらいましたし、人の命が失われた現場にいることに恐れを覚えました。どうにか仕事を終え、大阪に戻ってきたのですが、その帰りの電車でも二回、人身事故に遭遇して電車がとまり、かなり暗澹とした気分になったことがあります。それが12月の思い出です。 

 12月、今年はコロナで例年とは異なりますが、例年なら華やかな季節です。仕事に、年末年始の準備に、クリスマスや忘年会といったイベントに忙しい時です。そんな人々が賑わしく動き回っているこの季節、社会の片隅で、孤独に苦しみを抱えている多くの人々がいます。クリスマスの時期は、欧米でも自殺が多いと聞きますが、周りがにぎやかであればあるほど、自分の孤独が深まり、自分の目の前の扉が閉ざされているように感じ、命を絶つ人がいます。世の中がきらびやかであればあるほど、深い闇と高い壁が生まれます。2000年前、ダビデの末裔であるキリストが到来し、新しい王国が立てられたにもかかわらず、なおこの世界の闇は深く、人々の苦しみは深いのです。 

 さきほど、キリスト者は祈ることができる、と申しました。祈ることすらできない悲しみの時は嘆くことができます。祈りも嘆きも、聞いてくださるお方、神がおられます。いえもちろん、直接に神の声が聞こえるということは通常ありません。祈ってもむなしい、嘆いても悲しみは消えない、そういうことおあります。しかし、やがて必ず慰めの言葉が聞こえてくるのです。神が聞かせてくださるのです。そして自分がひとりではないことに気づくのです。嘆きや祈りがけっしてむなしいものではなかったことに気づきます。 

 私たちはもっとそのことを人々に伝えていかねばなりません。クリスマスは教会の最大の伝道の季節であると言われます。それは教会が、教会の勢力拡大や財政的安定のために信徒数を増やすために為すことではありません。私たちは祈ることができる、嘆くことができる、そのことを多くの人に伝えるためです。暗い12月の闇の中に、光があるということを知らせるためです。神からいただいた命をみずから絶つことのないように、神からいただいた命を神によってかがやかせていただくようにしていただきたいと、つたえるのです。もちろん、教会に集う人々が増えることは喜ばしいことで、そのことによって、これまでできなかったことができるようになります。単純に大教会になることを目指すべきではありませんが、宣教の実りとして神が与えてくださる豊かさは得たいと思います。 

 そのためにも私たち一人一人が特にこのクリスマスの時、祈らねばなりません。今年は特に、コロナの禍のために経済的困窮の末、自殺者が増えると言われています。この時代であるからこそ、なお私たちは、新しいキリストの王国について宣え伝えねばなりません。クリスマスは、クリスチャンにとって、楽しくお祝いをするためのものではありません。むしろ、世の暗さ、社会に潜む悲しみに目を向けるべき時です。だからといって福祉的な活動のみを教会がするのではありません。慈善活動が教会の中心にあるのではありません。もちろんそういう活動も大事ですが、なにより教会は「神があなたとともにおられます」ということを伝えるのです。インマヌエルなる神、インマヌエルとは神が共におられるということでした。まさに神は共におられるのです。今日の聖書箇所の最初の部分に、預言者ナタンはダビデに「主はあなたと共におられます」と告げました。しかし、このダビデに向けられたナタンの言葉は、キリストの到来によって、すべての人々への言葉になりました。「神が共におられます」。この言葉によって、私たちは私たち自身の闇、悲しみ、苦しみをぬぐわれます。共におられる神が私たちの内側に光を灯してくださいました。次週、クリスマス礼拝です。新たにキリストによって光を灯されたお一人の方が洗礼をお受けになります。なお多くの方が続かれますようにと願います。「神が共におられます」、私たちは目には見えなくてもいま神の王国に入れられています。そのことを聖霊によっていっそう深く知らされ、喜びのうちに歩みます。  

  

  


