大阪東教会礼拝説教ブログ

~日本基督教団大阪東教会の説教を掲載しています~

ルカによる福音書2章8~20節

2019-01-25 17:50:52 | ルカによる福音書

2018年12月30日 大阪東教会主日礼拝説教 「天使の歌声より素晴らしいもの」吉浦玲子

<普通の人々に告げられた>

 羊飼いたちは夜通し羊の番をしていました。その羊飼いたちに救い主の誕生が知らされました。この場面は、クリスマスの降誕劇のクライマックスとなる箇所です。毎年のようにクリスマスの時期に読まれる箇所です。この羊飼いたちは野宿をして羊の世話をしていたのです。羊飼いは夜も羊から離れられない、羊の世話のために安息日も守ることができなかった、ですから人々から軽んじられ差別されていた人々だとも言われます。しかし諸説あって、羊飼いは社会的、宗教的に差別されていたとまで考えられるのか、それは不明です。イスラエルにおいて羊飼いはもともとはけっして軽んじられるような仕事ではありませんでした。救い主としてお生まれになったイエス・キリストの血筋である偉大なダビデ王ももともとは羊飼いでした。さらにさかのぼってイスラエルの父祖たちであるアブラハムやイサクやヤコブも羊を飼っていました。しかし、主イエスの時代、羊飼いは貧しい階層であったことは事実でしょう。先ほども申し上げましたように、そもそも羊飼いというのはイスラエルの人々にとって親しい存在でした。ヨハネによる福音書ではイエス様ご自身が「わたしは良い羊飼いである」とたとえ話として語られています。しかし少なくとも豊かな階層ではなかった。当時のイスラエルの庶民はほとんどみな貧しかったことを思うと、普通の人々であるともいえます。しかし、羊飼いは人々が眠っている夜に働かなければならなかった人々であったということは確かです。現代でも、夜、働いておられる方はたくさんおられます。人々が眠っているときに、あるいは人々が夜通し楽しんでいるときに、働きづくめに働いている人は多くいるのです。個人的に思い出しますことは、私の亡くなった母も、特にこの年末年始は夜なべして仕事をしていました。和裁の仕事をしていたので、お正月や成人式向けの駆け込みの注文がたくさん入ってきたのです。高価な晴着を早い時期に購入するのではなく、年末ぎりぎりや年明け手から購入される方もおられるんだと感心したものですが、とにかく仕事をこなさなければ収入が得られませんでしたから、ほかで断られた注文や納期の短い仕事も母はとりました。ですから年末年始は夜遅くまで仕事をしていました。いつの時代も、貧しく働く人々はいます。

 羊飼いに救い主の誕生が告げられたということは、この世界で貧しく精いっぱい働いている人々を神はお選びになったということです。言ってみればごく普通の人々に神は救い主の誕生を告げられたということです。この世の働きで精いっぱいの人々に神は告げられたのです。宗教的な活動をしている人であるとか、特別に敬虔な人であるということではなく、貧しく精いっぱい働かざるを得ない、ごく普通の人々を神は選ばれたということです。そして人が皆寝静まっている夜、主の栄光によって照らされたのです。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。」そう天使は語りました。言葉は天使、神の使いから発せられていますが、お告げになるのは神ご自身の意志です。御心によって、喜びが告げられました。

<啓示>

 ところで、先週のクリスマス礼拝の時、聖餐式を執行しましたが、あの聖餐のパンとぶどうジュースは礼拝が始まって、聖餐式の直前まで布で覆われていました。あの布は埃よけでもありませんし、なんとなく儀式を美しくするためにかけられているのではありません。神の出来事は隠されている、ということの象徴です。キリストの十字架の出来事は神の救いの業の奥義であり急所であり秘儀です。それは本来、隠されているのです。そもそも人間には本来、世界の創造者であり、全知全能の支配者である神の出来事を知ることはできません。しかし、神が人間には理解できない、そしてまた隠されている神の出来事を人間に分かるように顕してくださることがあります。それが啓示です。隠されていることが明らかにされる、それが啓示です。

 旧約聖書の時代、神の御心はアブラハムをはじめとした族長たちや、預言者と呼ばれる特別な人々にのみ伝えられました。しかし、今日の聖書箇所では、羊飼いに、直接、み使いから救い主の誕生という、人間の救いにとって極めて重要なことが告げられました。ごく普通の人々に神のもっとも重要なことが示されたのです。これは、まさにこれは啓示の出来事でした。キリストの誕生を知らされるという特別な啓示でした。アブラハムの時代から数えても2000年にわたって隠されていた神の救いの秘儀が、このとき普通の人々に開示されたのです。

 なぜこのとき羊飼いたちに知らされなくてはいけなかったのでしょうか?さらにいえば、マタイによる福音書では東方の博士たちに救い主の誕生が知らされています。羊飼いたちにせよ、博士たちにせよ、その後の福音の宣教においてなにかの役割を担ったということは記されていません。ただ御子の降誕の場面にだけ、まさに神に救い主の誕生を知らされた者、啓示された者としてのみ登場するのです。羊飼いたちが飼い葉おけの中のイエス・キリストを見たということは羊飼いたちにといっては大きな出来事であったかもしれません。博士たちにも主イエスとの邂逅は感動に満ちたことであったかもしれません。しかし、それらのことが、主イエス・キリストの働きになんらかの影響を与えるとは思えません。しかし、聖書は敢えて、羊飼いたちに救い主の誕生が知らされたことを記しています。それはせめて神の御心の誕生をそれなりのエピソードで彩りたかったからでしょうか。羊飼いや天使や天の軍勢の合唱で華やかにしたかったのでしょうか。

 そうではないでしょう。神は知らせたかったのです。ご自身を人間に顕したかったのです。それは人間が自己顕示欲にかられてなすような事柄とは根本的に違います。神は人間に知らせることなく、救いの業を成し遂げることもおできになる方です。実際、ほとんどの神の働きは人間には見えることのないところでなされています。しかし、救い主の誕生の場面においては、つまり人間の救いにおいてもっとも重要な場面においては、神は人間にその出来事を告げられたのです。それは救いにもっとも重要な出来事であったからということももちろんあるでしょう。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。」そう天使は語りました。神は特別な喜びを人間に告げたかったのです。それは喜びを分かち合うにふさわしい者として人間を見てくださったということです。語るに足る存在として人間を信頼してくださっているということです。イザヤ書に「あわたしの目にあたは値高く、貴い」という言葉がありますが、神にとって、人間は貴い存在であるがゆえに、最も重要な知らせを人間にお告げになったのです。

<神と共に歩む時代>

 しかし、神はたしかに旧約の時代から人間を値高く貴いとおっしゃっていましたが、人間はほんとうに神の前で値高い存在であったでしょうか?旧約聖書には人間の罪の歴史が克明に記されています。主イエス・キリストの血筋にあたる偉大な王ダビデすら、多くの罪を犯しました。不倫と不倫相手の夫の殺人という現代でも赦されないような大きな罪も犯しています。ダビデだけではありません。人間はみな神の前で罪を犯してきたのです。その人間に対して神は喜びを知らせられました。知らせるに足る者とみなしてくださったのです。最初に申し上げましたように、特別に信仰深いわけでもない、宗教的な人々でもない、ごく普通の人々である羊飼いに告げられました。世界の片隅で地味に働いてる人々に告げられました。特別に宗教的な人々でないとはいっても、天使の言葉を羊飼いたちは恐れました。当然です。特別に宗教的な人々ではないといっても、実際に神と接するとき人間は恐れるのです。神の前で自分の罪を感じるからです。自分の汚れを感じるからです。神がそばに来られた時、人間は否応なく、自分の罪を感じて恐れるのです。神を見ると死ぬと当時の人々は考えていました。それほどに神との出会いは本来は恐ろしいものなのです。