詩編第2編1~12節

2020-12-06 14:07:04 | 詩編

2020年11月29日大阪東教会主日礼拝説教「」吉浦玲子

【聖書】

なにゆえ、国々は騒ぎ立ち/人々はむなしく声をあげるのか。

なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して/主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか

「我らは、枷をはずし/縄を切って投げ捨てよう」と。

天を王座とする方は笑い/主は彼らを嘲り

憤って、恐怖に落とし/怒って、彼らに宣言される。

「聖なる山シオンで/わたしは自ら、王を即位させた。」

主の定められたところに従ってわたしは述べよう。主はわたしに告げられた。「お前はわたしの子/今日、わたしはお前を生んだ。

求めよ。わたしは国々をお前の嗣業とし/地の果てまで、お前の領土とする。

お前は鉄の杖で彼らを打ち/陶工が器を砕くように砕く。」

すべての王よ、今や目覚めよ。地を治める者よ、諭しを受けよ。

畏れ敬って、主に仕え/おののきつつ、喜び躍れ。

子に口づけせよ/主の憤りを招き、道を失うことのないように。主の怒りはまたたくまに燃え上がる。いかに幸いなことか/主を避けどころとする人はすべて。

【説教】

<むなしい言葉>

 旧約聖書の時代、王は油を注がれ王座に着きました。油注ぎは、角に特別に調合した油を入れて頭に垂らすという儀式です。神から命じられて、油を注いだのは預言者であったり祭司でした。詩編第2編は「なにゆえ、国々は騒ぎ立ち/人々はむなしく声を上げるのか。なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して/主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか」と始まります。この地上において神から油注がれた者へ人々が結束して逆らっていると詩人は語ります。宗教改革者のカルヴァンはこの油注がれた王をダビデとして解釈をしています。

 ダビデの生涯を振り返りますと、少年と言っていいくらいの幼い時に、預言者サムエルから次の王として油を注がれました。当時、政治的にはサウルが王でした。サウルもかつて預言者サムエルから油を注がれた者でしたが、サウルは神に背き、神から退けられていました。しかし、政治的には依然としてサウルはサウルは王でした。ダビデはそのサウル王の部下として仕えるようになります。しかし、ダビデの功績を妬んだサウルから妬みを買い、恨まれ、ついには命まで狙われるようになります。イスラエル各地をダビデは逃げ回り、サウルから逃れるために、ついには敵国であるペリシテにまで逃げていったのです。少年の頃、油注がれていたダビデですが、実際にイスラエルの王としての実権を握ったのは、サウル王の死後でした。ダビデは40歳になっていました。王になったあとも、ダビデにはさまざまな苦難はあり、神に油注がれた者であったダビデは生涯に渡り、敵との戦いに明け暮れました。

 国々は騒ぎ立ちの「騒ぎ立ち」とは共謀するといったニュアンスがあります。「人々はむなしく声を上げる」というのは、無意味なことをしゃべるというのです。神に油注がれた者へ敵対する者たちは、共謀して、無意味なことをしゃべるのです。神に油注がれた者へ敵対するということは、神へ敵対するということです。そして神へ敵対するものは徒党を組んで、むなしいはかりごとをすると詩人は語っていのです。

 神に従う者は、ダビデはもとより、ダビデに油注いだサムエルにしても、エリヤ、エリシャといった預言者にしても、一人で立ちます。神の義を帯びて立つのです。しかし、神の義ではなく、自分自身の義によって立つ者は一人では立てません。多くの者が共謀して立つのです。出エジプトの時代、モーセに反逆した人々は250人が徒党を組んでモーセに対抗しました。預言者エリヤの時代、エリヤは一人い対して、異教のバアルに仕える敵は450人もいました。

 主イエスを十字架刑にした人々もそうでした。ヘロデやサドカイ派やファリサイ派が結託したのです。もともとはサドカイ派とファリサイ派は仲が悪かったのです。ヘロデとファリサイ派も仲が悪かった。しかし、主イエスを陥れるために共謀したのです。