 そしてまた一方で、当時のイスラエルには救い主の誕生を良く思わない人々もたしかにいたのです。マタイによる福音書には実際、イエスの誕生を東方の博士たちから聞いたエルサレムの人々は不安になったと記されています。人々は救い主の誕生を喜んでいないのです。幼子イエスを殺そうとしたヘロデ王の話も出てきます。人間の罪はそれほどに深かったのです。人間の罪がなくなったから、人間が十分に悔い改めたから神は救い主の誕生を告げられたわけではないのです。むしろ告げることにはリスクがあったのです。誰にも告げずメシアは誕生した方が安全だったのです。しかし神は告げられたのです。喜びを告げる、それは神の大きな愛の意志でありました。

そして「恐れることはない」と。救い主メシアが誕生したことを告げられました。それは、新しい時代の始まりを告げるものでした。恐れるべき対象であった神が人間と共に歩まれる時代の始まりでした。預言者などの特別な人々ではなく、普通の人間と共に親しく神が歩んでくださる時代の始まりでした。その最初の出来事として、神は羊飼いたちに救い主の誕生を告げられました。

<みどりごイエス>

 実際、羊飼いたちが見ることになる救い主は小さな赤ん坊でした。人間に世話をしてもらわなければならないような非力な赤ん坊でした。天の大軍が現れようが、大いなる賛美がなされようが、救い主はごくごく小さな存在でした。人間が抱き取ることのできるような存在でした。やがてその赤ん坊は世界を変えるような偉大な人物になったわけではありません。罪人となったのです。非力なまま十字架に釘打たれる人となりました。あるリベラルな神学者が言ったそうです。「神が人間になられるほどの奇跡はない」と。神がこの罪深い世界で人間となって生きてくださった。たしかにそれこそが奇跡でした。

 その奇跡は今も続いています。日本ではもうすっかりお正月を迎える季節となってクリスマスは遠い過去のことのようになっています。しかし、いまもクリスマスの奇跡は続いているのです。私たちの内側で続いています。それは私たちがクリスマスのことを心で思っているということではありません。神がおられるのです。2000年前赤ん坊として来られた神は、いま、聖霊として私たちの内側におられます。小さな赤ん坊してこられた神は、さらに小さくなり私たちの内側におられます。私たちは聖霊によって、日々、神の御心を知らされます。2000年前、羊飼いたちに告げられた喜びの知らせは、今、聖霊によって、私たちが日々知らされているものです。

 神は私たちと共にいてくださいます。それは黙って寄り添ってくださるお方ではないのです。語り掛けてくださるお方として私たちと共にいてくださるのです。「恐れるな」そう語り掛けてくださる方です。私たちは神を恐れる必要はありません。神を恐れる必要がなければ、この世界で神以上に恐ろしいものはないのです。私たちは新しい年に向かって恐れずに歩んでいきます。あなたは値高い、その言葉を聞き続けていきます。値高いわたしたちであるゆえ、神はなお語り続けてくださいます。喜びの知らせを語り続けてくださいます。慌ただしい季節です。しかしなお、神の愛の語り掛けを心静めて聞きつつ歩みましょう。

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ルカによる福音書2章1~7節

2019-01-25 17:40:03 | ルカによる福音書

2018年12月23日大阪東教会主日礼拝(クリスマス礼拝)説教 「飼い葉桶に寝かされた救い主」吉浦玲子

<寂しい誕生>

 生まれてきたばかりのみどりごは布にくるまれて、飼い葉桶に寝かされていました。この赤ん坊は世界を救う救い主として生まれてきました。「布」という言葉は、この12月に刊行された新しい聖書では「産着」と訳されています。多くの英訳の聖書でも赤ん坊を包む衣服と訳されているようです。しかし、現代の日本で考えられるような産着や、ベビーウェアとはイメージが違うのではないかと思います。素朴に布にくるまれている、そちらのほうが当時のイメージに近いのではないでしょうか。さらにいえば、産着というよりおしめといったものであるかもしれません。

 「布」は赤ん坊がごく普通に赤ん坊として生まれてきたことを示します。この赤ん坊は、生まれてすぐ、なにか素晴らしい言葉を発することもなく、超人的な能力を発揮することもなく、ただ大人の世話を受ける非力な存在としてこの世に生まれました。つまり、おしめをした赤ん坊なのです。そして飼い葉桶に寝かされていたのです。赤ん坊は三時間おきに母親の乳を求めたかもしれません。おしめの気持ちが悪くて泣いたかもしれません。そのようなごく普通の赤ん坊としての日々があったでしょう。そしてその日々はおおむね静かな日々であったと考えられます。先ほど言いましたように赤ん坊は泣くことはあったでしょう。しかし、両親と赤ん坊の日々は静かであったのです。

 クリスマスの絵本や、ページェントには、かわいらしい動物たちやら、羊飼いやら、博士たちが登場し、何となくおごそかながらもにぎやかなイメージがあります。しかし、救い主の誕生はむしろ静かで、誰にも顧みられない片隅の出来事であったのです。

 翻って、この飼い葉おけに寝かされたみどりごイエス・キリストに先立って歩む預言者となる洗礼者ヨハネはイエス・キリストより半年ほどまえに誕生しました。その誕生は近所や親戚の人々に囲まれ、山里は喜びがあふれました。しかし、その人々の喜びの中で誕生した洗礼者ヨハネが成長ののち指し示すこととなる救い主イエスの誕生はむしろ寂しいものでした。

 それは主イエスが人間の根源的な寂しさのただなかに来てくださったことを象徴します。イエスは沸き立つような喜びのただなかではなく、寂しさ、貧しさ、孤独のただなかにお生まれになりました。こぎれいな産着ではなく粗末なおむつにくるまれた赤ん坊としてこの世にお越しになりました。生涯、その静かな寂しさの中を歩まれました。もちろんその成長ののちの宣教活動においては多くの人々が殺到し、その教えや癒しの業を求めました。しかし、ご自身のことを本当に理解する人は傍らにはいなかったのです。そして孤独に十字架へと向かわれました。

<世の暗さ>

 さて、みどりごは飼い葉桶に寝かされたと聖書に記されています。これは、端的に言えば新生児が育児に不適切な環境に置かれているということが記されているのです。そもそもいったいどこの親が生まれてきたばかりの赤ん坊を飼い葉桶などに寝かせたいと思うでしょうか。現代であれば、新生児が使うものは、念入りに消毒をします。ただでさえ2000年前は乳幼児の死亡率は高かったのです。もちろん親はできる限りのことをしたかったでしょう。そして出産を終えたばかりの母親もゆっくりと体力を回復し、また赤ん坊の世話をするための環境が必要です。しかし、ヨセフとマリアという若い夫婦には、そのような環境は与えられませんでした。非衛生的な劣悪な環境に、新生児と出産を終えたばかりの女性は置かれたのです。