 時代を越えて、そのような愚かな力が吹き荒れる時があります。本来は無意味なむなしいことが力を帯びて、吹き荒れたこともあります。悪しき力が強大化して、人びとや国を荒らすということがあります。今も、コロナの時代、世界にはむなしい言葉が満ちて、私たちは惑わされ、不安に陥っています。

 私たちは注意をしないといけません。騒ぎ立つ言葉、むなしい言葉に惑わされないようにしなくてはいけません。テレビにも新聞にもネットにも多くの言葉があふれています。そして特に日本の社会には同調圧力があります。私たちは知らず知らずに、神の義ではなく、神から引き離すむなしい言葉に引かれて行く危険な時代の中にあります。街に流れるクリスマスソングすら、人びとを誘惑する悪しき力になる場合もあります。

<ダビデの弱さ>

 ダビデはイスラエルの王の中でも抜きん出た存在でした。何より神への従順を貫いた信仰者でありまし。しかし、やはり弱さを持った人間でもありました。有名なバトシェバとの不倫以外でも親子関係においてもダビデの弱さは現れました。

 ダビデは神に愛され、周囲の人々にも愛された人物でした。さきほど申しましたように、サウル王に追われ敵国ペリシテに逃げていた時、庇護を受けたペリシテの有力者にもたいへん気に入られるような人柄でした。実際、彼の周りには優秀な人物がいました。神は油注がれた者ダビデにそういう人々を引き寄せる魅力をお与えになったのです。

 しかし、先ほど申しましたようい彼は子供には甘いところがありました。ダビデの三男の妹タマルを異母兄弟である長男が無理やり乱暴をするという出来事がありました。乱暴をした長男に対してダビデははっきりとした罰を下しませんでした。異母兄弟である三男は妹のことを思い、長男と父を恨みます。そのことがきっかけになり、三男は長男を殺します。この長男を殺した三男に対してもダビデは優柔不断な対応をとります。結果的にはやがて三男が父親であるダビデに反旗を翻し戦うことになります。父と子が戦うことになってしまったのです。結局、ダビデが勝利し、三男は戦死してしまいます。するとダビデは死んだ息子のことを身も世もなく嘆き悲しみます。それは人間の情としては当然のことではありますが、武将として、闘った組織の責任者としては不適切なことでした。命をかけてダビデのために戦った部下たちに無礼なことです。側近から「あなたは自分の部下が皆死んで、息子が生きていた方がよかったのか」と諭されます。ダビデは油注がれた者でしたが、独裁者ではありませんでした。そのような人間的な弱さも持っていたダビデに対し、忠告をしたり諭す人物を神は傍らに置かれたのです。いずれにせよ、そういう弱さを抱えたところも、人間として見た場合、完全無欠な人物より魅力的ではあります。信仰者という範疇を越えて、ことに欧米でダビデが人気があるのは、そういう人間的な側面もあるかと思います。

<新しい王の即位>

 さて、旧約聖書はさまざまな箇所で、やがて来られる救い主について記しています。この詩編2編もそうです。ヘブライ語で油注がれた者はマシアフと言います。これが救い主であるメシアの語源です。ダビデは確かに神に選ばれ神に油注がれた王でしたが、先ほど申しましたように完全な人間ではありませんでした。しかし、やがて来られる救い主、新しい油注がれた者は完全な王として来られます。「聖なる山シオンで/わたしは自ら、王を即位させた。」とある通りです。この新しい油注がれた者、メシアをギリシャ語でいうとキリストになります。神は新しい王キリストをお立てになりました。