 彼らは故郷のナザレで出産することができませんでした。当時イスラエルを支配していたローマから皇帝の名によって住民登録の命令が出されたので、人々は、現代で言えば本籍地にあたるところに行って登録をしなければなりませんでした。ヨセフはそのためにベツレヘムに行ったのです。ヨセフたちの町ナザレからベツレヘムは200キロほど距離がありました。登録してなんらかの福祉サービスが受けられるというものではありません。ローマのための税金を徴収され、兵役や労務につかせられるための登録でした。当時のイスラエルの人々が置かれていた暗さが現される出来事でした。

 しかし暗いといっても、イスラエルの人々は当時奴隷のような存在であったかというとそうではありませんでした。むしろ大ローマ帝国によって<パクスロマーナ(ローマによる平和)>と言われる平和が帝国と植民地には保たれていました。戦乱の世ではなく、人びとの生活はある意味では安定していたのです。ローマは支配している地域のある程度の自治や文化・宗教の自由を認めました。ローマに逆らいさえしなければ貧しくはあっても生活ができるという背景があったのです。パクスロマーナ、つまりそれは人間による平和、力による平和が実現した時代なのです。しかしまたそれは植民地の人間にとっては飼い殺しされているような時代でもありました。

 しかしパクスロマーナの時代でなくても、人間は本当の意味での平和のなかに生きることはできません。超大国の軍事力の均衡のうえにきわどく一触即発を避けつづけている平和。誰かが誰かの犠牲になり、その犠牲の上に成り立っている平和。都合の悪いことはなかったことに隠ぺいして成り立っている平和。人間はいつの時代もそのようなきわどい偽りの平和の中に息を殺すように生きているといえます。いつの時代も、そのような世界の暗さ、世の暗さがあります。2000年前、その世の暗さの片隅に若い男女は見捨てられたような環境で寂しく初めての子供を迎えたのです。

 さて、この飼い葉桶に救い主が寝かされてから2000年以上が過ぎました。人間の世界は変わったでしょうか?1945年12月の大阪東教会のクリスマス礼拝の記録の詳細を知ることはできません。会堂はその年の3月の空襲で焼け落ちていました。それ以降は、森小路教会と合同で礼拝を守る日々でした。幸い、空襲を免れた森小路教会において礼拝は守り続けられたのです。戦後の混乱と困窮の時代をわたしは母から聞かされたくらいで、なにも知りませんが、おそらく教会の人々は、それぞれ日々、かつがつ生きていくだけで精いっぱいであったでしょう。しかし、礼拝は守られ続けました。1945年の礼拝出席の統計を見ると驚くべきことに平均36名の主日礼拝出席があります。さらには3名の受洗者の記録が残っています。ちなみに続く1946年も同様の数字が残されています。1945年のクリスマス礼拝は森小路教会での合同での礼拝でしたから、そのクリスマスの日、大阪東教会のこの場所、この鎗屋町の地はまだがれきのなかにあったかもしれません。ことに夜は深い闇の中にあったかもしれません。調べますと1945年の冬は寒さが厳しかったようです。この教会のあった場所には寒い暗い寂しいクリスマスの夜が覆っていたのです。しかしその寒い暗い寂しい夜、なお救い主はこの地におられました。鎗屋町に、そして森小路教会があった千林の地に、そしてまたかつがつ生きていたそれぞれ教会の人々の傍らに救い主はおられたのです。2000年前に世界の片隅に到来された救い主は、それぞれの時代にあって、なお人間の寂しさ、この世界の暗さのただなかに共におられたのです。

<居場所はなくてよい>

 そしてまた時代の暗さと同時に、ヨセフとマリアの置かれた特別な状況もあります。5節に「いいなずけのマリア」とあります。「妻のマリア」ではないのです。ここにはなんらかの事情があったと考えられます。本来は子供が生まれるのは結婚した男女の間であるはずです。特に律法を厳しく守っていたイスラエルの人々にとって婚約はしていても、まだ正式に結婚していない男女に子供ができるということには厳しい目が向けられたと考えられます。マリアは聖霊によってみごもったのですが、その理解者はおそらくヨセフだけであったろうと考えられます。本来は、身重のマリアは長旅をすることなく、ナザレに残っておくということもできたのかもしれません。しかし、彼らはおそらくナザレにも居づらい状況だったのでしょう。少なくともマリアだけを残してヨセフは旅立つことはできなかった、そう推測する人もいます。

 「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」と聖書にはあります。これはヨセフと臨月のマリアが誰からも親切にされず、動物小屋みたいなところで出産をせざるを得なかった、これは世間の冷たさのゆえだという文脈での読まれ方もします。それもけっして間違いではないのでしょう。しかし、これはおそらく出産するための場所がなかったということで、ベツレヘム滞在中ずっと宿屋に宿泊できなかったわけではないのかもしれません。しかしいずれにせよ、出産のとき、彼らには出産にふさわしい場所がなかったのです。彼らは故郷のナザレにいることもできず、またベツレヘムでも泊まるところがなかったのです。

 これは救い主イエス・キリストの生涯の姿でもありました。主イエスが福音宣教を開始されたのち旅から旅の生活をされました。それは貧しい旅でした。主イエスご自身こうおっしゃっています。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」これはずっと野宿をなさっていたということではなく、救い主のこの世界での孤独を表しています。ナザレにもベツレヘムにも、そして、どの町にもどの村にも、救い主の本当に居場所はなかったということです。

 学生時代、博多で一人暮らしをしていたころ、クリスマスの時期にパン屋でアルバイトしていた年がありました。パン屋と言ってもケーキも作っていて、それなりに規模のあった店舗でした。当然、クリスマスの時期はかき入れ時でした。クリスマスケーキが飛ぶように売れました。そこの店のケーキは超高級というわけではありませんでしたが、それなりにおいしかったので、普通の家庭で家族で食べるクリスマスケーキとしては十分なものでした。私は大学が休みだったので来る日も来る日もバイトしていました。当時はクリスチャンではありませんでしたから、当然、教会に行くこともなく、24日も25日も一日中お店にいました。クリスマスケーキを売りながら自分はケーキを食べることはありませんでした。一緒に食べる人もいなかったので別にどうでもよかったのです。今はクリスマスを一人で過ごすということを指す<クリぼっち>という言葉がありますが、まさに私は当時<クリぼっち>でした。しかし、そもそもむかしの九州の地味な学生生活で、特段、クリスマスだから何か特別にという感覚は現代ほどはありませんでした。とはいえ、クリスマスに忙しくバイトをしていてどこか安堵する気もありました。忙しくしていれば、行く所もないこと、約束もないことを忘れていられるからです。本当はクリスマスに自分の居所がない、そのことを感じないですんだのです。

 クリスチャンになって、それは変わったでしょうか?クリスマスの頃は、年末でもあり、さまざまに忙しくしています。教会でのクリスマスの準備のための奉仕もありました。忙しさにかまけているという点では、なんら変わっていなかったように感じます。もちろんクリスマスの日は教会に集います。祝会もあります。一人ではありません。そして本当の意味で、クリスマスにいるべき場所にいる、という面はあったでしょう。クリスマスに豪華なディナーやパーティの場ではなく、教会にいる、それこそ本当のクリスマスであろうと思います。

 しかしまた同時に思うのです。クリスマスに自分の居場所のなさを感じても良いのだと。救い主が、赤ん坊の出産に適切な場所がない状態でお生まれになり、そしてまた生涯、居場所のない生活を送られたのですから、そのキリストの弟子である私たちもまた居場所がなくて当然ではないかと思うのです。

 生涯、居場所がなかったキリストの最後の場所は十字架でした。まさに十字架こそ主イエスのおられるべき場所だったのです。主イエスは飼い葉おけの中から、一筋に十字架へと歩む歩みをされました。飼い葉おけのなかのみどりごは布にくるまれていました。この布は最初に申し上げましたように産着でありおしめでありました。そしてそれはまた亡くなった人を包む布をも暗示しています。つまり飼い葉おけの中の救い主は生まれたときから、死を帯びておられたということです。

 それは私たちが生きるためでした。人間一人一人が罪の死ではなく、まことの命に生きるためでした。救い主は飼い葉桶から十字架をめざされました。しかし救い主に救われた私たちは命の道を歩んでいきます。永遠の命の道を歩んでいます。キリストの弟子である私たちもまた居場所がなくて当然だと申しました。しかし、実際のところは、すでに私たちには居場所があるのです。キリストが用意してくださった父なる神の御許に私たちの場所があります。救い主がその場所を準備してくださったのです。飼い葉おけの中のみどりごが私たちにとこしえの場所をすでに備えてくださっています。そのことのためにキリストはこの世界に来られたのです。それがクリスマスなのです。

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ルカによる福音書1章57~66節

2019-01-25 17:25:47 | ルカによる福音書

2018年12月16日大阪東教会主日礼拝説教 「クリスマスの先触れ」吉浦玲子

<誕生>

 洗礼者ヨハネが生まれました。近所の人々や親類が喜び合っています。新しい命が生まれる、それはごくごく素朴に喜ばしいことです。人間の命には限りがあるゆえに、新しく生まれてきた命に、自分の命の終わりののちも続く未来への希望を託したい、意識的にも無意識的にもそのような感覚が人間にはあるかと思います。

 ところで、日本において平成という時代はもうすぐ終わります。おそらく新しい元号の時代が始まった日、その日に生まれた子供がニュースに出るでしょう。実は私の息子は平成元年の一月生まれです。平成という時代が始まった日、私はすでに出産予定日を過ぎていたのですが、まだ生まれる気配はありませんでした。その日、テレビには「平成最初の子供」といってその日生まれた赤ちゃんがニュースに映っていました。うちの子もその日に生まれていたら平成最初の日に生まれた子供だったのですけど、そうはなりませんでした。しかし、元号の代わり目にかかわらず、新しい命は新しい時代の象徴でもあります。また、誕生ということではありませんが、東日本大震災の時、津波に流された四カ月の赤ん坊が救出されたというニュースがありました。変わり果てたがれきばかりの風景の中で助け出した赤ん坊を抱いている自衛隊員も周りの人たちも笑顔でした。救出した人にとっては家族でも親類でもない赤の他人の赤ん坊です。しかし、絶望的な状況の中で、たった一人の赤ん坊が人々に笑顔を与えました。命、それも生まれてきたばかりの命は、その存在は大人の腕の中に納まるように小さくても、大きな力を人々に与えます。

 さて洗礼者ヨハネも、近所の人々や親類に喜ばれながら生まれてきました。ユダ地方の山里のことです。おそらく都会よりもご近所の結びつきは大きかったでしょう。近所の人々にとっても、親族にとっても、たいへん喜ばしい出来事です。ことに高齢で子供のいなかったエリサベトが、神の不思議な働きによって、子供を身ごもり、産みました。そして「主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて」喜び合ったのです。エリサベトと生まれてきた子供には神の特別な慈しみがあった、それは人々にさらなる喜びを与えました。神の特別な慈しみによってエリサベトのみならず周りの人々もまたおおいに慰められたのです。エリサベトの腕に抱かれた小さな赤ん坊は、神の大いなる慈しみを人々に表しました。この赤ん坊の誕生は、単にありえない幸運がエリサベトに転がり込んできたから喜ばしいのではなく、神の慈しみのゆえであるからこそ大きな喜びなのです。

 そしてまたその誕生は、新しい時代の始まりを告げるものでした。洗礼者ヨハネは、最後の預言者と言われます。旧約聖書の時代、多くの預言者が出現しました。そしてイスラエルに神の言葉を伝えていました。しかし、バビロン捕囚、神殿再興ののち、イスラエルに預言者は絶えたのです。そのイスラエルに、数百年ぶりに現れた預言者が洗礼者ヨハネでした。ヨハネは旧約聖書の時代の終わりをつげ、救い主が到来する新しい時代の先触れでした。それは単にイスラエルの歴史的時代にとどまらず、壮大な神の全人間救済の歴史の大きな代わり目を示したのです。

<賛美をし始めた>

 その喜びの誕生の場面がざわつきます。子供が生まれ、八日目に割礼を施し、名前を付ける、それはユダヤの人々にとって当たり前のことでした。現代でもユダヤ教徒の方は生後八日目に子供に割礼を施します。現代のイスラエルで、知り合いのユダヤ人家族の割礼の場に同席した方から、その場面のホームビデオを見せていただいたことがあります。厳粛な場面ではありましたが、家族たちが集まる本当に喜びに満ちた光景でした。今日の聖書箇所の、エリサベトの子供の場合も同じように和やかな雰囲気の中で割礼が進み、さあ名づけを、というところだったのでしょう。そして子供の名前は、当時、家族や親族の名から取るのが慣例だったようです。ところがエリサベトは「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言います。女性には名づける権限はありませんでしたから、人々は父のザカリアに聞きました。

 ザカリアはまだエリサベトが身ごもる前、聖所で香をたいているとき天使ガブリエルと出会いました。そこで妻であるエリサベトが男の子を生むとガブリエルから聞きました。しかし、そのガブリエルの言葉を信じることができなかったザカリアはこのときまで、口がきけず、おそらく人々が手振りで伝えたところを見ると耳も聞こえなかったようです。ザカリアは、かつて聖所でガブリエルから生まれてくる子供の名前はヨハネとするようにと言われました。ですから人々から子供の名を聞かれたザカリアは板に「この子の名はヨハネ」と書きます。それだけでも人々には驚きでしたが、さらにそれまで口がきけなかったザカリアが突然神を賛美し始めたので、人々は驚きを通り越し恐れを感じました。そもそも人々はザカリアが聖所で不思議な体験をしたことは知っていました。なんらかの神の働きがあったのだと知っていました。しかし、それまでしゃべることのできなかったザカリアが口が開き、舌がほどけたとたんに、神を賛美しだしたことに、人々の想像を超えた神の業が働いていることを知らされ恐れたのです。

 ところで10月に隠退教師の会という会が大阪教区で開かれます。私が所属しています人事部の主催で、当日、当番の仕事があったので出席しました。その会は開会礼拝から始まるのですが、開会礼拝の説教は、今年の夏、私の休暇の時に説教者として来てくださったF牧師の義理のお父様である隠退教師でした。その先生が、今日の教会のさまざまな課題の根っこにある原因のひとつは「神への賛美」不足ではないか?と説教の最後のところで課題提起をされました。私たちは礼拝において讃美歌を歌って神を賛美します。あるいは祈りの中でも神を賛美します。しかしその賛美が本当に心からなる賛美であろうかと思い返す必要があるかと思います。ザカリアが口が開き舌がほどけ、最初に<なぜヨハネという名をつけるのか>という説明をしたわけでもありません。自分に何が起こったのかという報告でもなく、いきなり、神を賛美をし出しました。神のなさったことに対して、あふれるような思いがあったからです。賛美せざるを得なかったのです。賛美以外の言葉は出なかったのです。