 神は、騒ぎ立ちむなしい言葉をあげる者たちに対して、新たな王をお立てになります。それは人間の王ではありません。血筋としてはダビデの子孫ですが、ダビデのような罪や弱さを抱えた人間ではありません。特別に神に油注がれた完全な者です。「お前はわたしの子/今日、わたしはお前を生んだ」と神ご自身がおっしゃるのです。<お前はわたしの子>と言われるお方こそ、イエス・キリストです。<お前はわたしの子>という言い方は古代における養子の宣言の言い回しにのっとったものです。あなたはわたしに法的に私の子であるというのです。日本人の感覚でいうと血のつながりを重視しますが、イスラエルにおいては法が尊重されます。ですからここで「わたしの子」と宣言されているということは、間違いなく正統的な子供であると宣言をしているのです。「わたしはお前を生んだ」というのは、生物学的に出産したということではなく、キリストは被造物ではないということです。私たちは神に造られたものです。被造物です。しかしキリストは被造物ではありません。神と密接な関係を持つお方です。神が神ご自身を生まれたという神秘の言葉でもあります。

 ここで大事なことは、「お前はわたしの子」と神が宣言をされ「今日、わたしはお前を生んだ。」とおっしゃる「今日」は2000年前の最初のクリスマスのことではないということです。人間イエスとして救い主がこの世界に来られたのは2000年前です。しかし、キリストご自身は2000年前に突然、存在されたわけではありません。世の初めの時から父なる神と共におられたのです。創世記の最初の時から、父、子、聖霊なる神は三位一体の神として存在なさっていました。ヨハネによる福音書の1章に「初めに言があった」と記されている、「言」がキリストです。世の初めの時から存在された「言」なる神が救い主であるキリストです。キリストは天地創造にも関与されました。「万物は言によって成った」とは創造の御業はキリストの業であったということです。

 そのキリストが人間の肉体をとってこの世界に来られたのが受肉、降誕の出来事でした。ときどき勘違いしている人がいるのです。クリスチャンであっても、神の御子を、なにか父なる神より一段落ちる存在と考えている人がいます。イエス・キリストという存在を神的な力はもっている素晴らしい人だけど神そのものとはちょっと違う、そう考えている人がいます。もちろん地上を人間として歩まれたイエス・キリストは父なる神とは別の位格(ペルソナ)をもっておられました。しかし、何回も繰り返し言いますがキリストは完全に神であり完全に人間であられた存在です。これを否定するということは完全に異端です。実際、キリスト教系の異端宗教、カルト宗教ではそのように考えられています。キリストがどなたかということを誤ると、すべてのことがおかしくなるのです。イエス様が私たちの身代わりに十字架にかかってくださったということも、そのイエス・キリストが初めからおられた神であるという認識がなければ、十字架の重さが分からないのです。本当の贖罪信仰に至らないのです。十字架は人間が神を殺した出来事であることがわからないのです。喜ばしいアドベントの時期に十字架の話をするなと思われるかもしれません。しかし、十字架の贖罪の出来事が分からなければ、神であるキリストがこの世界に来られた降誕の喜びも実際のところは分からないのです。

<今日>

 さて、ある方が、「今日、わたしはお前を生んだ」の「今日」について考察されていました。さきほども申しましたように、「今日」は2000年前の降誕のことではありません。ここでいう「今日」とは<神の定められた時>という意味です。西暦何年という人間の時間ではなく神の時間のなかで、神が特別に定められた時です。神がそのご計画をなさるときです。有名な福音書の言葉で「今日、ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった」というときの「今日」は、少し複雑な言い方になりますが、神の定められたご計画の決定的な時間と、人間の歴史の時間がクロスした今日ということになります。神の時間が人間の世界の時間に突入してきたと言えるのです。降誕の出来事は、まさに神ご自身が人間の歴史に突入して来られた出来事です。

 10節に「すべての王よ、今や目覚めよ」とあります。この「今や」は人間にとっての「今」です。神の時間が人間の時間に突入してきた、その「今」私たちは目覚めるのです。私たちがリアルに生きる今この時、私たちは目覚めるのです。まどろむのではないのです。新しい王が来られました。世の初めからおられた神が、私たちの世界に来られました。完全な王、私たちを救い、ふたたび神の時へと導いてくださる方がお越しになりました。だから「今」、私たちはその新しい王、神に従います。