 昔、あるところで、年配のご婦人の信仰の証をお聞きしたことがあります。何度もがんを患い闘病し、また、重い知的障害をもったお子さんを抱えておられました。若いころから苦労の連続でした。しかしなお、神を信頼し、神によって平安を与えていただいているということを力強く語られました。そのお話の内容も圧倒的で、感銘を受けるようなものでしたが、その方が、その話の最後に、突然、「賛美します」と讃美歌を歌いだされたのには驚きました。伴奏もなくアカペラでした。けっして上手な歌ではありませんでした。でも堂々と歌われたのです。私は正直、面食らいました。唐突になんだかなあと最初は思ったのです。でもしばらくしてよくわかりました。本当にその方は神を賛美するために歌われたのです。証というと、語る側はどんなに神の恵みを語っても、聞いている側はどうしても、語っておられる方の信仰が素晴らしいなあとか、すごく苦労されたんだなとか、すごい奇跡があったんだなと表面的なことで感嘆してしまがちです。その証をなさった女性は、神の業を証しながら、神よりも自分が注目されるのが嫌だったのです。だから最後に賛美されたのです。すべては神がなさったことだと証の最後を締めくくりたかったのです。自分が心地良くなるためでもなく、慰められるためでもなく、誰かに聞かせるためではなく、ただ神を賛美されたのです。

 そしてザカリアだけでなく、あるいは証の最後に賛美をされた婦人だけでなく、私たちもまた神のなされることに驚き賛美をします。私たちには天使ガブリエルと出会ったザカリアのようなことは起こりません。また証をされたご婦人とも違う人生を歩んでいます。しかし、想像を超えた神の業は私たちにも及んでいます。想像を超えた、というとき、それはたとえばエリサベトやマリアが身ごもったような超自然的な奇跡だけを指しません。神の働きは、私たち自身が、こうあるべき、こうあるはずだと感じていることとは違った形で現れます。祭司ザカリアが天使ガブリエルに老人のわたしや妻に子供ができるわけはないと答えたように、私たちは、自分たちの常識で神のこともとらえようとします。しかし、私たちの常識や経験では神の働きは捉えられません。そういう意味で神の働きは想像を超えています。自分がこうあってほしいと願ったことが起きないから神の働きがないということではないのです。劇的なことは何も起こらない毎日だから神の働きがないということでもないのです。神の働きはいつも人間の想像を超えているので人間からは分かりにくいのです。しかし、神を心から受け入れるとき、今日の場面で言えば、天使のお告げ通り「ヨハネ」という名をザカリアが子供につけたとき、神の想像を超える働きがわかるようになります。そのとき、あふれるような賛美が口をついてでてくるのです。

<主は恵み深い>

 さて、生まれてきた子供は「ヨハネ」と名付けられました。ヨハネには「主は恵み深い」という意味があります。しかし、成長した洗礼者ヨハネの風貌は一般的な意味での恵み深さとは少し違う印象があるかもしれません。人々に来るべき裁きを告げ、悔い改めを迫りました。洗礼者ヨハネは非常に禁欲的で厳しい人のような感じを受けます。たとえばルカによる福音書3章にはこういうヨハネの言葉が記されています。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れるとだれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。」

 イスラエルの人々は、自分たちは神に特別に選ばれた民であるから、そして律法のもとにいるのだから、神の怒りは及ばないと考えていたのですが、洗礼者ヨハネの言葉を聞いて震えあがりました。選ばれた民、つまりアブラハムの子孫であっても「良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」と洗礼者ヨハネは語りました。そしてその言葉にはたいへんな力がありました。今日の洗礼者ヨハネ誕生を記した聖書箇所の最後のところに「この子には主の力が及んでいた」とあります。ヨハネは単に終末思想を吹聴し、恐怖によって人々を洗脳する教祖的な人物ではありませんでした。主の力が及んでいたからこそ、その言葉には真実の力があり、人々はその言葉に耳を傾けたのです。そして人々はこぞってヨハネのところに罪の悔い改めの洗礼を受けにきました。

 ヨハネは主イエス・キリストの先触れでした。イエス・キリストは赦しや神の恵みを説きました。それに対して洗礼者ヨハネは厳しいことばかり言っていたように感じるかもしれません。しかし、ヨハネの語る罪と裁きということが理解できなければ、主イエスのおっしゃる赦しや恵みは分からないのです。神の怒りということが分からなければ、神の愛も分からないのです。実際、ヨハネが語ったように差し迫った神の怒りはだれも免れることはできません。良い実を結ばない木は切り倒される、その切り倒す斧はもう木の根元に置かれている、それはまったく正しいことでした。

 たしかに神の裁きは迫っていたのです。罪人を切り倒す斧は根元に置かれていました。木を伐り倒すという作業は厳しい作業です。今年台風21号で教会の庭のミモザの木が倒れました。倒れたミモザを伐って取り除くのも時間のかかる大変な作業でした。しかし、神が伐り倒すとき、それは一瞬のことです。今も教会の庭に残るミモザの切り株を見るとき、私は神の裁きの厳しさを思います。実際、洗礼者ヨハネは最後の預言者として正しい預言をしました。そして裁き人としてのイエス・キリストを指し示しました。ヨハネののちに来られたイエス・キリストはたしかに裁き人でした。人々を裁くために来られました。その裁き人であるイエス・キリストはご自身を父なる神に差し出し、自らが十字架で裁かれました。ヨハネが語った木の根元に置かれていた斧はイエス・キリストご自身を切り倒しました。イエス・キリストが伐り倒され、罪人として裁きを受け、神の怒りをお受けになりました。それゆえイエス・キリストを信じるすべての人間が救われました。そこに主の恵みがありました。たしかにヨハネは神の恵みを指し示しました。神の恵みとして、自らが伐り取られることとなる救い主イエス・キリストを指し示しました。

 もっとも、イエス・キリストを信じるとき、私たちもまた斧で切り倒されるのです。しかし、伐り倒されてそのまま神の怒りの炎で焼かれるのではないのです。キリストに繋がれるのです。自分の力で悔い改めの実を結ぶことのできない私たちはキリストという木に繋がれて実を結ぶものとされます。豊かに実を結ぶものとされます。それが神の恵みの深さでした。その恵みは今も続いています。クリスマスが近づいています。その恵みを深く思い巡らして過ごしましょう。

 

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ルカによる福音書1章39~45節

2019-01-14 10:08:03 | ルカによる福音書

2018年12月9日大阪東教会主日礼拝説教 「幸いな人」吉浦玲子

<急いで>

 マリアはずいぶんと思い切った旅をしました。マリアが住んでいたナザレの町からエリサベトの住むユダまでは数日かかる距離でした。現代とは異なって、当時、旅は大きな危険を伴うものでした。しかも若い女性一人です。しかし、マリアは「急いで」行ったのです。今日の聖書箇所の前のところで、マリアは天使ガブリエルから救い主イエス・キリストをその身に宿すことを告げられました。いわゆる受胎告知の場面でした。まだ結婚をしていていないマリアが当惑していると、ガブリエルは「あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男との子を身ごもっている。」と語りました。マリアはガブリエルが語ったエリサベトの家に向かったのです。マリアはけっして<エリサベトも身ごもっている>という天使ガブリエルの言葉を疑って確認しようとしたわけではないのです。マリアは、エリサベトに対して神のなさった素晴らしいことを知ると矢も楯もたまらず、エリサベトのもとに急いだのです。

 エリサベトは祭司であるザカリアの妻でした。ガブリエルが「年をとっているが」とマリアに語ったように子供を産める年齢を過ぎた女性でした。しかし、神がその高齢のエリサベトに子供を与えられました。マリアのもとに天使ガブリエルがきた六カ月まえ、エリサベトの夫であるザカリアが聖所で不思議な体験をしたことを人々は知っていました。それ以来、ザカリアは口がきけなくなっていましたから、はっきりと何があったのかは周囲の人にはわかりませんが、聖所の前にいた人々も、妻であるエリサベトもザカリアの身にただならぬことが起こったことを悟っていました。しかし、そのただならぬことは夫ザカリアだけにとどまることではなく、むしろ、エリサベト自身にとってこそ、本当に意味でただならぬことが起こったのです。イエス・キリストに先立ってイエス・キリストが来られることをのべ伝える洗礼者ヨハネとなる子供をその身に宿すこととなったのです。エリサベトは1章の24節には五か月の間、身を隠していた、と書いてあります。高齢になって身ごもるということは、現代でも、女性に複雑な思いを抱かせます。ましてエリサベトの場合、神の不可思議な力が働いて身ごもったのです。自分の身に起こった神によるただならぬことを自分の中で思い巡らすためにあえてエリサベトは身を隠していたのでしょう。

 そのエリサベトのところへマリアは向かいました。「急いで」行ったのです。聖書には「急いで」行った人々の話がほかにもあります。たとえばルカによる福音書の2章では、有名な羊飼いたちへの天使のお告げの場面があります。救い主が生まれたことを知らされた羊飼いたちは、「急いで」幼子のもとに行ったのです。彼らは羊飼いでしたから、本来なら羊を放り出して出かけるなんてことはできないのです。しかし彼らはとるものもとりあえず、すぐさまベツレヘムに向かいました。あるいはこのような話もあります。ヨハネによる福音書で、主イエスと井戸のところで出会ったサマリアの女は、すぐに町に出て行ってイエス様のことを人々に知らせました。この女性はそもそも訳ありの女性で、人の前には出ていかない生活をしていました。人とは付き合いをしない、世間から隠れるようにして生活をしていた女性でした。その女性が水汲みに来ていたにもかかわらず水がめをその場に置いたままに町に出て行ったのです。神の出来事に心動かされたとき、人間は急ぐのです。明日にしようとかひとまずこれをやってからということはないのです。羊を置いて、水がめを置いて、急ぐのです。居てもたってもいられないのです。神の出来事に心動かされるとはそういうことです。マリアはガブリエルの言葉によって心動かされました。神のなさる出来事にいてもたってもいられなくなりました。そして若い女性の身で遠路やってきたのです。

<共に喜ぶ>

 さて、マリアがユダの町に着き、エリサベトの家に入って挨拶をすると、エリサベトの体内の子がおどった、とあります。挨拶という言葉には喜びを伝える、という意味もあります。エリサベトにはこの時点で、マリアが救い主を身ごもっていることは知らされていませんでした。しかし、エリサベトは聖霊に満たされて、マリアの身に起こったことを悟ったのです。そして声高らかにマリアへの祝福の言葉を述べます。「あなたは女の中で祝福された方です。」エリサベトは祭司の妻でした。家柄も社会的立場も、田舎の小娘に過ぎないマリアより上でした。年齢も相当に違ったでしょう。しかし、エリサベトはとても丁寧にマリアに語り掛けています。「わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう」とマリアに対して「主のお母さま」と呼びかけています。自分が宿している子供がやがて主のさきぶれとして用いられる洗礼者ヨハネであることを、ザカリアを通して知っていたでしょう。そしていま目の前にいる身分の低い、まだ幼いといってもよい少女が「主の母」であると知らされたのです。エリサベトの胎内の子がおどったとありますが、胎内の子も、自分の主となるイエス・キリストを宿したマリアの訪問を喜んだのです。洗礼者ヨハネもその母も、主となるイエス・キリストとその母との出会いを喜んだのです。マリアもエリサベトも、それぞれに特別に神に選ばれた女性でした。マリアはイエス・キリストを、エリサベトは洗礼者ヨハネを身に宿しました。それぞれに役割は違います。しかし、それぞれに喜んだのです。変な言い方になりますが、私のほうが身分が高いのに洗礼者ヨハネの母で、この小娘がイエス・キリストの母になるなんて不公平だなどとは思わないのです。エリサベトもマリアも喜び合ったのです。なぜ喜ぶことができたのでしょうか?それはいくつか考えられますが、ひとつには最初に言いましたように神のなさる出来事に心を動かされたからです。聖霊が働いたともいえます。私たちの心が硬直しているとき、喜びに乏しく、私たち自身が聖霊の働きを押しとどめている場合があります。逆に言いますと、たえず聖霊に祈り求めなければ、私たちは神の出来事に心動かされなくなるのです。

 さらに二人が喜んだ理由は、マリアにしてもエリサベトにしても、そもそも神の出来事にふさわしいものが自分にあるとは考えていなかったのです。マリアはガブリエルに「わたしは主のはしためです」と言いました。神の素晴らしい出来事の前で、自分というものの取るに足りなさをよくよくわかったのです。エリサベトにしてもマリアより社会的な地位は上だと言っても、けっして自分に優れた才覚やふさわしい何かがあるというわけではないことをわかっていました。エリサベトは25節で「主が、わたしに目を留めて、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」と語っています。マリアは今日の聖書箇所につづく箇所で「身分の低い、このはしためにも目を留めてくださったからです」と神を賛美しています。この世の中では取りに足らないとされている者、ことに2000年前のイスラエルの女性は数に入らない存在でした、そのような女性たちに神は目を留めてくださるお方だと知ったので喜んでいるのです。

 しかし仮に、身分の高い男性であったとしても、あるいは、世界中の誰もが才覚のある人物だと認める人であっても、本当に神の出来事に心動かされたとき、神の前で自分が取るに足りない者であることを知るのです。神の出来事に心動かされた者は、その出来事を自分がうけるにふさしくない者であることを知ります。そして神の前に自分が罪を持った者であることを知ります。しかし、それは自分を卑屈に感じたり卑下するようなことではなく、むしろ喜びとしてとらえられるのです。逆に自分が受けるにふさわしいと思うものを与えられたとしたら、それは当然のことであり、もちろん多少の喜びはあっても、あふれるような喜びはありません。そしてまた自分自身の手によって手に入れたこと、なしたことであれば、どうしても他と比べることにもなります。なぜマリアが主の母で私は洗礼者ヨハネの母なのだということになります。しかし、マリアにしてもエリサベトにしても、それが神からの一方的な恵みであるゆえに、ただただ神が自分に目を留めて用いてくださった、と純粋に神のなさることを喜ぶことができたのです。

 そしてその喜びは分かち合える喜びなのです。「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」とローマの信徒の手紙の中でパウロは語りましたが、泣く人に同情して泣くことはできても、喜ぶ人とともに喜ぶことはなかなか難しいとよく言われます。しかし本当に、そこに主の働きがあり、神の働きを信じることができるとき、私たちは共に喜ぶことができるのです。私たちはクリスマスを共に喜びますが、その喜びの根源にはクリスマスは神が与えてくださったものであるということがあります。マリアとエリサベトがともに喜んだように胎内の子供も喜んだように私たちも喜ぶのです。

<幸いな人>

 今日の聖書箇所の最後のところで、エリサベトは「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」とマリアに語りました。じつはここは、「信じる人は幸いです。主がおっしゃったことは必ず実現するからです。」という訳もできる箇所です。これはどちらの訳も間違いではありません。「信じる人は幸いです。主がおっしゃったことは必ず実現からです。」と訳される時、神を信じるということに重点がおかれるような、信じることが先になるようなニュアンスになります。神はすでにイエス・キリストをこの世界に送ってくださり、私たちを救ってくださいました。私たちはその神を信じます。しかし、その神の業は2000年前に終わったことではありません。今も続いておりますし、未来に向かって続いています。信じる者は未来に向かって希望を持つことができるのです。主がおっしゃったことが必ず実現することを待つことができます。

 19世紀の牧師でブルームハルトという人がいます。お聞きになったことがありますでしょうか。20世紀最大の神学者と言われるカール・バルトに大きな影響を与えた牧師です。ブルームハルトは実は父親と息子、いずれも牧師でした。劇的、爆発的ともいえる宣教をなした親子でした。その親子を現す言葉に「待ちつつ急ぎつつ」という言葉があります。最初に、マリアが急いだことを語りました。私たちの信仰生活にはたしかに「急ぐ」側面があるのです。神に動かされて急ぐのです。しかし、私たちは未来に向かって「待つ」者でもあります。果報は寝て待てというように、ただぼーっと待っていれば良いというのではないのです。マリアのように急ぎながら、なお、待つのです。マリアは、子供が生まれるのを待ちました。月満ちるまで待ったのです。そしてその子供は赤ん坊として生まれてきたのであって、すぐに大きくはなりません。幼児から少年となり青年となる歳月をマリアは待ちました。息子が成人してから、カナという町の婚礼の席に息子と出席しましたが、祝いの席のぶどう酒がなくなりました。マリアは息子であるイエスに「ぶどう酒がなくなりました」といいました。急いで告げたのです。しかし、イエスは「わたしの時はまだ来ていません」と答えました。冷たく感じるような言葉です。しかし、マリアは待ちました。すると水がぶどう酒に変えられました。マリアも待ちつつ急いだ人でした。私たちも信仰において、未来を待ちつつ、今を急ぎます。そんな私たちは幸いな者です。アドベントの季節、私たちはクリスマスを待ちます。そして主の再臨を待ちます。そして今日を神に動かされて生きていきます。聖霊によって信じる者と日々されつつ生きていきます。なお急ぎつつ待つ者とされます。そのとき私たちは神によって幸いな者とされています。

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ルカによる福音書1章26~38節

2018-12-06 18:03:50 | ルカによる福音書

2018年12月2日大阪東教会主日礼拝説教 「受胎告知」吉浦玲子

<六ヶ月目>

 六ヶ月目に、天使ガブリエルはナザレに遣わされます。それは洗礼者ヨハネの父となるザカリヤのもとにガブリエルが遣わされてから六ヶ月目ということです。どの福音書にもキリストの到来に先立ち、ヨハネという人物が現れたことが記されています。そのヨハネの誕生が予告されて六ヶ月目ということです。三ヶ月目でも七か月目でもない六ヶ月目、なのです。なぜ六ヶ月目なのかは人間には理解できませんが、しかし、この一般には「受胎告知」と言われる出来事は、揺るぎない神のご計画、スケジュールに基づいた出来事であったのです。アブラハムに始まる長い長いイスラエルの歴史のなかで、ダビデの時代でも、バビロン捕囚の時代でもなく、ナザレという町にマリアという女性が生まれ、おとめとして過ごしているそのときに、イエス・キリストがこの地上に来られることが告げられました。マリアは年齢的には14歳くらいではなかったかと言われます。神が人間の救いのために決定的なことをなされる、人間の歴史に鋭く介入される、それが六ヶ月目であったということです。

 その決定的な六ヶ月目に起こったことは、ナザレという田舎町のごく普通の少女へ救い主イエス・キリストの誕生がガブリエルによって告られるということでした。しかしそれは、当時、世界を支配していたローマ帝国を揺るがすような事柄ではまったくありませんでした。マリアという一人の少女の上に起きた出来事にすぎません。そもそもイエス・キリストの生涯自体、その誕生から十字架の死にいたるまで、決して現実の世界を揺るがすようなものではありませんでした。今年はルカによる福音書でクリスマスまでご降誕についてみ言葉を聞いていきますが、御子の誕生の場面も、ベツレヘムの動物小屋でひっそりとしたものでした。誕生ののちの活動や十字架での最期も、当時の歴史書に小さく記されているにすぎません。それはローマ帝国の辺境の植民地で起こった出来事にすぎませんでした。たとえば当時のローマ皇帝の動向などと比べればその現実的な影響力はほぼ皆無であったと言えるのです。イエス・キリストの出来事は現実的な世界の歴史、いやイスラエルの歴史すら揺るがさなかった出来事のようにみえます。しかしこの六ヶ月目、神は人間の救いの歴史のただなかに決定的なくさびを打ち込まれました。

<おめでとう>

 天使ガブリエルは「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におらえる。」とマリアに言いました。おめでとう、とはギリシャ語では喜びという意味で、特にここは命令形ですから「喜びなさい」となります。恵まれたというところは完了形ですから、「あなたはすでに恵まれているのだから喜びなさい。」とガブリエルは言っているのです。教会に長く来られている方は毎年のようにこの聖書箇所を味わいながら、マリアの身に起こったことが、けっして一般的な意味で「おめでたい」ことではないことをご存知かと思います。ガブリエルはマリアが男の子を生むと告げますが、その男の子はマリアがヨセフと結婚をする前にマリアの身に宿ることになります。当時、いいなづけがいながら、まだ結婚をしていない女性が妊娠をするということは姦淫をしたとみなされます。少し前にお読みしたヨハネによる福音書で姦淫の現行犯で捕らえられた女性の話が出てきましたが、当時、姦淫は石打の刑で殺されるべきことでした。

 しかし、そのような死刑のリスクもさりながら、それを逃れたにしても、これから生涯、マリアは、救い主の母であることで、とてつもない体験をすることになります。キリスト誕生ののち、ルカによる福音書の2章で祭司シメオンが「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」とマリアに向かって預言したように、マリアはまさに剣で心を刺し貫かれるような過酷な人生を送ることになります。ガブリエルの予告通り身ごもって生んだ子供が十字架刑にあって殺される未来がまっているのです。本来は、ナザレの田舎町で、誠実な男性であるヨセフと結婚し、貧しいながらもおそらく堅実な家庭を築き、苦労はありながらも、静かに人生を送っていくはずだった、その人生は一変するのです。

 マリアは「おめでとう」「喜びなさい」という最初のガブリエルの言葉に当惑します。そしてさらに、自分が身ごもること、そして生まれた子供は「父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」と聞いて、とてつもないことが自分に起こることを知らされます。マリアは平凡な田舎の少女でしたが、おそらく物事の理解の早い少女であったでしょう。ですからガブリエルの言葉が、けっして自分にとってバラ色の未来を約束するものではないことを理解したでしょう。しかしなお、マリアは「お言葉どおり、この身になりますように」とガブリエルの言葉を受け入れます。神の御心を受け取ったのです。

<主が共におられる>

 この場面では、マリアの従順を多くの人が称賛します。自らの身の危険を恐れることなく、そしてまた生涯にわたる苦難を理解しつつ、なお神に従順なマリアの姿に心打たれます。しかし一方で、マリアは単に神様のために自分は辛いことも我慢しますというだけの思いで「お言葉どおりこの身になりますように」と言ったわけではありません。

 マリアは、ガブリエルの言った「恵み」を信じたのです。喜びなさい、あなたはすでに恵みを与えられた、そのガブリエルの言葉を、そして神のまことの恵みを信じたのです。ガブリエルは30節で「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。」とふたたび「恵み」という言葉を語っています。「恵み」とはなにか?それは「おめでとう。恵まれた方。主があなたと共におられる。」と28節にあるように、「主が共におられる」ところに恵みがあるのです。

 「主が共におられる」と聞きますと、これはたしかに心強い言葉です。恵み深く響く言葉です。ボディガードのように、重要人物を警護するSPのように神が共にいてくださったらなんとうれしいことでしょう。しかし、ある説教者はこう語っています。主が共におられるということは、<あなたを用いられる主が共におられる>ということだ、と。たしかにまさに神はマリアの体を用いて、その御子をこの地上に誕生させようとされていました。主が共にいてマリアを用いられたのです。マリアはそのことを喜びと感じました。そもそも、人間にとって自分がだれかの、あるいは何かの役に立つことはうれしいことです。逆に、自分なんかは誰の役にも立たない人間だと感じるとき生きる気力を失います。仮に何不自由ない生活をしていたとしても誰も自分を必要としていないと感じるとき、人間は絶望します。それに対して、自分が誰かの役に立つ、ましてマリアの場合、神が用いてくださるのです。それが喜びでないはずはありません。

 マリアだけではありません、共にいてくださる神は、人間を用いてくださる神なのです。もちろんボディガードのように守ってもくださいます、だから安心して神の使命を担って神に身を差し出して、一人一人新しく歩みだしなさいとおっしゃるのです。

 六ヶ月目、マリアに告げられたことは、30年ほどのち、イエス・キリストの弟子たちにも形を変えて告げられました。「全世界に出て行って福音を宣べつたえよ」と。弟子たちと共に復活のイエス・キリストがいてくださり、新しい使命を与えられたのです。2000年後、私たちにも主が共にいてくださり、新しく使命を与えてくださいます。神は特別な才能や力を持った人間を用いられるのではありません。そもそも用いられるというと、奉仕をしたり特別なことをしないといけないのかとも思います。そうではないのです。いまあるがままの自分を神に差し出すとき、神は不思議なやり方で用いてくださるのです。たとえ、ベッドで寝たきりの状態であったとしても、神はなおそのままでその人を用いてくださいます。

<すべてを差し出す>

 神に用いていただくことは喜びではありますが、しかしまたそれは勇気を要することでもあります。決断を要することでもあります。といいますのは、私たちは神に条件を提示することはできないからです。これこれに用いてくださるのはいいのですが、こういうことは困ります、とは言えないのです。マリアは「わたしは主のはしためです。」と言いました。はしためとは女奴隷のことです。奴隷には仕事の自由はありません。マリアはどうぞ神の自由にわたしを用いてくださいと言ったのです。私はこれが得意なので、こっち方面のことで用いてください、ではないのです。神ご自身が自由に用いられるのです。もちろん神様は私たちにそれぞれに賜物を与えてくださいます。そしてその賜物を用いてくださいます。しかしその賜物は必ずしも自分が思っている自分の得意なことや、やりたいこととは一致しない場合もあるのです。

 しかし、だからこそ、なお神に用いられることには大いなる喜びがあるのです。自分が自分の得意な所や好きなところで力を発揮したとしても、もちろん喜びはあると思いますが、神がなさってくださったという驚きはありません。しかし、自分にとっては意外なところで、主が使命を与えられて、用いられるときには新しい発見があるのです。逆にいますと自分には取り柄がない、そう思っていても神が用いられるとき、大いなる働きをなすことができます。ただただ自分をそのままですべて差し出していくとき、神が用いてくださり、自分自身が変えられていくのです。

 そしてまた用いられるということは、能動的な行動を伴わないこともあります。さきほど寝たきりの方でも用いられると申しました。寝たきりでなくても、気が付かないうちに自分が神に用いられていたということもあります。意外なことが用いられることがあります。

 マリアは「お言葉どおり、この身になりますように。」と今日の聖書箇所の最後で言っています。お言葉通りというのは、ガブリエルの「神にできないことは何一つない」という言葉を受けています。これは新共同訳の聖書ではわかりにくいのですが、「神にできないことは何一つない」というなかの「できないこと」とは「できない言葉」「できない約束」というニュアンスをもった言葉です。つまりガブリエルは神の言葉で成就しない言葉はないと言ったのです。それに対してマリアは、ギリシャ語で同じ「言葉」という単語を使って、「お言葉通り、この身になりますように。」「約束通り、この身になりますように。」と答えたのです。

 神は人間の自由意思を尊重されます。ですから実のところ、マリアは拒否することもできたのです。しかし、「お言葉どおり、この身になりますように。」とマリアは自分自身を差し出しました。自分の全存在を神に差し出したのです。14歳の少女が大いなる決断をしたのです。神の言葉は必ず成就する、神の大いなるご計画は必ず成就する、それを信じ、自分自身を差し出しました。自分自身を通して神の言葉が実現することを願ったのです。

 この六ヶ月目の、マリアの決断は、ローマ帝国を揺るがすようなものではありませんでした。しかし、最初に申し上げましたように、このとき、たしかに神は人間の歴史の中に救いのくさびを打ち込まれたのです。やがて、打ち込まれたくさびは固い岩を砕きました。マリアの身に宿って誕生したイエス・キリストによって砕かれたのです。人間を覆っていた罪の岩が砕かれたのです。そして新しい世界が出現したのです。一人の田舎町の少女の決断が世界を変えたのです。

私たちにはそんなだいそれたことはできないでしょうか?そんなことはありません。私たちも「お言葉通り、この身に成りますように」と身を差し出すとき、神の言葉がなるのです。神の約束がなるのです。私たちの身の上に起こるのです。

 アドベントはイエス・キリストの降誕を待ち望む季節です。それは昔々どこか遠いところで起こったことを振り返る季節ではありません。私たちの身の上に起こる新しいことを期待して待つ季節です。神に期待して、どうぞわたしを用いてくださいと身を差し出す決意をする季節です。神の言葉は成るのです。神の約束は成るのです。ほかならぬ私たち一人一人の上でそのことは起こるのです。大いに期待をしましょう。大いなる期待を持つことができることを大いに喜びましょう。

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